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私の出前授業
高校生のための心理学講座@新潟大学
中島 伸子(なかしま のぶこ)
Profile─中島 伸子
1997年,お茶の水女子大学博士課程人間文化研究科単位取得退学。1997年,新潟大学教育学部講師着任。1999年,お茶の水女子大学より博士号(人文科学)取得。2019年度より現職。専門は発達心理学,認知発達。著書は『乳幼児は世界をどう理解しているか:実験で読みとく赤ちゃんと幼児の心』(共著,新曜社),『発達心理学Ⅰ』(分担執筆,東京大学出版会),『新保育ライブラリ 子どもを知る 保育の心理学Ⅰ』(分担執筆,北大路書房)など。
新潟地区(正式には新潟は関東Ⅲ地区です)では,2013年度から「高校生のための心理学講座」を開催しています。「心理学は実証に基づく科学的な学問である」ことを伝えたいという開催趣旨に共鳴し,鈴木光太郎先生(実験心理学・元新潟大学人文学部教授)と共に企画をお引き受けしました。幸い新潟県には講師をお願いしたい先生方がたくさんいらっしゃいます。一つの大学に偏らないように,また領域のバランスを考えながら講師を依頼してまいりました。これまでに上述の鈴木光太郎先生の他に,森口佑介先生(発達心理学・現京都大学・元上越教育大学),伊村知子先生(比較心理学・現日本女子大学・元新潟国際情報大学),杉澤武俊先生(計量心理学・現早稲田大学・元新潟大学)にご登壇いただきました。私も2度ほど登壇したことがあります。
さて昨年度は,福島治先生と私が企画者となり,2019年9月29日(日)に新潟大学サテライトキャンパス「ときめいと」にて開催いたしました。42名の参加があり,そのうち高校生が20名,残りは保護者や教員,大学生等でした。参加者人数や内訳はほぼ例年通りでした。以下,その内容を紹介いたします。
1時間目 心理学史:心理学はどんな科学か?【新美亮輔先生(新潟大学)】
この講義は「ネコに心はあると思うか」「ヒマワリに心はあると思うか」といった問いを投げかけるところから始まりました。さらには「生まれたての赤ちゃんとおとなの心は同じだと思うか」「人間の心は体のどこにあると思うか」「心と体の存在は別々だと思うか」と次々と興味深い問いが畳みかけられます。普段はほとんど意識しない「心」についての考えが大いに揺さぶられ,知りたい気持ちが高まります。こうした心についての問いは,心理学成立以前のはるか昔から,哲学や宗教学の問題として真剣に探究されてきたこと,心理学はこれらとはどう異なり,科学としてどう心を探究する学問なのかをわかりやすく説明していただきました。一般に学生の関心を惹きつけるのが難しいと言われる心理学史。私自身も知らないこと満載でした。講師の上手な問いかけにより高校生の関心を引き出していただき,後続の講義への良いプロローグとなりました。
2時間目 発達心理学:心はいつ生まれるか?【白井 述先生(新潟大学)】
心は白紙のようなもので,生後の経験をそこに書き入れることが心の発達なのか。それとも乳児は何かしらの知性をあらかじめ備えて生まれてくるのだろうか。心理学においては,行動主義,ピアジェ理論と考え方の大きな変遷はあったものの,基本的には,生後間もない乳児は何も知らないと長らく考えられてきました。一方,近年は乳児研究における方法の進化がめざましく,生後間もない乳児の知的有能性を示す証拠が次々に示されています。これらを豊富なヴィジュアル資料とともに解説していただきました。赤ちゃんはただ未熟でかわいいもの。おそらく多くの参加者の考えはこれに近いものだったと思われますが,だからこそ常識を覆される知的興奮でいっぱいだったことでしょう。先生ご自身が進めておられる最先端の乳児の知覚発達研究のこぼれ話も講義のあちこちに散りばめられ,赤ちゃん研究ファンの私にとっては,やっぱり赤ちゃん研究は面白いと再確認する贅沢なひとときでした。
3時間目 パーソナリティ心理学:性格を探る【並川 努先生(新潟大学)】
私たちは幼児期から,無意識のうちに個人のパーソナリティを推論し,行動の予測や説明に使用します。性格に関する言葉を多用し,自他の性格を気にすることも少なくありません。思春期にあたる高校生にとってはなおさらでしょう。この講義では,紀元前に起源のあるパーソナリティ研究の歴史を紹介しながら,性格概念の捉え方の多様性を示し,さらにはそれを科学的に測定する方法について,初歩的な統計にまで踏み込んでわかりやすく解説していただきました。高校生が読む雑誌やメディアには,性格検査もどきが溢れています。それらに慣れ親しんできた彼らにとっては,眼から鱗だったに違いありません。私自身は,パーソナリティ概念の歴史的な変遷のお話を聞きながら,そこからパーソナリティ概念発達についての何か新しい研究アイデアを見つけられないか,そんなことを考えていました。
4時間目 社会心理学:社会的な心【福島 治先生(新潟大学)】
私たちは社会の中で生活しています。そこには様々な集団があり,様々な状況があります。この講義では,集団,対人関係,個人という単位にわけて,各単位における重要な研究例を紹介していただきました。集団の研究例としては,アッシュの社会的同調実験,対人関係の研究例としてはキティ・ジェノヴィーズ事件に端を発してなされたラタネとダーリーによる傍観者効果を示す実験,個人の研究例としては印象形成についての研究等。どれも常識を覆すインパクトのある研究であり,初学者をこの領域に強く惹きつけるものでした。短い時間の中,幅広いテーマがある社会心理学の中から,バランスよく魅力的なトピックスを選んで初学者を誘う。私にとっては,授業構成の点でもとても勉強になる講義でした。
5時間目:計量心理学:心を測る【阿久津洋巳先生(新潟リハビリテーション大学】
心理学は感情や態度,性格,知能など,つかみどころがないあいまいなものを測定し数量化することを通して,科学として発展してきました。これらをいかに測定するのか。高校生にとってはなかなか難しいテーマです。この講義では,実際に自己効力感の測定を体験することによって,そのイメージを掴んでもらうことがなされました。さらに心理尺度の作成法や得られたデータの分析方法など,初歩的な統計に踏み込んで解説をしていただきました。心理学が科学であること,そして科学的な測定がいかに厳密なものか。これらを高校生がもっとも強く感じた時間だったのではないでしょうか。
講義を聴講した高校生の感想として「心理学への興味が高まった」「進路の参考になった」「心理学と言っても様々な分野がある」「文学的なものではなく科学的だと知って驚いた」「色々な学問とつながっている」「神秘的なイメージがあったが身近なことを科学的な手法を用いて明らかにすることだと気づいた」などがありました。本講座の趣旨は,かなりのところ達成されているのではないかとの手応えを感じています。あとはいかに多くの高校生に開催のアナウンスを届けられるかです,開始当初から現在まで「広報」が最大の悩みの種なのです。
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