心理学の歴史

みてみて実感! 心理学史 -第18回-

サトウタツヤ
立命館大学文学部教授。

今年の夏は久しぶりにスポーツ新聞を買いました。フェンシング銀メダル。マイナースポーツ経験者としてうれしい出来事でした。

起源神話? 1908年は社会心理学が始まった年?!

社会心理学の起点は1908年とされています。この年にアメリカでロス(Ross, E. A.)が『社会心理学』を,イギリスではマクデューガル(McDougall, W.)が『社会心理学入門』をそれぞれ公刊した年だからです。ロスが社会学の立場から社会心理学を著したのに対して,心理学の立場から社会心理学を論じたのがマクデューガルでした。彼は集団心という概念を提唱しました。後年は超能力研究に手を染めたことでも有名です。

ただしこれより先,アメリカのジェームズ(James, W.)は『心理学原理』(1890)において自我(self)を「I」と「me」に分け,これが,クーリー(Cooley, C. H.)やミード(Mead, G. H.)の研究につながっていきましたし,フランスでは,タルド(Tarde, J. G.)による模倣の研究,ル・ボン(Le Bon, G.)による群衆行動の研究など集合心理学と呼ばれる流れがありました。タルドは1898年に『社会心理学研究』という書を著しています。またドイツには民族心理学があり,すでに1860年には『民族心理学と言語学』という雑誌が発刊されていました。近代心理学設立に尽力したヴント(Wundt, W. M.)も意識の研究に加えて高次な精神作用を明らかにするためには文化や制度の記述が必要だと考え,20年かけて全10巻の『民族心理学』を完成させました(1920)。

では,誰がこの1908年説を提案したかというとアメリカの心理学者,ゴードン・オールポート(Allport, G. W.)です。1954年に発刊された『社会心理学ハンドブック』において,1908年を社会心理学の画期点であると指摘しました。なおオールポートは兄弟2人が心理学者です。兄のフロイド・オールポート(Allport, F. H.)はまさに社会心理学者ですが,弟のゴードンはもう少し広い範囲を守備範囲としており,うわさの研究から日誌研究まで,社会・性格心理学を専門としていました。

「××が始まったのは何年」というように起源をさかのぼって設定することについては批判的な見方もあり,オリジン・ミス(起源神話)という言葉もあります。心理学が始まったのは1879年のヴントによる実験室設立,みたいな単純なことではないのだ,という警告です。

しかし,こうしたことがすべてバカバカしいことかといえばそうともいえないでしょう。結婚式(の二次会)の定番の質問に,「いつからつきあい出したのですか?」というものがあります。2人の認識のズレを楽しむ悪趣味な質問ではありますが(中にはほかの人との思い出を語る人もいたりしてシャレにならない場合もありますが),多くのカップルが,つきあいを積み重ねる中で,いつが何とかの記念日,というように記念日を設定して,歴史を編んでいっているはずだと思います。もしそこに確固とした関係が成立していなければ,つきあい始めた日の設定には意味がないし関心もわかないでしょう。

もって回った言い方をすれば,「オールポートが1908年画期点説を唱える1954年には社会心理学は安定した時期に入っていた」ということは可能です。つまり,社会心理学が始まったのは**年だ,というような言い方が現れたことは,それだけで社会心理学が確固としたものになりつつあることを示しているのです。

なお,日本においてはすでに1906年に徳谷豊之助著『社会心理学』が出版されています。オールポートは英米の動向をもとに1908年説を唱えましたが,フランスのタルドや日本の徳谷のことを知っていたらどのように考えたでしょうか。

心理学ワールド第43号掲載
(2008年10月15日刊行)