心理学の歴史

みてみて実感! 心理学史 -第16回-

サトウタツヤ
立命館大学文学部教授。

エビングハウスといえば,みなさんご存じの忘却曲線ですが,ちょっと角度を変えて,心理学運動の仲間の一人という視点からとらえてみました。

「心理学の過去は長いが歴史は短い」宣言から80年

心理学史に限らず,学問史,いや,歴史にとって最も重要な問いの1つは,ある事柄の始まりをどこにみるか,ということです。

どんなに歴史嫌いの人でも「いい国(1192)作ろう鎌倉幕府」は知っているでしょう。ところが,現在では源頼朝が守護・地頭の任免権を得た1185年こそが「始まりの年」とされています。さらに言えば,ある1つの出来事に注目するよりも,プロセスの問題として鎌倉幕府の成立を考えるようになってきています。

では,心理学はどうでしょうか? 本連載第2回目(本誌27号)で取り上げたように,いわゆる近代心理学が成立した年としては1879年があげられます。この説の問い直しは行われているものの,この時期のドイツを中心に,新しい心理学が学範(ディシプリン)として成立したことはかなり確実なようです。

その約30年後,エビングハウス(Ebbinghaus, H. ;1850~1909)が1908年に出版した"Abriss der psychologie(『心理学要論』)"の冒頭には,緒論として心理学史が講じられていますが,その冒頭の言葉が今回のタイトルでもある「心理学の過去は長いが歴史は短い」というものでした。

エビングハウスは歴史学・哲学から心理学に転身し,ベルリン大学に心理学実験室を興しました。有名な一連の記憶研究は1885年に公表されました。1890年にはケーニッヒ(K¨onig, K.)とともに『心理学及び感覚器官生理学雑誌』を公刊しました。『心理学要論』をもう少しみてみましょう。

「19世紀の最後の10年間には(まずヴント(Wundt, W.)によって)」「心理学の若芽はことごとく古い幹に」接ぎ木されて「統一ある全体」となった,「木はあらゆる方面に新芽をふき始めた」という記述があります。カント(Kant, I.)による心理学の科学不可能宣言(本誌34号P32)を経て,それを乗り越えようとするヘルバルト(Herbart, J. F.)の格闘があり,ウェーバー(Weber, E. H.),ヘルムホルツ(Helmholtz, H. L. F. von),フェヒナー(Fechner, G. T.)たちの業績が助けとなり,心理学は発展していきます。この本でエビングハウスはヴントの旺盛な学問活動に賛意を表していたのです。さらに,「教育,精神病学,法律,道徳,言語,宗教,芸術」などの領域で心理学の意義が大変高まっているとも強調しています。

エビングハウスの過去との決別宣言は,同時代の多くの人が,「心理学が自然科学の影響を受けつつ1つの新しい学問になっていった」「その中心はヴントだった」「応用領域も広がっていった」という雰囲気を共有していたことをよく表しているのではないでしょうか。

だからこそ,エビングハウスは1908年の時点で,過去との決別,つまり「過去」と「歴史」を分けることを宣言します。これは角度を変えれば,新しい心理学の成立を数十年前にさかのぼって宣言したことでもあったのです。2008年はそれから80年です。

なお,エビングハウスの本は明治時代に翻訳されていて,日本語で読むことが可能です。

文献

Ebbinghaus, H.(1908). Abriss der psychologie. Leipzig:Veit & Co.
(エビングハウス, H. 高橋 穣(訳)(1912).心理学 冨山房)

心理学ワールド第41号掲載
(2008年4月15日刊行)