心理学の歴史

みてみて実感! 心理学史 -第19回-

サトウタツヤ
立命館大学文学部教授。

歴史研究はお墓参りなしではできません(ウソ)。海外に行って著名学者のお墓の写真を撮ってきている人もいると聞きました。ご提供ください。本コーナーで紹介します。

ヴントのお墓に行ってきました。




2008年7月末,国際心理学会がドイツ・ベルリンで行われました。ドイツといえば心理学にとって母国のようなところです。ヴント(Wundt,W.)が何をしたことが近代心理学の夜明けになったのかについては専門的な議論はありますが,19世紀半ばのドイツにおいて心理学が1つの学範(ディシプリン)として大きな変貌を遂げたことは間違いありません。

ライプツィヒ大学のヴントは間違いなく中心人物の1人でした。彼は,それまで哲学で長らく論じられてきた感覚・知覚や判断力の問題を新しい手法,つまり,自然科学的手法(実験)によって系統的に検討したところに特徴があります。そして,感覚や知覚が外界と単純な関係にはないことが示されたのです。彼はこうした心理学を個人心理学と呼ぶ一方,社会制度の考察も人間の精神のあり方を考えるために重要と考え,民族心理学(今の語では文化心理学)を提唱していました。

心理学史の専門家・高砂美樹(東京国際大学;以下すべて敬称略)がドイツで研修中だったこともあり,放送大学の西川泰夫を中心にライプツィヒ大学・ヴント記念室を訪問しました。ベルリンから特急で1時間ほど,車内で生ビールを飲みながら(の人もいました)ライプツィヒへ。

図1の中央がこの資料室を案内してくれたヴォントラ(Wontorra)さん。日本女子大学・本間,学習院大学・外山,大阪大学・足立,関西学院大学・中島,星薬科大学・川崎,立命館大学・矢藤,立正大学・溝口のほか,ブレーメンの音楽隊よろしく同行することになった方々と,総勢10名以上の顔が見えます。ヴントに関するさまざまな史資料を一同に見ることができるのは感激です。若い院生の方々も展示品に見入っていました。東北帝国大学心理学研究室関係者が送った色紙も飾られていました。この色紙は,1932(昭和7)年に行ったヴント記念会の折に贈られたものです(『日本における心理学の受容と展開』参照)。日本にもこうしたアーカイブや展示室がぜひとも欲しいところです。

記念室のあとはやっぱり墓参でしょ,ということでお墓の前でも記念写真を撮ってきました。立派なお墓でした。

文献

佐藤達哉(2004).日本における心理学の受容と展開 北大路書房

心理学ワールド第44号掲載
(2009年1月15日刊行)