心理学の歴史

みてみて実感! 心理学史 -第20回-

サトウタツヤ
立命館大学文学部教授。

有名な人と無名な人を分けるなら,ミュンスターバーグは明らかに後者。しかし,その業績たるやすさまじいものがあります。再評価の機運が高まっているのも納得できます。

ヒューゴー・ミュンスターバーグ 応用心理学の父・映画評論の先駆者

ミュンスターバーグ(Hugo Munsterberg;1863~1916)はライプツィヒ大学でヴィルヘルム・ヴント(Wundt, W. M.)に心理学を学びました。医学を修めたあと,第1回国際心理学会議(1891)に出席して,ウィリアム・ジェームズ(James, W.)と出会い,ハーバード大学に3年間の約束で教授職に就きました。いったん帰国したあとに今度は応用心理学講座の教授として戻ってきます(1897)。

ミュンスターバーグの名前は,「ミュンスターバーグ錯視」に残っており,初期においてはヴント直伝の実験心理学という感じでした。しかし,2度目のハーバード大学に着任後は,理論心理学を基本に経済,法,教育,医療,文化,という実践的かつ大衆的な領域に近代心理学の知見を応用することに興味を見いだしていきました。

最もよく知られているのは,彼が「ウソ発見器」の原理の開発者の1人だったということです。すなわち彼は被疑者に言語連想法を行い,その最中に血圧,呼吸,筋肉運動,皮膚電気反射(GSR)などを測定することによって,虚偽検出ができるのではないかと考えて実行したのです(1908)。この考えは日本の有名な探偵小説家・江戸川乱歩の関心をひき,彼は1925(大正14)年に『心理試験』を発表します。試験はTESTの訳です。この小説では名探偵・明智小五郎が言語連想法の原理を応用して真犯人のウソを追い詰めていくのです。

さて,ミュンスターバーグに話を戻すと,彼は応用領域だけに限っても以下のような著書を矢継ぎ早に公刊しています。今これを羅列すると,『心理学と人生』1899;『美術教育の原理』1905;『証言台にて』1908;『心理療法』1909;『心理学と学校の先生』1910;『職業と学習』1912;『心理学と産業効率』1913;『心理学と社会的健全さ』1914;『心理学, 一般と応用』1914;『劇映画』1916,というようになります。

このうち『証言台にて』は,アメリカにおける法と心理学の先駆といえる著書でしたが,法学者や裁判関係者に対する批判が強すぎて大きな論争となりました。『心理療法』では,精神障害への適用に絞らない医療全体に対して心理学が果たす役割を強調しました。

彼は1916年,ハーバード大学の講義中に倒れて急死するのですが,その直前に発表されたのが『劇映画』という本です。この本は,当時はまだ労働者階級の娯楽にしかすぎず,文化とは見なされていなかった映画というものについて,その技法や意義などを論じたものです。もちろん,サイレンス/モノクロの時代です。この時期の映画は,三点照明,コンティニュイティ編集といった技術的特徴が確立し,その結果として映像に表された時間,空間,因果性を明確にするという「古典的ハリウッド映画」のシステムが確立された時期でした。また,「ナレーターシステム」と呼ばれるストーリーテリングのアプローチがグリフィスによって試みられた時期でした。つまり,映画が動く画像の切り貼り以上のものに変貌する時期だったのです。ミュンスターバーグは映画の意義や面白さを,注意や記憶といった心理学上の知見と照合させながら論じていったのです。

なお,この書は哲学者であり批評家でもあった谷川徹三によって『映畫劇 その心理学と美学』として1924(大正13)年に全訳されています。また,このほかの本も多数翻訳されていて日本語で読むことができます。

文献

篠木 涼(2008).道徳化する映画とミュンスターバーグの映画美学─The Photoplay: A Psycho-logical Study(1916)の文化的美学的前提から─ Core Ethics, 4, 149-160.

心理学ワールド第45号掲載
(2009年4月15日刊行)