心理学の歴史

みてみて実感! 心理学史 -第21回-

サトウタツヤ
立命館大学文学部教授。

数学史の本を時々読みます。中身はほとんどわかりませんが。数学も一度にできたのではなく,いろいろな経緯があったのだなぁと実感すると少しわかった気になれるのです。

統計学とナイチンゲール 「白衣の天使」神話を超えて

フローレンス・ナイチンゲール(Florence Nightingale;1820~1910)は,イギリスの富裕階層生まれ。さまざまな領域の勉強をする中で20歳のときに数学を志すのですが,周囲の理解も得られず挫折してしまいます。このとき,平均人の概念で知られるベルギーの統計学者ケトレ(Quetelet, L.)の仕事に興味をもちました。その後,看護の仕事に興味をもち訓練を受けることになり,さらに1853年のクリミア戦争(ロシアとトルコ・フランス・イギリスの戦い)においてイギリスから看護団を派遣する際に,自ら志すとともに推薦も得て,野戦病院で働くことになりました。

ここで彼女が直面したのが病院の劣悪な衛生環境でした。兵士は戦争そのものや戦傷で死ぬよりもはるかに多く,伝染病などで死んでいることがわかったのです。こうした中で彼女は看護に尽くし,その彼女のようすが母国イギリスで新聞報道されていたこともあり,ナイチンゲールは国民から熱狂的な人気を博すことになりました。基金が集まり,自らの名を冠した看護学校を作り,看護師教育システムを整備していきます。現在でも,看護学校・看護大学などの戴帽式では,ナイチンゲールが当時ロウソクをもって病棟を回っていたことにちなんで「灯火の儀」(キャンドルサービス)が行われています。

クリミア戦争従軍から帰国してからのナイチンゲールは軍隊の衛生状態の改善に尽力しました。改善のために必要なのが実態の把握です。実態を解明することは軍部批判にもなりかねませんから,簡単な仕事ではありませんでしたが,統計学者ファー(Farr, W.)の協力を得て統計分析を行い『英国陸軍の健康,能率及び病院管理に関する諸問題についての覚書』(1859)を著したのです。この報告は1,000ページにも及ぶものであり,そのときに使用したのが,円グラフの一種です。たとえば,円を12分割し,1か月ごとの死亡者数をその原因ごとに色分けして描くグラフによって,イギリス陸軍においては伝染病などで死ぬ人が圧倒的に多いこと,介入による変化(改善)もあること,をダイナミックに示すことができました。

もちろんナイチンゲールは,報告書を書いていただけではなく,看護のシステム全体を改善していきました。ナースコール,病室の水と湯の出る蛇口,ナースステーションを中心とする病棟のシステムは彼女の考案によるものです。

統計学についても高く評価されており,1858年には王立統計学会初の女性会員に迎えられました。

ナイチンゲールは1910年,90歳で死去しました。2009年は彼女の死後100周年ということになります。

文献

丸山健夫(2008).ナイチンゲールは統計学者だった!―統計の人物と歴史の物語― 日科技連出版社
Small,H.(1998). Florence Nightingale:Avenging angel. London: Constable.
(スモール,H. 田中京子(訳)(2003).ナイチンゲールの神話と真実 みすず書房)

心理学ワールド第46号掲載
(2009年7月15日刊行)