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心理学ってなんだろう

「98円」や「2,980円」などの中途半端な価格設定が多いのはなぜでしょうか?

スーパーマーケットや安売店のチラシを見ると,「98円」とか「2,980円」などのキリのよくない中途半端な価格設定が多いです。どうしてこのような価格の設定がなされているのでしょうか。



A.竹村和久

消費者行動を長年研究していた小嶋(1986)は,店頭の調査や折込チラシの調査を通じて,日本では「8」で終わる端数価格表示が多いと報告しています。諸外国でも「9」や「5」で終わるようなキリの悪い価格(端数価格)の表示が通常行われています(竹村,2000)。小嶋(1986)は,「980円」というキリの悪い価格表示は,「千円」という大台を意識させない点で,消費者の心理的抵抗が少なく,消費者に買いやすい値段であると知覚させると述べ,このような価格を「大台割れの価格」と呼んでいます。


彼は,10万円前後のエアコン,5万円前後のテレビ,3万円前後のオルガン,1万円前後の扇風機,1,000円前後のお中元詰め合わせセット,100円前後のハンカチセットの6つの商品について,大台割れ価格の効果について調べています。この調査では,被験者となった主婦を2群に分け,大台割れ価格表示の群と大台にのった価格表示の群とで「高いと感じるか,安いと感じるか」についての5段階評定をさせています。この調査では,大台割れ価格が大台にのった価格より安いということを加味しても,結果は大台割れ価格がかなりの安値感を生み出していることを示しています。このことを経験的に知っている小売店は,この効果を利用しているといえます。


筆者は,このような大台割れ価格の効果は,「モノサシ」を比喩とするような,一種の状況依存的な評価関数から整合的に説明できると考えています(竹村,1998)。モノサシを比喩にするというのは,モノサシのように端点と有限の区間をもつ評価関数であることを意味しています。この評価関数では端点付近の敏感性を仮定します。たとえば,1,000円のスケールのモノサシでみると,1,000円が20円値引き(980円)になることは効果が大きく,100円のものがタダ(0円)になるのもインパクトが大きいけれど,650円のものが550円になってもあまり大きなインパクトはないということになります。大台割れ効果は,キリのよい価格が評価のモノサシの端点になっているために生じると考えられます。


この大台割れ効果については,フェヒナー(Fechner,G.T.),スティーヴンス(Stevens,S.S.),サーストン(Thurstone,L.L.)の古典的精神物理学や,カーネマン(Kahneman,D.)とトゥベルスキー(Tversky,A.)のプロスペクト理論を仮定しても部分的には説明することができます(竹村,2000参照)。



文献

小嶋外弘(1986).価格の心理 ダイヤモンド社
竹村和久(1998).状況依存的意思決定の定性的モデル―心的モノサシ理論による説明― 認知科学,5(4), 17-34.
竹村和久(編)(2000).消費行動の社会心理学 北大路書房


たけむら かずひさ
早稲田大学文学学術院教授。
専門は,社会心理学,意思決定論。
主な著書は,『行動意思決定論』(日本評論社)など。


心理学ワールド第47号掲載
(2009年10月15日刊行)