公益社団法人 日本心理学会

詳細検索

心理学ワールド 絞込み


号 ~

執筆・投稿の手びき 絞込み

MENU

刊行物

この人をたずねて

皆川泰代 氏
慶應義塾大学文学部 教授

皆川泰代 氏(みながわ やすよ)

Profile─皆川泰代 氏
東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻認知・言語医学講座修了。博士(医学)。日本学術振興会特別研究員,ENS-EHESS-CNRS研究員,慶應義塾大学特任准教授等を経て現職。専門は言語心理学,発達認知神経科学,発達心理学。著書にOxford Handbook of Neurolinguistics(分担執筆,Oxford University Press),『聞くと話すの脳科学』(共著,コロナ社)など。

皆川先生へのインタビュー

インタビュアー:まつもと あきひろ

─先生の現在の研究テーマについて教えください。

大きく分けて二つの研究テーマがあります。一つはコミュニケーションなど社会的認知や言語機能の発達について,行動解析や機能的近赤外線分光法(fNIRS)を用いた脳機能計測を基に明らかにすることです。特に自閉スペクトラム症など発達障害をもつリスク児での非定型発達について,定型発達と比較することで言語や社会性に関わる脳・認知機能の発達を調べています。こうした研究の応用として,言語コミュニケーションにおける障害を予測するための行動マーカーやバイオマーカーを見つけるための研究も行っています。

もう一つは社会的なインタラクションについての研究です。視線や表情,会話などを通じて被験者間で影響を与え合うような課題を行っているときの脳活動をfNIRSによって計測します。面白いことに,互いに協力して課題に取り組んでいると,互いの脳活動の同期性が高まります。さらに,様々な行動指標(視線や表情など)や生理指標(心拍など)を脳活動と同時に計測することで,これらの指標から回帰的に脳活動を予測するモデルを構築したり,被験者間で与え合う影響の因果関係を移動エントロピーを用いて調べたりするなど,情報量に着目した時系列解析も行っています。現在はこれらの研究を大人の被験者を中心として行っていますが,得られた基礎的な知見に基づき,乳幼児における社会的認知,特に母子間でのインタラクションに応用することを試みています。これは,お母さんが子どもにどのように働きかければ反応が良くなるのか,つまりコミュニケーション能力の育ちにつながるのか,ということを明らかにする助けになります。

─新生児や乳児にとって「社会性」とはどのようなものでしょうか。それほど「社会性」が発達には重要なのでしょうか。

自閉スペクトラム症児を観察していると,「他人に対して興味をもつかどうか」ということに違いがあるように思います。「社会性」の根源は,他者からの信号が報酬になる,つまり生存にとって有利な戦略であったというところがあるのだと考えています。例えば,実験に参加してくれる一般の赤ちゃんでも「おもちゃ(モノ)」が好きなタイプと「他人(顔)」が好きなタイプがいます。なぜ「他人」が好きなのかといえば,声を出せば声をかけてくれる,笑えば笑い返してくれるといった随伴する反応の良さが報酬になっているからでしょう。

─脳科学では「社会性」と子どもの発達との関係についてどのようなことが分かってきているのですか。

私たちの研究では,お母さんの乳児に対する随伴性の良さと後々の社会性や言語発達には正の相関があることが分かっています。しかし,そのような相関性は自閉スペクトラム症などのリスク児にはみられません。側頭頭頂接合部や内側前頭前野など他者理解や社会的認知に関わる脳部位では,他者と協働するときに脳活動が同期したり,随伴性に反応したりします。私たちの脳にはこうした他者への共感性や模倣的な行動に連関をもつ部位が存在し,インタラクションの状態をモニタリングしているのです。

─先生が現在の研究を始めた経緯について教えてください。

はじめは国際基督教大学で日本語教育について学んでおり、研究者を志してはいませんでした。大学院では東京大学医学部の音声・言語医学研究施設で,大人の外国語学習における音声知覚について調べていました。例えば日本語学習者がなぜ特定の日本語音が聞けないのか,という研究です。

博士課程時に子どもが生まれ,またポスドクとして就職した国立身体障害者リハビリテーションセンターの研究室が子どもの研究を行っていたこともあり,そこでテーマを転換しました。当時,その研究室に日立製NIRSのプロトタイプがあり,まだ測定や解析のノウハウが確立されていない頃でしたが,試行錯誤しながら子どもの音声知覚についてfNIRSを使い始めました。その後,慶應義塾大学の心理学(小嶋祥三先生の研究室)に異動し,社会性などの心理学的側面と言語発達との関わりについて考えるようになりました。

慶應大学でfNIRSを活用して成果を出せるようになってきた頃,世界的な認知科学者であるJacques Mehler博士が開設したフランスの心理言語学研究所LSCPより,「プロジェクトでfNIRSを使うことになったから来てくれないか」とオファーをもらい,ポスドクとして着任しました。元々海外に行きたいと思っていましたし,この留学が私自身にとって大きなターニングポイントになりました。特に,当時のボスEmmanuel Dupoux博士が計算論的なアプローチに詳しかったこともあり,fNIRSの解析手法やデザインもより洗練されました。そこで築いた国際的な人脈はいまでも研究の助けになっています。フランスではラボマネジャーが研究を厚く支援してくれるので,研究員は研究だけに専念できるようになっていました。留学の後,日本に戻って慶應赤ちゃんラボを主宰することになりましたが,このような研究者や学生にとって理想的な環境を整えるように意識しています。

─今後の研究の展望について聞かせてください。

一つは定型/非定型発達における縦断研究をさらに進めることです。新型コロナウイルス感染症の影響で少し遅滞していたのですが,すでに実験は再開しています。また新生児について,正期産児と早産児とで比較する研究も10年前から行っており,さらに注意深く検討したいと思っています。fNIRSを使って安静時の脳活動を計測すると,在胎30週未満の早産児では高次脳機能に関わるLong–rangeでの機能的結合性の生後発達が緩やかになっていました。脳の発生過程ではおよそ在胎30週までに神経細胞移動が生じますが,未熟な細胞移動のまま胎外環境に出された結果,神経血管系の発達に影響し,シナプス,さらには生後の社会性など高次認知機能の発達にも影響するのではないかと考えています。fNIRSでは神経活動に伴う酸素化ヘモグロビン(Hb)と脱酸素化Hbの濃度変化を光学的に測定しています。発達に伴いそれらの濃度変化の位相が変化していくのですが、早産児ではその発達が異なっているようです。神経血管系の発達と認知機能の発達とを連関させることができることも,新生児にfNIRSを活用する手法の大きな利点です。

─若手の学生や研究者へのメッセージをお願いいたします。

私自身は学部では心理学を専門的に学んだわけではありません。学部や大学院,ポスドクでの専門性にとらわれず,広くいろいろなことを勉強するのも大事だと思います。私も言語研究から始まり,心理学や神経科学に手を伸ばし,いまでは発話との関連から運動機能にも興味をもっています。学ぶことに「遅すぎる」ということはありません。私は子育て中に研究の時間がなくとても焦っていましたし,特にコロナ禍で子育て中のみなさんは大変だと思いますが,子どもに手のかかる時期は振り返るととても限られています。焦らずに,粘り強く,そして自分の興味の向くままに研究を続けていってほしいと思います。

インタビュアーの自己紹介

インタビュアー:まつもと あきひろ

インタビューを行った感想

今回のインタビューは,新型コロナ感染症の影響,また私がデンマークで暮らしていることもありオンラインで行われました。皆川先生が専門とする言語や社会性の発達は私にとって未知の分野でしたが,とても分かり易くお話をしてくださり,私の拙い質問や議論にも丁寧に応じてくださいました。先生との対話は,その幅広い研究経験や知識を基に,神経生理,発生,遺伝学など様々な示唆に富んでおり,とても楽しく刺激的な時間でした。

現在の研究テーマ

視覚神経系の感覚器官である網膜について,特徴抽出を行う神経回路を研究しています。視覚運動情報が網膜でどのように処理され,そして脳神経系がどのように演算して行動へと至るのか,ということに関心があります。神経回路を遺伝学的手法によって標的し,電気生理学,2光子顕微鏡イメージング,モデルシミュレーションを用いてその動作原理を明らかにすることを目標としています。

Profile─まつもと あきひろ
オーフス大学DANDRITE研究所 助教。2017年,東京大学大学院人文社会系研究科基礎文化研究専攻修了。博士(心理学)。専門は視覚神経科学。主要論文に「Direction selectivity in retinal bipolar cell axon terminals」(共著,Neuron, 2021)など。

まつもと あきひろ

PDFをダウンロード

1