2021年
選考経過
2021年度優秀論文賞選考委員会は規程により編集委員6名,石井 敬子,国里 愛彦,小島 康生,橋本 剛,古村 健太郎,守谷 順各氏,理事または代議員経験者5名,梅田 聡,浦 光博,齊藤 智,菅原 ますみ,野内 類各氏と,坂上 貴之理事長,原田 悦子編集担当常務理事が加わり構成された。なお,規程により委員長に梅田氏が指名された。
対象となった論文47編は,2020年度に完結した「心理学研究」第91巻第1―6号の原著論文,研究資料,“Japanese Psychological Research”第62巻第1―4号のOriginal Articleである。
選考委員会は,2021年4月25日(日)の第1回委員会で,編集委員,優秀論文賞選考委員の推薦および編集委員会における評価を参考にして23編を第1次審査の候補として選び,第1次審査を行った。7月2日(金)の第2回委員会で第2次審査の候補を11編にしぼり第2次審査を行った。8月3日(火)の第3回委員会で,第1,2次審査の結果を総合して判断し,最終的に以下の2編を優秀論文賞とした。
なお,審査は日本心理学会優秀論文賞規程および優秀論文賞審査に関する申し合わせに則り行った。
今年度も,プレコンベンション学術交流会が中止となったため,学会ホームページに学会賞の特設ページが開設され,そこに授賞者からのコメントを掲載する予定である。
優秀論文賞 |
著者名 |
所 属 |
論文タイトル |
掲載巻号 |
川上 直秋 |
筑波大学 |
指先が変える単語の意味――スマートフォン使用と単語の感情価の関係―― |
心理学研究第91巻第1号 |
授賞理由 |
本論文は,スマートフォンの日常的な長期使用が,フリック入力の反復を通して,文字,無意味単語,実在する有意味単語の感情価を変化させることを報告している。著者は,フリック入力における下向きと上向きの親指の動きが,それぞれ手前へと奥への運動であることに注目し,下フリックは接近,上フリックは回避の運動として捉えることができると考えた。接近運動はポジティブな感情と,回避運動はネガティブな感情と結びつくと論じた先行研究に基づき,入力時に下フリックを多く含む単語はポジティブな感情価を,上フリックを多く含む単語はネガティブな感情価を相対的に帯びることになると仮定し,このフリック効果の存在を5つの研究によって検証した。まず,フリック入力が実際に1.5cm以上の指の空間移動を伴うことを確認し(研究1),続いて,ひらがな清音46文字(研究2),782の無意味単語(研究3,研究4),978の単語(研究5)の感情価の評定を計1,500名以上の参加者に求めた。その結果,一貫して,フリック効果が確認され,また,この効果がスマートフォン未使用者には見られないことから(研究4,5),フリック入力と感情価変動の関係が強く示唆された。俄には信じ難い興味深い結果が,膨大な刺激数と十分なサンプルサイズの研究によって繰り返し再現される様は,科学的探求の醍醐味を教え,「良くも悪くも人間の心理は道具依存的でもある」という最終段落の一文を導く論考の精緻さは,爽やかな知的興奮を読後に残す。たとえ小さな影響でも,日常的に何百回と繰り返されることで蓄積され,検出可能となること,このような過程を経て,新しいテクノロジーが人間の心に影響を与え得ることを示した本論文は,新規性,独創性,研究手法の厳密さ,丁寧な考察が高く評価され,優秀論文賞にふさわしいと判断された。 |
優秀論文賞 |
著者名 |
所 属 |
論文タイトル |
掲載巻号 |
高橋 惠子 |
聖心女子大学 |
Assessing Representations of Close Relationships Among Chinese and Japanese Adolescents and Young Adults: Commonalities and Differences in the Two Confucian Cultures |
Japanese Psychological Research Vol.62, No.2 |
平井 美佳 |
横浜市立大学 |
Hou, Jing |
北京師範大学 |
清水 裕士 |
関西学院大学 |
授賞理由 |
私たちが,社会で適応的に過ごすためには,他者との良好な関係が欠かせない。私たちの生活をささえる人間関係は,それぞれ役割の異なる複数の重要な他者(両親や友人や恋人等)との関係によって成り立っている。著者らは,この複数の他者からなる人間関係とその心理的機能(役割)を説明する愛情の関係モデル(Affective relationship model)を提案している。本論文は,この愛情の関係モデルの視点から,日本と中国の青年期を対象に,儒教文化の信念が,重要な他者との関係性とその心理的役割に及ぼす影響を調べたものである。研究の結果から,青年期の日本人と比べると,青年期の中国人は,父親をより重要な他者であると考えており,儒教文化が影響していることを明らかにした。従来の欧米を中心とした文化比較研究では,中国と日本は同一のアジア文化として,研究が行われてきた。しかしながら,本研究では,両国の文化的(主に儒教)背景が異なることに注目し,両国の重要な他者との人間関係の違いを検討している。この着眼点は,欧米を中心とする研究チームからは見過ごされてきており,非常に学術的価値が高い。さらに,本研究は,日本と中国に住む14歳から24歳までの中学生・高校生・大学生の1,565名の参加者に回答を得るなど,非常に労力のかかる研究である。日本と中国とで回答する質問項目についても丁寧に翻訳とバックトランスレーションを行うなど方法論的な精緻さも評価できる。以上のことから,本論文が優秀論文賞に値すると判断された。 |
選考経過
2020年度優秀論文賞選考委員会は規程により編集委員6名,石井 敬子,上瀬 由美子,小島 康生,古村 健太郎,守谷 順,山田 剛史各氏,理事および代議員経験者5名,梅田 聡,齊藤 智,島津 明人,白井 述,矢藤 優子各氏と,坂上 貴之理事長,原田 悦子編集担当常務理事が加わり構成された。なお,規程により委員長に梅田氏が指名された。
対象となった論文56編は,2019年度に完結した「心理学研究」第90巻第1―6号の原著論文,研究資料,“Japanese Psychological Research”第61巻第1―4号のOriginal Articleである。
選考委員会は,2020年4月4日(土)の第1回委員会で,理事・代議員,編集委員,優秀論文賞選考委員の推薦および編集委員会における評価を参考にして29編を第1次審査の候補として選び,第1次審査を行った。6月20日(土)の第2回委員会で第2次審査の候補を14編にしぼり第2次審査を行った。7月25日(土)の第3回委員会で,第1,2次審査の結果を総合して判断し,最終的に以下の2編を優秀論文賞とした。
なお,審査は日本心理学会優秀論文賞規程および優秀論文賞審査に関する申し合わせに則り行った。
委員が著者となっている論文を審査するケースが有ったが,当該委員以外が審査を行い,審議の場では,当該委員に退出を求め,厳正に審査を行った。
今年度は,プレコンベンション学術交流会が中止となったため,学会ホームページに学会賞の特設ページを開設する予定である。
優秀論文賞 |
著者名 |
所 属 |
論文タイトル |
掲載巻号 |
中川 知宏 |
近畿大学 |
なぜ非行集団に同一化するのか――集団間関係に基づく検討―― |
心理学研究第90巻第3号 |
仲本 尚史 |
福岡少年鑑別所 |
國吉 真弥 |
法務省福岡矯正管区 |
森 丈弓 |
甲南女子大学 |
山入端 津由 |
沖縄国際大学 |
大渕 憲一 |
放送大学 |
授賞理由 |
少年犯罪において,非行集団への同一化は非行リスクを高める一因となる。そのため,非行集団への同一化を規定する要因を検討することは,非行の抑止にとって重要である。本論文は,非行集団への同一化を規定する要因として,非行少年の差別経験と集団境界透過性(個人が社会的カテゴリー間を移行可能であると期待する程度)に注目した。少年鑑別所に入所していた男子少年を対象とした調査が行われた。その結果,同級生,教師や警察,地域住民から差別を受けたことがあると感じている少年は,差別を受けたことがないと感じている少年よりも非行集団への認知的同一化が高くなっていた。また,教師や警察から差別を受けたことがある場合,集団境界透過性が低い(非行集団から別な集団への移行可能性がない)少年は,集団境界透過性が高い少年よりも,集団への同一化が高くなっていた。本研究の特筆すべき点として,少年鑑別所に入所していた男子少年を調査対象者としているというデータの貴重さが挙げられる。また,非行少年の属性や内的要因ではなく,差別や集団境界透過性といった非行少年を取り巻く環境に注目している点も特筆すべき点である。そのため,考察で述べられた非行への再統合的な非難の表明や少年の居場所づくりといった非行抑止の対策が説得力を持ち,大きな実践的示唆を提供するものとなっている。本論文はこれらの点が評価され,優秀論文にふさわしいと判断された。 |
優秀論文賞 |
著者名 |
所 属 |
論文タイトル |
掲載巻号 |
織田 涼 |
立命館大学 |
Positive and Negative Affects Facilitate Insight Problem-Solving in Different Ways: A Study with Implicit Hints |
Japanese Psychological Research Vol.61, No.2 |
服部 雅史 |
立命館大学 |
授賞理由 |
本論文は,洞察問題解決における感情の影響を検討したものである。これまでの知見によると,肯定的な感情と否定的な感情のいずれも問題解決を促進しうるが,肯定的な感情によって直観的かつ暗示的なプロセスの促進される一方,否定的な感情によって努力を要しかつ明示的なプロセスが促進される。著者らは,その過去の知見に基づき,暗示的な(例えば,閾下呈示によって再認するのが難しいような)ヒントによって洞察問題解決が促されることに着目した上で,そのような暗示的なヒントによる効果は肯定的な感情が喚起されているようなときに顕著になることを予測した。大学生を対象とした2つの実験では,参加者に対し肯定的,否定的,中性的な感情のいずれかを喚起させた後,ドゥンカーの放射線問題に解答するよう求めた。加えて実験1では,感情を喚起させる前に,放射線問題と同じ構造の「ヒント」問題,または異なった構造の「誤解を与える」問題に解答するよう参加者に求めた。その結果,正答率が極端に低く,そこでの期待された効果は見られなかった一方,典型的な誤答の割合に着目したところ,「誤解を与える」問題と比較して事前の「ヒント」問題によって誤答の割合が低くなる傾向は,肯定的な感情を喚起された場合においてのみ有意に見られた。実験2では,正答率を上げるために実験デザインが改良され,事前問題の代わりに,参加者が放射線問題に解答する直前にそのヒントまたは無関連な動画が閾下で呈示された。そして予測と一致し,無関連な動画と比較してこの暗示的なヒントによって正答率が高くなる傾向は,肯定的な感情が喚起された場合のみに見られた。また2つの実験において,否定的な感情が喚起されたときには,事前の問題や暗示的なヒントの有無にかかわらず,全般的に誤答の割合が低く,正答率が高くなった。これは,否定的な感情によって思考が精緻化されることにより,暗示的なヒントによる効果が減衰することを示唆する。この結果は,新奇性が高くユニークであるのに加え,感情がどのような思考法を促すかに関する既存の理解を前進させ,読者の関心を大いに惹きつけるものである。加えて,最初の実験における問題点を改善し,綿密な実験デザインを伴った次の実験においてより明確な結果を見出すという研究の組み立て方は,心理学研究における定石を踏んでおり,後学にとって大いに参考になる。このように本研究は,見出された知見およびその鮮やかな実験的手法の両面において,その意義が高く評価されるものである。以上を踏まえ,選考委員会は本論文を優秀論文として選出した。 |
選考経過
2019年度優秀論文賞選考委員会は規程により編集委員6名,浅野 倫子,上瀬 由美子,堀内 聡,宮本 聡介,向田 久美子,山田 剛史各氏,理事および代議員経験者5名,梅田 聡,岡村 尚昌,島津 明人,白井 述,矢藤 優子各氏と,横田 正夫理事長,宮谷 真人編集担当常務理事が加わり構成された。なお,規程により委員長に宮本氏が指名された。役員交代後に開催された第3回委員会以降は,横田理事長に代わり坂上 貴之理事長が,宮谷編集担当常務理事に代わり原田 悦子編集担当常務理事が,委員会に加わった。
対象となった論文55編は,2018年度の「心理学研究」第89巻第1―6号の原著論文,研究資料,“Japanese Psychological Research”第60巻第1―4号のOriginal Articleである。
選考委員会は,2019年4月21日(日)の第1回委員会で,理事・代議員,編集委員,優秀論文賞選考委員の推薦および編集委員会における評価を参考にして29編を第1次審査の候補として選び,第1次審査を行った。6月9日(日)の第2回委員会で第2次審査の候補を8編にしぼり第2次審査を行った。7月27日(土)の第3回委員会で,第1,2次審査の結果を総合して判断し,最終的に以下の4編を優秀論文賞とした。
なお,審査は日本心理学会優秀論文賞規程および優秀論文賞審査に関する申し合わせに則り行った。今年度は,委員が著者となっている論文を審査するケースが有ったが,当該委員以外が審査を行い,審議の場では,当該委員に退出を求め,厳正に審査を行った。
授賞論文の著者に対し,2019年9月10日(火)日本心理学会第83回大会(立命館大学)プレコンベンション学術交流会において,宮本委員長が選考経過を報告し,続いて坂上理事長から賞状が授与された。
優秀論文賞 |
著者名 |
所 属 |
論文タイトル |
掲載巻号 |
金政 祐司 |
追手門学院大学 |
親密な関係破綻後のストーカー的行為のリスク要因に関する尺度作成とその予測力 |
心理学研究第89巻第2号 |
荒井 崇史 |
東北大学 |
島田 貴仁 |
科学警察研究所 |
石田 仁 |
(公財)日工組社会安全研究財団 |
山本 功 |
淑徳大学 |
授賞理由 |
関係破綻後のストーカー的行為生起の心理的背景について,構造方程式モデリングを用いて明らかにした論文である。研究1ではインターネット調査会社のモニターを対象にした調査が行なわれ,別れた相手との交際時の関係性,関係破綻後の思考・感情を測定する尺度が作成された。研究2では,層化2段階無作為抽出法による全国調査が実施され,パーソナリティ特性(愛着不安と自己愛傾向)が過去の交際時の関係性に影響し,それらが関係破綻後の思考や感情に対して影響を及ぼすことでストーカー的行為が増大するという仮説モデルが検証された。その結果,男女共通して愛着不安および交際時の関係性の唯一性認知が,独善的執着を高め,ストーカー的行為の増大につながることが確認された。さらに,ジェンダーによる問題行動生起のメカニズムの差も明らかとなり,考察においては,従前の恋愛研究の知見との統合および発展が試みられた。ストーカー行為生起に対する心理学的研究は我が国ではまだ十分には行われておらず,本研究はこの嚆矢として位置付けられる。審査過程では,現実の社会問題解決につながる心理学的知見が明確に提出されている点,研究2において無作為抽出法に基づく全国調査が行われておりデータの信頼性が高い点,論理構成および文章が明快で説得力がある点が評価され,優秀論文にふさわしいと判断された。 |
著者名 |
所 属 |
論文タイトル |
掲載巻号 |
宇野 究人 |
東京大学 |
漢字の形態情報が共感覚色の数に与える影響 |
心理学研究第89巻第6号 |
浅野 倫子 |
立教大学 |
横澤 一彦 |
東京大学 |
授賞理由 |
本論文は,文字を見ることで色を感じる色字共感覚と呼ばれる現象について,日本語における漢字の形態的特性の影響を,特に「偏」と「旁」の構造に注目して検討したものである。これまで,アルファベットなどの文字種に対する色字共感覚の生起には文字の形態,音韻,意味などの様々な情報が関与するが,漢字やカタカナ,ひらがなについては形態の影響が少ないとされてきた。一方,英単語では,複数語の連結によって構成される単語に対して複数の共感覚色が生じることが報告されており,偏や旁のような複数の構成要素を持つ漢字においても,複数の共感覚色が励起される可能性が考えられた。こうした背景から著者らは,偏や旁に分割可能な漢字(左右分割漢字)と,偏や旁に分割不可能な漢字(左右非分割漢字)に対して生じる共感覚色の数を比較する実験を行った。共感覚色が文字やその近傍のような外界に存在するように感じる共感覚者(投射型)と,外界ではなく頭の中に色の印象が喚起される共感覚者(連想型)らに,1つの漢字について最大2つの色を回答するよう求めたところ,左右分割漢字に対する共感覚色の回答数が左右非分割漢字よりも大きくなること,また,そうした傾向は投射型の共感覚者でより強いことが示された。漢字に固有の形態的特性に注目し,色字共感覚の生起過程との関係を明らかにした点で世界的にみてもユニークな研究であり,先行研究の丁寧なレビューに裏打ちされた精緻な議論が展開されている点も高く評価できる。以上を踏まえて,本論文は優秀論文賞に相応しいと判断された。 |
著者名 |
所 属 |
論文タイトル |
掲載巻号 |
池田 尚広 |
自治医科大学 |
Hypoactivation of the Right Prefrontal Cortex Underlying Motor‐Related Inhibitory Deficits in Children with Autism Spectrum Disorder: A Functional Near‐Infrared Spectroscopy Study |
Japanese Psychological Research Vol.60, No.4 |
徳田 竜也 |
中央大学 |
門田 行史 |
自治医科大学 |
平井 真洋 |
水島 栄 |
中央大学 |
長嶋 雅子 |
自治医科大学 |
久徳 康史 |
中央大学 |
谷口 敬道 |
国際医療福祉大学 |
下泉 秀夫 |
檀 一平太 |
中央大学 |
山形 崇倫 |
自治医科大学 |
授賞理由 |
代表的な神経発達症の1つである自閉スペクトラム症(ASD)は,注意欠如多動性障害(ADHD)と同様に,実行機能における神経認知機能障害の症状を有すると考えられている。これまでの多くの先行研究から,前頭前野領域の機能不全が,ASD児の計画性や柔軟性,および作業記憶などの実行機能障害と深く関連していることが実証されている。しかしながら,ASD児における実行機能の重要な構成要素である運動制御や行動抑制の機能障害については明らかにされていない。本研究では,機能的近赤外分光装置(fNIRS)を用いて,go / no-go 課題中のASD児と定型発達(TD)児の行動パフォーマンス(反応時間や正答率)および血行動態反応の違いを比較検討した。行動パフォーマンスはASD児とTD児に有意差は認められなかったが,課題中の血行動態反応では,運動制御や行動抑制に関わる右下前頭回および中前頭回(IFG / MFG)において,TD児では有意な活性化が示されたのに対し, ASD児では活性化しないことが示された。本研究の結果は,同じ方法論でADHD児を対象にして行われ,課題中における前頭前野領域の活性が認められなかったという著者らの先行研究と同様の結果であり, ASD と ADHD が共に抑制刺激に対する右IFG / MFGの活性化の低下,すなわち抑制機能の問題に関する神経生理学的特徴を有している可能性を示唆している。さらに,本論文は,go / no-go 課題中の右IFG / MFGの低活性化がASD児の神経生理学的特徴を評価する有用なバイオマーカーなり得ること示した貴重な論文であり,その意義が高く評価された。また,論文展開の論理性,研究の方法や丁寧な考察も評価された。以上のことから,本論文が優秀論文賞に相応しいと判断された。 |
著者名 |
所 属 |
論文タイトル |
掲載巻号 |
小出 允善 |
明治大学 |
Cheering Enhances Inter‐Brain Synchronization Between Sensorimotor Areas of Player and Observer |
Japanese Psychological Research Vol.60, No.4 |
嶋田 総太郎 |
授賞理由 |
本論文は,対人コミュニケーション場面における脳活動の同期性について,機能的近赤外分光法(fNIRS)を用いて調べた研究である。課題においては,実験者と参加者(プレーヤー)の間でじゃんけんをさせ,その場面を横から見る観察者を設定している。そして,プレーヤーと観察者の脳活動の同期について調べている。実験条件である応援条件では,観察者は文字通り,プレーヤーを応援するように教示された。一方,統制条件では,観察者はプレーヤーに欺きがないか否かをチェックするように教示された。その結果,観察者は,応援条件でのみ,強い一体感を示した。さらにプレーヤーと観察者の脳活動を調べると,応援条件でプレーヤーが勝った場合にのみ,プレーヤーと観察者の感覚・運動領域の賦活状態が同期したことを示している。本研究は,脳画像研究領域でハイパースキャニングと呼ばれる,2人の脳活動の同時測定を実施している点で,方法論的に高く評価できる。さらに,同時測定による同期性を調べるアドバンテージとして,応援という独自性の高い視点に着目している。それによって一体感が高まることを確認した上で,ミラーニューロンシステムの一部である感覚・運動領域の賦活同期が生じることを発見した点は,十分に興味深く,価値の高い成果であると考えられる。また,ハイパースキャニングという手法を十分に活かした独創性の高い研究であると評価できる。本研究は,社会心理学的な要素を含む脳機能画像研究であり,対人コミュニケーションにおける脳内メカニズムに関する理解を深める上でも,当該領域において重要な研究と位置づけられる。以上の点から,本論文を優秀発表賞に値すると判断された。 |
選考経過
2018年度優秀論文賞選考委員会は規程により編集委員6名,浅野 倫子,金沢 創,堀内 聡,宮本 聡介,向田 久美子,森 津太子各氏,理事および代議員5名,臼井 伸之介,梅田 聡,岡村 尚昌,杉村 和美,杉若 弘子各氏と,横田 正夫理事長,宮谷 真人編集担当常務理事が加わり構成された。規程により委員長に金沢氏が指名された。
対象となった論文51編は,2017年度の「心理学研究」第88巻第1-6号の原著論文,研究資料, “Japanese Psychological Research” 第59巻第1-4号のOriginal Articleである。
選考委員会は,2018年4月8日(日)の第1回委員会で,理事・代議員,編集委員,優秀論文賞選考委員の推薦および編集委員会における評価を参考にして30編を第1次審査の候補として選び,第1次審査を行った。6月23日(土)の第2回委員会で第2次審査の候補を10編にしぼり第2次審査を行った。7月15日(日)の第3回委員会で,第1,2次審査の結果を総合して判断し,最終的に以下の4編を優秀論文賞とした。
授賞論文の著者に対し,2018年9月24日(月)日本心理学会第82回大会(東北大学)プレコンベンション学術交流会において,金沢委員長が選考経過を報告し,続いて横田理事長から賞状と副賞が授与された。
優秀論文賞 |
著者名 |
所 属 |
論文タイトル |
掲載巻号 |
田崎 勝也 |
青山学院大学 |
日本人の回答バイアス――レスポンス・スタイルの種別間・文化間比較―― |
心理学研究第88巻第1号 |
申 知元 |
授賞理由 |
リカート尺度を用いた質問では,質問の内容に関係なく,特定の選択肢を選択するレスポンス・セット(以下RS)と呼ばれるバイアスの存在が指摘されている。代表的なRSに,極端な選択肢を選ぶ極端反応傾向,中間評価を好んで選ぶ中間反応傾向,内容を十分に吟味することなく項目に同意する黙従反応傾向がある。これまでの研究から,日本人の極端な回答を避け中間的な回答を好む反応傾向が明らかにされている。一方,黙従反応傾向については,まだ研究の数が少なく,結果が定まっていなかった。本論文では,構造方程式モデリングを用いて日米韓の3国を比較・分析することによって,日本人のRSの特徴を検討することが試みられた。分析の結果,日本人の中間回答を好むRSの特徴が再確認された。黙従反応傾向は3国共に高いことも示された。これは,3種のRSの中で黙従反応傾向が最も顕著な回答バイアスであることを意味している。また,多様な文化的価値観に理解を示すバイカルチャー者は黙従反応傾向が強いことから,文化的価値の多様性が黙従反応傾向の規定因の1つであると論じられた。高度な分析手法を用い,日本人のRSの特徴を明らかにした本論文の学術的価値は高い。細部にまで言及した丁寧な考察も評価された。リカート尺度を用いた心理学的研究は極めて多い。今後,心理学研究者はRSに対する理解を深め,バイアス低減に努めることが求められるであろうし,本論文は,その手助けとなる代表的な研究の1つとなることが予想される。以上の点から,本論文は優秀論文賞に値すると判断された。 |
著者名 |
所 属 |
論文タイトル |
掲載巻号 |
島田 貴仁 |
科学警察研究所 |
脅威アピールでの被害の記述と受け手の脆弱性が犯罪予防行動に与える影響 |
心理学研究第88巻第3号 |
荒井 崇史 |
追手門学院大学 |
授賞理由 |
本論文は自転車駐輪時のツーロック行動(防犯性を高めるため,カギを2つ掛けること)を題材とし,「犯罪被害の脆弱性」が異なる自転車利用者に,「脅威アピール情報の種類」と「予防行動の効果性情報」を操作した介入実験を実施することにより,それら要因が介入後のツーロック行動に与える影響を検討したものである。分析の結果,介入時に測定した行動意図(今後ツーロックをするという意図)の高低は,翌日のツーロック行動に影響するが,それ以降のツーロック行動の減衰には関係しないこと,統計情報の提示は事例情報に比べて予防行動の持続性に効果的であることなどが明らかにされた。また,操作された3要因の交互作用から,今後の防犯に向けての効果的な介入方法について,有益な結果が得られている。本研究の特筆すべき点は,フィールドにおいて実際の行動を従属変数とした実証的研究を行っていること,および28日間に及ぶ長期的な影響を検討していることである。災害や犯罪などのリスク問題に心理学からアプローチする研究では,往々にして主観的な評定のみをアウトプットとし,しかも,短期的な影響過程で議論を閉じてしまっているものが多い。それを乗り越えるには,様々なコストと工夫を要するが,本研究はそれにチェレンジしている。得られたデータは貴重であり,分析も丁寧にされている。こうした点から,本論文は優秀論文賞に値すると判断された。 |
著者名 |
所 属 |
論文タイトル |
掲載巻号 |
高橋 哲 |
法務総合研究所 |
性犯罪者の犯行の否認・責任の最小化と再犯との関連の検討 |
心理学研究第88巻第5号 |
西原 舞 |
授賞理由 |
性犯罪者が犯行を否認したり,責任を最小化したりすることは多くの臨床家や研究者によって認識されており,性犯罪者の犯行の否認・責任の最小化が将来の再犯可能性を高めると捉えられている傾向にある。しかし,性犯罪者の犯行の否認・責任の最小化が将来の再犯と関連するか否かについては,実証的研究が少なく,一貫した結果が得られていない。先行研究の問題点として,サンプルサイズの小さいこと,性犯罪の種類が少ないこと,既知の再犯リスク(性犯罪の持続性,対象者との関係性)などが考慮されていないが挙げられる。これらの問題点を考慮して,本研究では,性犯罪者の犯行の否認・責任の最小化と再犯との関連を検討した。有罪判決を受けた者を対象とした縦断研究が行われ,既知の再犯リスクを考慮しても,犯行の否認・責任の最小化と再犯の関連はないことが示された。考察では,論文では有意な関連性が認められなかった背景が丁寧に記載されるとともに,否認者への対処への示唆も記載されている。例えば,先行研究で明らかになっている再犯のリスク要因に対して優先的に介入しながら,機を見て否認をめぐる話題を取り上げることなどである。本論文は性犯罪者に対する心理学的介入の方向性を考える上で有益な情報を提供する貴重な論文であり,その意義が高く評価された。また,文献レビューや文章展開が分かりやすい点も評価された。以上のことから,本論文は優秀論文賞に値する論文であると判断された。 |
著者名 |
所 属 |
論文タイトル |
掲載巻号 |
Qian Qian |
昆明理工大学 |
Spatial Correspondence Learning is Critical for the Sequence Effects of Symbolic Cueing |
Japanese Psychological Research Vol.59, No.3 |
Feng Wang |
Miao Song |
上海海事大学 |
Yong Feng |
昆明理工大学 |
篠森 敬三 |
高知工科大学 |
授賞理由 |
注意の空間手がかり課題では,画面中央の手がかり(例:「←」/「→」)の指示通りの空間位置(例:左/右)に標的が提示された場合(cued条件)は,逆の位置に提示された場合(uncued条件)よりも標的に対する反応がはやくなる。さらに,「(un)cued試行に続いて(un)cued試行」のように,直前の試行が同じ条件だった場合は,そうでない場合よりも反応時間が短くなるという系列効果(sequence effect)が見られる。系列効果はさまざまな注意課題で見られるが,メカニズムは十分に明らかではない。この研究では手がかりの有効性や視覚的形状(左右対称性)などを操作し,「手がかりが直前の試行で有効だったか否かに応じて参加者が反応を調節するために系列効果が生じる」というstrategic adjustment仮説ではなく,「手がかりの知覚情報と反応が統合された一過的な表象であるイベントファイルが試行間で保たれるか否かにより系列効果が生じる」というfeature-integration仮説が支持されることを示した。さらなる実験で,手がかりの意味情報も系列効果を引き起こしうることも示した。本論文は,何かに注意を向けるという作業を連続的に行う際に,人は作業間でどのような記憶表象を維持するのかという基本的な問題に,よく練られた論理展開と手堅い実験で迫ったものである。実験1の結果の一部の再現性を実験3で確認するなど,信頼できる知見を提供している点も好ましい。緻密に仮説を組み立て,地道な実験で検証する。実験心理学のお手本と言える論文であり,優秀論文賞に相応しいと判断された。 |
選考経過
2017年度優秀論文賞選考委員会は規程により編集委員6名,臼井 伸之介,尾見 康博,金沢 創,櫻井 研三,田山 淳,水野 治久各氏,理事および代議員5名,佐藤 豪,杉村 和美,杉若 弘子,羽生 和紀,森 津太子各氏と,長谷川 壽一理事長,宮谷 真人編集担当常務理事が加わり構成された。規程により委員長に櫻井氏が指名された。役員交代後の開催された第2回,第3回委員会以降は,長谷川理事長に代わり横田 正夫理事長が委員会に加わった。
対象となった論文77編は,2016年度の「心理学研究」第87巻第1-6号の原著論文,研究資料,“Japanese Psychological Research” 第58巻第1-4号およびICP2016特集号のOriginal Articleである。
選考委員会は,2017年4月23日(日)の第1回委員会で,理事・代議員,編集委員,優秀論文賞選考委員の推薦および編集委員会における評価を参考にして40編を第1次審査の候補として選び,第1次審査を行った。6月24日(土)の第2回委員会で第2次審査の候補を9編にしぼり第2次審査を行った。7月30日(日)の第3回委員会で,第1,2次審査の結果を総合して判断し,最終的に以下の4編を優秀論文賞とした。
授賞論文の著者に対し,2017年9月18日(月)日本心理学会第81回大会(久留米大学)会員集会において,櫻井委員長が選考経過を報告し,続いて横田理事長から賞状と副賞が授与された。
優秀論文賞 |
著者名 |
所 属 |
論文タイトル |
掲載巻号 |
梶村 昇吾 |
京都大学 |
日本語版 DDFS および MWQ の作成 |
心理学研究第87巻第1号 |
野村 理朗 |
授賞理由 |
マインドワンダリング(mind wandering)とは,近年注目されている心のデフォルト状態を示し,心理学研究の重要なトピックになってきている。心のデフォルト状態とは,科学研究におけるベースラインの状態を意味するが,我々人間の実生活においては,起きている時間の約半分の時間にも該当するような何気なくあることを考えたり,感じたりしている状態である。本研究は,マインドワンダリングの測定を目的とした自己記入式尺度2点の日本語版作成と,その信頼性と妥当性の検証を目的として行われた。作成された尺度の妥当性については,well-being,精神疾患関連特性とも相関関係が示されている。また,研究2として,作成された尺度と認知課題(外的注意課題)との相関を検討し,関連が認められたことによって尺度の信頼性をより高いものにしている。本尺度については,今後,神経科学分野,認知科学分野等を中心として多くの分野で活用されることが予想される。特に,心と関連する医学分野で注目されているデフォルト・モード・ネットワーク(default mode network : DMN)は,マインドワンダリングとの親和性が極めて高い。それ故,本尺度は医学分野での活用も大いに見込まれるものである。研究の計画が堅強であること,尺度の信頼性と妥当性を検証する手続きについても十分配慮が行き届いていること,読み手にも理解しやすい論調であったこと,研究の限界点についても丁寧に言及していたこと等が評価された。以上のような理由から,本論文は優秀論文賞にふさわしいと判断された。 |
著者名 |
所 属 |
論文タイトル |
掲載巻号 |
布井 雅人 |
聖泉大学 |
表情の快・不快情報が選好判断に及ぼす影響――絶対数と割合の効果―― |
心理学研究第87巻第4号 |
吉川 左紀子 |
京都大学 |
授賞理由 |
我々が特定の対象について好きか嫌いかを決める際,その選好判断には少なからず他者の判断の影響,すなわち社会的な影響がある。自分の選好判断が信頼する友人一人の判断に左右される場合もあれば,不特定多数の他者の判断に左右される場合もある。本研究では,こうした社会的場面で起こりうる現象について,認知心理学の立場から実験的に取り組んだ。著者らは,無意味図形を好意度評定の対象として使用し,喜びと嫌悪の表情写真を無意味図形の周囲に配置して他者が示す喜びや嫌悪のシグナルの絶対数と割合を制御した3つの精緻な実験から,参加者の選好判断への影響を調べた。その結果,複数の他者が存在する場面では,他者が示すシグナルの数が無意味図形の選好判断に影響することと,表情によって数の影響に違いがあることを示した。さらに,集団内における喜び表情の割合の増加は無意味図形への好意度を上昇させるのに対し,嫌悪表情がひとつでも存在すると好意度の低下をもたらすことを明らかにした。本研究は,社会的相互作用の効果について表情刺激を利用した認知心理学実験で検証したものであり,広範囲な心理学のテーマに関連している点が高く評価された。また,日常的に体験する社会的場面に正面から取り組み,複数の実験で一貫した結果を得て,読みやすい文章でまとめた点も評価された。こうした点から,本論文は優秀論文賞に値すると判断された。 |
著者名 |
所 属 |
論文タイトル |
掲載巻号 |
川本 哲也 |
東京大学 |
Personality Change from Life Experiences: Moderation Effect of Attachment Security |
Japanese Psychological Research Vol.58, No.2 |
授賞理由 |
パーソナリティの生涯発達に関する研究の多くは,ビッグファイブ・パーソナリティを中心に検討を進めている。現在までに分かっていることを総合すれば,時点間の得点の相関からみればパーソナリティの安定性は高い一方で,平均値の変化からみれば成人期初期に比較的大きな変化がある。したがって,この時期の発達的変化の要因と個人差を解明することは,現在の人格発達研究における重要な課題である。本研究は,そこに切り込んだものである。短期縦断研究によって,成人期初期の若者のビックファイブ・パーソナリティの変化における個人差は,肯定的・否定的な人生経験によって説明できること,その際,個人のアタッチメント・スタイルによって経験からの影響の受けやすさが異なることを明らかにした。アタッチメント・スタイルの安定している人は,肯定的な人生経験を通して適応的なパーソナリティ特性を高めるが,アタッチメント・スタイルの不安定な人は,否定的な人生経験を通して適応的なパーソナリティ特性を低めていたのである。人生経験によってパーソナリティが変化することは既に知られていたが,その変化のあり方の個人差を説明する要因(アタッチメント)にまで踏み込んだ研究は海外も含めて例がない。このような国際的に新しい知見を,大規模な縦断研究と最新の分析手法というこれまた国際的なレベルでのアプローチによって提出したことが本研究の最も重要な価値であり,優秀論文賞に相応しいといえる。 |
著者名 |
所 属 |
論文タイトル |
掲載巻号 |
宮崎 由樹 |
福山大学 |
The Sanitary-Mask Effect on Perceived Facial Attractiveness |
Japanese Psychological Research Vol.58, No.3 |
河原 純一郎 |
北海道大学 |
授賞理由 |
本論文は,いわゆるマスク(sanitary mask: 衛生用マスク)の装着が顔の魅力に及ぼす影響を検討したものである。一般に流布している俗説として「マスクをした方が美人にみえる」といったものがあるが,本論文では,この俗説を検証する目的で,顔の魅力をマスクの装着の有無により検討した。顔画像は,魅力の度合いが高いもの,中程度のもの,低いものに分類され,実験ではマスクだけでなく,ノートやスマホなどで同じ部分が遮蔽している場合も比較検討された。その結果マスクにより魅力は低下するものの,もともとの顔の魅力が低い場合はこの限りではなく,しかもノートなどで遮蔽された場合は,逆に魅力が高くなることが明らかとなった。またこれらのマスクによる魅力の変化が,知覚された健康度に関連していることも同時に示された。本研究は,マスクという一般にも広く関心を引く装着物が,顔の魅力の知覚にどのように影響を与えるのかを,多数の実験により検討したものである。その結果は俗説をある程度裏切るものであり,選考委員会ではむしろこの点を高く評価する意見などが出された。漠然と一般に信じられているトピックを,丁寧な実験を重ねることでひっくり返したことは,実験心理学という学問の持つ意義を再確認させるものであったといえるだろう。本論文は今後マスクについて議論する際の基礎的なデータとして広く引用されていくことが期待される。マスクは日本では広く見られる文化的なアイテムでもあり,“Japanese”とつく英文誌の論文として,本論文はその代表となるにふさわしい論文と評価したい。 |
選考経過
平成28年度優秀論文賞選考委員会は規程により編集委員6名,小塩 真司,尾見 康博,河原 純一郎,櫻井 研三,田山 淳,水野 治久各氏,理事および代議員5名,佐藤 豪,中村 知靖,羽生 和紀,山口 裕幸,吉田 俊和各氏と,長谷川 壽一理事長,宮谷 真人編集担当常務理事が加わり構成された。規程により委員長に中村 知靖氏が指名された。
対象となった論文58編は,平成27年度の「心理学研究」第86巻第1-6号の原著論文,研究資料,“Japanese Psychological Research” 第57巻第1-4号のうち特集号でない第2-4号に掲載されたOriginal Articleである。研究資料は,2011年4月の論文種類変更により,対象論文となった。
選考委員会は,平成28年3月27日(日)の第1回委員会で,理事・代議員,編集委員,優秀論文賞選考委員の推薦および編集委員会における評価を参考にして33編を候補として選び,第1次審査を行った。6月12日(日)の第2回委員会で11編にしぼり第2次審査を行い,7月10日(日)の第3回委員会で,第1,2次審査の結果を総合して判断し,最終的に以下の3編を優秀論文賞とした。
優秀論文賞 |
著者名 |
所 属 |
論文タイトル |
掲載巻号 |
横田 賀英子 |
科学警察研究所 |
連続性犯罪の事件リンク分析 |
心理学研究第86巻第3号 |
渡邉 和美 |
和智 妙子 |
大塚 祐輔 |
倉石 宏樹 |
滋賀県警察本部 |
藤田 悟郎 |
科学警察研究所 |
授賞理由 |
連続して発生する性犯罪が,同一犯によるものであるかどうかを事件リンク分析という手法を用いて推定した論文である。1993年から2005年までに全国で検挙された360人分の事件データが分析の対象となっている。分析の結果,犯行場所の公共性,被害者の年齢層,凶器の有無,時間帯,接触方法,住宅地の別の説明力が高いことを明らかにした。パーソナリティに関する近年の理論をきちんと引用し,先行研究と比べてより少数の変数により説明力の高いモデルを提示する等,心理学的に非常に意義のある研究である。また,本論文の主要な統計分析となっているロジスティック回帰分析をはじめとして,全体として統計分析も丁寧になされており,説得力のある論理構成となっている。何よりも,著者らの所属する科学警察研究所ならではの研究成果であり,目的や結果の明瞭性,および実社会,とりわけ実際の犯罪捜査活動への応用可能性等が高く評価された。時空間的な距離を分類して分析することや,統計的な知見では例外になるような事例を詳細に分析すること,平日・週末の別がなぜ説明力がなかったかを考察することなど,本論文を基点にしてさらなる発展も期待できる。 |
著者名 |
所 属 |
論文タイトル |
掲載巻号 |
金重 利典 |
東京大学 |
Categorization and understanding of facial expressions in 4-month-old infants |
Japanese Psychological Research Vol.57, No.3 |
針生 悦子 |
授賞理由 |
言語獲得前の乳児が養育者などの他者とコミュニケーションをとるときには,顔表情は重要な情報の送受信源となる。その際,乳児は相手の表情を知覚的に弁別できている必要があるだけでなく,その表情の意味が理解できていなければならない。本研究は,こうした相手の表情の弁別と,その表情の理解はいつからできるようになるのかという疑問に丁寧に正面から取り組んだ。従来の研究では,おおよそ4ヵ月から6ヵ月の間にこの能力獲得の境があることを示していたが,それらの研究では対象児集団に幅があり,4ヵ月児で笑顔と怒り顔が弁別でき,表情の意味まで理解できているかは依然として不明のままだった。このように研究結果に差異が生まれる理由の一つとして,特定の月齢児のみに実験参加を求めることが容易ではないという乳幼児研究の難しさがある。しかし,著者らは丹念に4ヵ月児のみ限定して40名の参加者を得た。そして4ヵ月児は,表情弁別は可能だが,その情動的な意味はまだ学習できていないことがわかった。この発見と併せて,明確な論旨はこの研究領域以外の選考委員からも読みやすいと評価が高かった。地道に特定月齢児のみからデータを蓄積し,必要な統制が堅実になされていたこと,丁寧に先行研究との相違点を考察したことも評価された。こうした点から,本論文は優秀論文賞にふさわしいといえる。 |
著者名 |
所 属 |
論文タイトル |
掲載巻号 |
石川 信一 |
同志社大学 |
A cognitive-behavioral model of anxiety disorders in children and adolescents |
Japanese Psychological Research Vol.57, No.3 |
授賞理由 |
本論文は, 532名の小学生,751名の中学生の協力を得て行われた。加えて41名の対象者は,不安障害の臨床群と判断された。全ての対象者が,自己陳述尺度,認知の誤り尺度,不安障害尺度に回答した。臨床群とそれ以外の群(community group)の比較では,不安症状,認知の誤り,否定的な自己陳述で,臨床群の得点が有意に高かった。しかし,肯定的な自己陳述は両者の得点に有意差が認められなかった。そして,児童と生徒,臨床群の不安障害に対するモデルを作成した。臨床群を含む日本人の小学生,中学生を対象に認知の誤り,自己陳述,不安障害の関連を検討した研究は本論文が初めてである。提出されたモデルでは,認知の誤りが,否定的な自己陳述に繋がり,それが子どもの不安,そして一般的な不安に繋がるという知見を提供している。不安障害の軽減のためには,肯定的な自己陳述に注目するのではなく,認知の誤りに介入していく必要があることを示唆している。認知の誤りには認知再構成法が使われるが,心理教育やリラクゼーションを含めた方法を学校で実践することにより,予防的な活動が展開できる可能性がある。著者も述べているように,研究の課題は認められるものの,今後,日本の子どもたちの適応の促進のために,研究と実践に大きなインパクトをもたらす研究として位置づけることができる。今後,不安障害の子どもの治療や援助,そして予防について,心理学関係者及び学校関係者の間で議論が活発になることが望まれる。以上の理由から本論文は,優秀論文に値すると判断された。 |