心理学 Q & A

心理学ふしぎふしぎ

Q2.天の声?

私は心理学専攻の大学生です。長時間のアルバイトと睡眠不足も重なって,疲れ果てる毎日でした。ある夜,ベッドに入って眠りかけたとき,突然「無理なバイトはやめましょう」という声が聞こえました。驚いて周囲を見回しましたが,誰もいませんでした。気味が悪くなり,それ以後は無理なバイトをしないようにしたからか,あの不思議な声は聞こえなくなりました。あの声はいったい何だったのでしょう。

A.三木善彦

あなたが聞いた声は幻聴でしょう。幻聴は脳器質性障害や統合失調症(精神分裂病)などで生じますが,健康な人にも山や海で遭難して疲労と死の恐怖が重なったときや,あなたのように入眠時に幻聴が出現することがあります。あなたは長時間のバイトで健康や学業に支障をきたしているようだと内心で思っていたのでしょう。その思いが「無理なバイトはやめましょう」という声となって聞こえてきたと考えられます(それを「思考化声」といいます)。

私には次のような体験があります。私は内観療法という心理療法を研究し,20年前に大学の教師をしながら内観研修所を開設しました。研修に来られた方が1週間の宿泊研修でよい体験をして帰られる姿を見るのは喜びでしたが,創始者の吉本伊信先生と同じようなスタイルで研修所を運営し,面接しようとしてもできない葛藤に苦しみました。心身の疲れを癒すため,2年後にある研修所で内観しました。7日目の夕方,激しい夕立がありました。すると,雷鳴とともに「私と同じようにやれとは言っていませんよ。あなたはあなたなりにやればよろしい」という吉本先生の声が聞こえてきました。

たしかに吉本先生と私は生い立ちも学んだ内容も職業経験はもちろん,能力も人柄もおかれている状況も異なります。私が自分の来歴をすべて否定してミニ吉本になって面接すれば,柔軟性に欠け,役に立たないでしょう。雷鳴とともに聞こえた声は,私にとって天の声でした。このあと,無理のない研修所の運営ができ,柔軟な態度で面接できるようになりました。

精神科医・松本邦裕氏(2003)によれば,心理療法家には自分自身の内心の声がスーパーバイザーなど第三者の声として外から聞こえることがまれにあるといいます。

小説家・神渡良平氏(2003)の『星降るカミーノ~魂の旅路』ではスペインを巡礼しながら,幻聴のように神の声を聞いているようすが描かれています。

それらが内心の声の反映とするなら,とくに心理学を勉強する人は他者の心の世界に目を向けるだけでなく,日ごろから自分自身の内面の世界を豊かにするように努力し,自己との対話を心がけ,内心の声に耳を傾ける姿勢が大切です。しかし,内心の声がいつも正しいとは限りません。それにむやみに動かされると主体性を失い,病的世界に入る危険性がありますから,それが真実を示したものかどうかを現実の中で検討することが必要です。

文献

神渡良平 2003 星降るカミーノ―魂の旅路― PHP研究所
松木邦裕 2003 対象関係論的心理療法入門―精神分析的アプローチのすすめ 4章 耳の傾け方―聴き方,ひとの読み方 臨床心理学,3(5),689-695.

みき よしひこ
神戸松蔭女子学院大学人間科学部教授。
専門は,臨床心理学,内観療法,犯罪被害者支援。
主な著書は,『内観療法入門』(創元社)など。

心理学ワールド第26号掲載
(2004年7月15日刊行)