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心理学ってなんだろう

困ると頭をかくのはなぜでしょうか?

年末近くになると,大学のパソコン室は卒論を書く学生でいっぱいです。私もデータを計算する合間に,そんな学生たちを眺めていたのですが,ふと面白いことに気付きました。かわるがわる頭をかくのです。初め,みんな風呂に入ってないのかと思いましたが,かきながら,「ああ,もうわかんない」などとつぶやく人も多いので,かゆいからではなく,困ったから頭をかいているのでしょう。でも,困ると頭をかくのはなぜでしょうか。



A.菅原健介

英語にも,「scratch one's head」とか,「scratching head」 などの表現があり,ちょっと困ったり,考えあぐねたりしたときのしぐさを示します。少なくとも,日本人だけの習慣ではないようですね。では,なぜ困ったときに頭をかくのでしょうか。今のところ,明快な定説はないようです。そこで,頭をカキカキしながら,次のような答案を作ってみました。


刑事ものの番組で,よく捜査会議のシーンが出てきます。容疑者の顔写真などとともに,聞き込みなどで得られた情報が黒板にびっしり書かれています。刑事たちは情報と情報を線で結び付けたりしながら推理を進めていきます。このように,物事を「考える」とは,すでに知っている情報の断片と断片をつなぎ合わせながら,新たな関係性や意味を見いだしていく作業です。そのために,とりあえずいくつかの情報を目の前に並べておく必要があるわけです。時々,私たちもメモ帳などを使い,いろいろ書き込みながら考え事をすることがありますが,実際にメモを使わなくても,私たちが考える際には頭の中でメモ帳を広げているのです。


メモ帳の役割をするのが「作業メモリー」などと呼ばれるものです。しかし,この容量には限界があるため,あれこれと考えているうちに,頭の中のメモ帳が書き込みでいっぱいになり,考えが先に進まなくなることがあります。「困ってしまう」とはこのような状態をさします。ここから脱却するためには,メモ帳から不要な書き込みや線分を消して,すっきりさせた状態から再スタートする必要があるのです。まずは目下の課題からいったん注意を逸らせなければいけません。気晴らしに散歩やゲームもいいでしょう。しかし,それでは時間がかかりすぎます。もっと手っ取り早く,ほんの少しだけ複雑な思考活動から解放される方法は,何か無意味な日常動作を行うことです。「頭をかく」などはもってこいのしぐさです。もちろん,かくのは頬でも耳でも構いませんし,どこかをかかなくても,指で机を叩くのでも,鉛筆をぐるぐる回すのでもよいわけです。


卒論を書きながらの無意味な動作,それらは,執筆を進めるために頭の中の不要なメモを懸命に消している姿ではないでしょうか。そう思うとどこか健気な感じがしますね。



すがわら けんすけ
聖心女子大学文学部教授。
専門は,社会心理学。
主な著書は,『人はなぜ恥ずかしがるのか』(サイエンス社),『羞恥心はどこへ消えた?』(光文社)など。


心理学ワールド第49号掲載
(2010年4月15日刊行)