心理学の歴史

みてみて実感! 心理学史 -第25回-

サトウタツヤ
立命館大学文学部教授。

突然ですが,本誌リニューアルにあわせて最終回といたします。次号からはさらにパワーアップして(本人比),皆さまを心理学史に誘(いざな)います。

最終回 トリプレットの実験と実験社会心理学の起源をめぐる論争

社会心理学の歴史については,ゴードン・オールポート(Allport, G. W.,1954)によって,その歴史の輪郭が定まり,その中で彼は実験社会心理学の起源を,1898年のトリプレット(Triplett, N.)の論文に遡らせています。トリプレットはインディアナ大学で競争を扱った論文を書いて修士号を取得しました。「時間計測や競争における元気・活力を発生させる諸要因」という論文です。

実際の自転車競技において,時間を計測されたり,他者と一緒に走ると20%ほどスピードアップにつながることをトリプレットはまず実際のデータで示しました。そしてその理由を知るために彼は子どもを対象にした実験を行います。図2にあるような釣りのリールを2つ結合した実験機器を作り,子どもが一人のときとほかの子がいるときのリール巻きのスピードを計測して比較したのです(いわゆる群内比較の実験計画)。この意味で,彼は心理学実験を社会的場面にもち込んだ人であり,歴史的にも古いものだということがいえるでしょう。

しかし,この論文は現在では―オルポートが評価したようには―その価値を認められていません。225名の参加者で実験を行ったといいながら,データの提示が全員分ではなかったのです。影響があったとされる20人,わずかに影響があったとされる10人,そして他者の存在でタイムが悪くなったとされる10人,の計40人のデータしか掲載されていなかったのです。また,心理学史研究家のダンツィガー(Danziger, K.,2000)は「実験社会心理学」と「社会心理学にレリバントな(関連する;重要な)実験」を区別することが大事だと述べています。実際,トリプレットは決して自分が社会心理学をやっているとは考えていなかったようです。他者の存在が個人の観念に何らかの影響を及ぼし,その観念が行動を引き起こすという当時の心理学的な考え方を採用していたからです。また,トリプレットの実験が,後の社会心理学者に影響したとも考えられません。後の時代からみて実験社会心理学的にみえるからといって,それがその当時において影響をもっていたとはいえないのです。

実験社会心理学の起源に関するダンツィガーの指摘はフェヒナー(Fechner, G. T.)の精神物理学やその作った対数公式が心理学の始まりなのか,ということを考えるときにも参考になります。フェヒナーの実験研究の成果である『精神物理学要綱』(Fechner, 1960)は,「実験心理学」なのか「心理学にレリバント(関連する;重要な)な実験」なのか,ということです。前者であれば,実験心理学の起源は1860年となりますが,現在では後者的な解釈に落ち着いています。つまり,フェヒナーは精神物理学の実験法を整備したが,それは心理学としてやったわけでもないし,心理学を成立させるためでもなかった(したがって1860年を心理学成立とするのは難しい)というわけです。

付記:今回の執筆にあたっては,トリプレットがクラーク大学で博士号を取得していることから,2010年1~3月にクラーク大学に短期留学していた立命館大学博士課程の日高友郎氏にトリプレットの写真や修士論文の現物を探してもらって送ってもらいました(クラーク大学には博士号取得者すべての写真が残されているのです)。記して感謝します。

文献

Allport, G. W.(1954). The historical background of modern social psychology. In G. Lindzey(Ed.), Handbook of social psychology. Vol. 1. Reading, MA: Addison-Wesley. pp.3-56.
Danziger, K.(2000). Making social psychology experimental: A conceptual history, 1930-1970. Journal of the History of the Behavioral Sciences, 36, 329-347.
Triplett, N.(1898). The dynamogenic factors in pacemaking and competition. American Journal of Psychology, 9, 507-533.
http://psychclassics.yorku.ca/Triplett/

心理学ワールド第50号掲載
(2010年7月15日刊行)