心理学の歴史

みてみて実感! 心理学史 -第22回-

サトウタツヤ
立命館大学文学部教授。

2009年はダーウィンの誕生200周年と『種の起源』出版150周年記念の年。発達研究をしている人はこの機会に原典を読んでみて,ダーウィンを引用するのも一興かも。

ダーウィンと発達心理学

チャールズ・ロバート・ダーウィン(Charles Robert Darwin: 1809~1882)は1809年イギリスに生まれました。父方の祖父は高名な医師・博物学者のエラズマス・ダーウィン。また母方の祖父はイギリス最大の陶器メーカーを創業したジョサイア・ウェッジウッドであるとのことです。

ダーウィンといえば誰が何といっても進化論の提唱者として有名ですが,心理学に関する論考も少なくなく,近代心理学を形成した影の立役者といってもよい人物の1人です。『人間と動物における情動の表現』(1872)では人間と動物との表情の類似から,表情がもつ実用的な機能について論じています。この時期の比較心理学の立役者となったのは,ダーウィンの友人であった比較解剖学者・ロマーニズ(Romanes, G. J.)でした。ただし彼の研究は逸話の拡大解釈であるという批判も受けていました。ロイド・モーガン(C. Lloyd Morgan)は,ある行動を説明するときに試行錯誤学習など低次の心的過程として説明できる場合には,高次の心的過程(推理など)で説明すべきではないというモーガンの公準(あるいはモーガンの節約律)を提唱しましたが,ロマーニズの研究はその批判の対象だったのです。

また,ダーウィンは,自らの子ども(長男ウィリアム)に対して観察日誌をつけており,後に「乳児の日記的素描」を『マインド(Mind)』誌第2巻(第7号)に発表しました(Darwin, 1877)。『マインド(Mind)』はベイン(Bain, A.:1818~1903)によって1876年に心理学と哲学の評論雑誌として創刊されました。ベインはイギリスの経験論哲学の流れの中で,心の法則としての連合を重視した人です。

ダーウィンは『マインド(Mind)』第6号に掲載されたフランスの哲学者・テーヌ(Taine, M.)の論文に触発され,37年前につけていた日誌を読み返してみて書いたといっています。そして,そもそもその日誌的記録は表情の問題に焦点を当てていっていたとのことでした。論文に記された内容は生後7日間の反射行動の記述から,2歳における道徳観の表れまで,よくいえば多様であり,悪くいえば若干羅列的です。しかし,この論文の最後はさすがにダーウィンだと思わせる結論になっていました。すなわちこの論文の最後の話題は,言語の理解であり,初語が出るはるか前に言語理解が可能であることを述べたダーウィンは,「下等動物たちが人間から話しかけられる言葉を理解できることを考えれば,これは予想できることである」と結んでいたのです。

ダーウィンの研究は多くの人に影響を与えました。たとえばアメリカのスタンレー・ホール(G. Stanley Hall)はロックフェラー財団の援助を受けながら,アメリカに児童研究運動(Child Study Movement)を起こしました。ドイツの生理学者プライヤー(Preyer, W. T.)も観察研究に邁進し,彼の著した主著『児童の精神』(1881)は児童心理学の始まりを告げる著として歴史に名をとどめることになりました。彼の観察は,同一の子どもを長期にわたって観察する,病児や障害児と健常児を比較する,動物行動と人間行動を比較する,多くの人に観察記録をつけるよう求めることで多くの子どものデータを集める,いわゆる未開国とドイツの子どもを比較する,などさまざまな工夫が凝らされていたのです。

文献

Darwin, C. R.(1877). A biographical sketch of an infant. Mind, 2, 285-294.
(この論文はヨーク大学"Classics in the History of Psychology"内の以下のページ
http://psychclassics.yorku.ca/Darwin/infant.htm
「チャイルドリサーチネット」内の以下のページ
http://www2.crn.or.jp/blog/lab/01/02/2.html
で読むことができる。)

心理学ワールド第47号掲載
(2009年10月15日刊行)