心理学の歴史

みてみて実感! 心理学史 -第11回-

サトウタツヤ
立命館大学文学部教授。

ホントは東京からパリまでの鉄道路線図を載せるはずでしたがあまりに大きすぎてだめでした。しかし,ツァイガルニック効果のツァイガルニック女史の写真が入手できてよかった。

1933年。クルト・レヴィンの世界一周 前編(シベリア鉄道経由)




クルト・レヴィン(Kurt Lewin,1890―1947)といえば,ドイツ・ベルリン大学でゲシュタルト心理学者として名を馳せ,アメリカ移住後はグループダイナミックスなどの領域で驚異的な量・質の研究を推進し,また,多くの後進に影響を与えた人物として心理学史上でも最も顕著な業績を上げた人の1人です。

レヴィンについては『心理学ワールド』でもかつて何度か取り上げたことがあります。今回は彼の日本訪問の文脈についてご紹介しようと思います。

1932年,レヴィンは日本を訪問する前に半年ほどアメリカに滞在していました。スタンフォード大学のターマン(Terman, L. M.)の招きによるものですが,そのターマンはハーバード大学のボーリング(Boring, E. G.)に対して「幅広いバックグラウンドをもつ心理学者を招きたいので推薦してほしい」と依頼していたとのことです。

アメリカ滞在が終わると,レヴィンは太平洋経由でドイツに帰ろうとします。身重の妻は大西洋を船で帰ろうとしましたが,レヴィンは日本やロシアを経由して帰ろうとしたのです。その当時,日本・旧ソ連・ドイツ・そしてフランスまで列車で移動することが可能だったことがこうした決断を可能にしました。たとえば,東京からパリまでは15日間で移動できました。ちなみに船だと40日かかり,費用も鉄道のほうが安かったのです。

レヴィンは日本の東京帝国大学(現東京大学)で講演を行い増田惟茂らと議論し,その後,九州帝国大学(現九州大学)でかつての教え子である佐久間鼎らと会い,海を渡って現在のソウルにあった京城帝国大学も訪問してハルビン経由でモスクワへ移動しました。モスクワではツァイガルニック(Zeigarnik, B.)とルリア(Luria, A. R.)に会い,ドイツに戻ることが不可能だと悟ったのです。時あたかも同じ年の1月30日,ドイツではヒトラーが政権を掌握し,その排ユダヤ人政策を徹底し始めていたのです。

文献

マロー,A. J. 望月 衛(訳)(1972). クルト・レヴィン―その生涯と業績― 誠信書房

心理学ワールド第36号掲載
(2007年1月15日刊行)