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穏やかな田舎街で熱い研究を
木下 奈緒子(きした なおこ)
Profile─木下 奈緒子
博士(心理学)。2020年より現職。専門は臨床心理学,高齢者臨床。論文にKishita, N. et al. (2021) Internet-delivered guided self-help acceptance and commitment therapy for family carers of people with dementia (iACT4CARERS): A feasibility study. Aging & Mental Health, DOI: 10.1080/13607863.2021.1985966など。
2013年3月に,同志社大学心理学部の博士課程を修了し,研究者として海外での経験を積むため,同年5月に日本を離れ,海外生活も9年ほどが経ちました。現在は,イギリス・ノーフォーク州にあるイーストアングリア大学にて,准教授のポストに就いています。当大学は,ノーフォーク州のノリッジという田舎街にあります。自然に囲まれており,イギリスの中では,比較的一年を通して雨の日が少ない地域でもあります。時間の流れがゆったりとしていて,毎日,穏やかな気持ちになれるというのがノリッジの魅力です。数年前に,永住権も取得したのですが,イギリスで暮らしていくことを決めた理由には,「ノリッジという街の魅力」に加え,「勤務先の大学の居心地の良さ」というのがあります。イギリスの大学で研究をすることの魅力について,私の経験から,少しお話しさせていただきたいと思います。
臨床研究がしやすい環境
イギリスの医療機関は,基本的に,国が管理する国民保健サービス(NHS)のもとにあり,各医療機関は,研究に貢献することが推奨されています。医療領域の主な研究費助成機関に,イギリス国立健康研究所(NIHR)があります。細かい説明は省略しますが,大まかに言うと,NHSとNIHRは,いずれも政府機関であり,NIHRから研究費を取得した場合,NHSの医療機関から,研究への全面的なサポートが得られます。例えば,効果が期待される新しい心理療法のランダム化比較試験を実施するために,NIHRから研究費を取得した場合,各地のNHSの医療機関に研究拠点を設置し,被験者募集に協力してもらうことが可能です。また,ランダム化比較試験において心理療法を提供するトライアル・セラピストは,各医療機関に従事するスタッフより募集するのが一般的です。これは,将来的に,その心理療法がNHSの医療機関で使用されることを想定し,実際の現場で効果検証を行い,エビデンスを積み上げていくためです。研究費獲得の競争率は,非常に高いのですが,取得できた場合,大規模な臨床研究ができるというのは,研究者として大変魅力的な点です。
研究がしやすい大学の体制
全ての大学ではありませんが,研究力を重視している大学では,研究専門の教員がいることも少なくありません。私の所属先の大学でも,授業・実習などの教育分野を主とする教員と,一部の授業と研究活動を主とする教員の2種類があり,大学に採用される時点で,各教員の役割が明確に決まっています。私の所属している学科では,100名以上の教員が在籍しており,その内30名程度が研究活動を主とする教員です。私も,研究活動を主とする教員として採用されているため,担当できる授業の時間数は制限されています。その分,博士課程の学生の研究指導,研究費申請,研究プロジェクトの遂行などに,多くの時間を費やすことが求められます。研究をする環境としては素晴らしいのですが,同時に,獲得研究費の合計額や自身の論文の被引用数など,毎年,数字で全て評価されるというシビアな世界でもあります。それでも,とにかく研究が「好き」という教員にとっては,とても魅力的な環境です。
さいごに
9年前に日本を旅立った時,ここまで,長期的に海外で生活ができるとは思っていませんでした。はじめは,現地での慣れない就職活動など,チャレンジングなこともいろいろありました。それでも,ここまで,楽しく過ごして来られたのは,いつも支えてくれる友人や研究仲間,日本にいる家族の理解があったからです。昔から,人との出会いに恵まれていると思っていましたが,よりそれを強く感じた9年でもありました。周囲のサポートに日々感謝しながら,老後のプランも考えつつ,これからもコツコツと進んでいきたいと思う今日この頃です。
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