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<質疑応答>「誰一人取り残さない」社会の実現のために:心理学者が考える「持続可能な開発目標(SDGs)」第2回「多様性と包摂性について考える」

公開シンポジウム『「誰一人取り残さない」社会の実現のために:心理学者が考える「持続可能な開発目標(SDGs)」第2回「多様性と包摂性について考える」』(2022年3月27日・ライブ配信)には,数多くの方にご参加いただきました。誠にありがとうございました。

終了後の参加者アンケートで,次のような質問をいただきました。各登壇者より,それぞれ回答いたします。
(2022年6月14日)

  1. Q1.宗教心、宗教心理学というワードに興味をひかれました。チャットの方でも補足の説明があったように思いますが、今回のテーマと先生のおっしゃる宗教心、宗教心理学というあたりの意図、先生のお考えについてもう少し聞いてみたいと思いました。

    回答:北村 英哉(指定討論者)

    今回のシンポジウムの文脈で申し上げれば、非常に長い年月がかかるかもしれませんが、宗教が人々に対してもたらしている現実的機能を分析することでその打開策や代替案ができれば、宗教における分断も遠い将来解決の道筋がつくかもしれない。近未来的には、日本における分断や差別がしばしば「穢れ概念」に基づいているならば(北村、2022)、そのことの自覚は穢れに差別を低減する効果をもつでしょう。

    日本や世界の人々の行動への宗教の影響を見るのが宗教心理学というものの主なテーマです。

  2. Q2.今現在就労支援施設で働いていますが、他スタッフや上司などが意志の弱い精神障害や知的障害者に向けて不利益、脅迫の様な接し方をする場面を見かけます。(金銭的な不安を煽って心理的な拘束する等)

    勿論新規で雇用したスタッフに対しても研修などせず知識のない状態での勤務を強いる上で責任問題を問う現場に遭遇するのですがそう言った有資格者、心理学を学んだ経緯のある方はどういう精神的状態または視点で接しているものなのでしょうか。

    回答:池上 知子(甲南大学/話題提供者)

    ご質問は、心理学など専門的な知識をもち、専門職員としての資格を得て、障害のある方たちの就労支援に携わる人たちのなかに、威圧的とも感じられる態度で弱者に接する人を見かけることがあるが、なぜなのかということでしょうか。

    社会心理学では、一般に上位の地位にある者ほど、自分より弱い立場にある人たちを十把一絡げに見る傾向があるといわれています。それは一人が掌握しなければならない人の数が多くなり負担が増すからです。基本的に人間は処理負荷を下げようとしますので、そのため力を行使して画一的な対応をするようになります。

    また、人間は職務上の権限を与えられたり、その職務にふさわしい資格を自分が有すると信じることで、自分を過信するようになり、気づかないうちに自分の考えや行動を安易に正当化することがあるとことを示した研究もあります。こうした心理機制が働いている可能性はあります。このように上位の地位にある人や有資格者が陥りやすい心理状態についても啓発教育が必要かもしれません。

  3. Q3.質問の共有にもありましたが、素朴信念の解消の方法として教育以外の施策などで考えられる部分がありましたら、ご教授いただきたいです。

    回答:池上 知子(甲南大学/話題提供者)

    学校教育以外の施策としては、メディアの活用が一つの選択肢として考えられます。広く一般市民向けにドキュメンタリー番組を制作し放映するのがよいのではないかと思います。貧困の過酷な実態、社会的弱者の置かれているリアルな状況を知らせることで素朴信念のもつ非現実性に気づいてもらえるのではないでしょうか。

    また、素朴信念は、私たちが幼いころより慣れ親しんだ童話や文学作品等を通して知らず知らずのうちに埋め込まれた価値観であることも考えれば、大人も子どもも触れる機会のあるメッセージ性の高いアニメや映画、TVドラマを制作し提供するということも考えられます。

    ただ、特定の価値観に人々を偏向させることには注意が必要であり、従来の伝統的な作品と合わせて、それらの背後にある制作意図や編集意図を読み解くメディアリテラシーを培うことも重要だと考えています。これは学校教育が担うのが良いかもしれません。

  4. Q4.変化への抵抗をどの様に考えるべきか、またどの様な視点でとらえるべきか、よろしければ教えて頂けませんでしょうか。

    回答:熊谷 智博(法政大学/話題提供者)

    変化への抵抗=変化しないものに執着することは、認知的負担が少なく、快を伴うので、合理的な判断だとも言えます。一方でそれは他者に合わせることはしないというでもあるので道徳的に問題があり、克服すべきと考える事が出来ると思います。

    長期的な観点からすれば、変化に対して抵抗することは環境に対する不適応となることが容易に予測出来ますので、(今回のシンポジウムでの発表の趣旨に合わせれば)そのような長期的な観点での「利得」をいかにアピールして、変化を受容させるかがポイントになると考えます。

  5. Q5.包摂アイデンティティの有用性があっても社会的分断が進む中では、それを表出することにより内集団からの攻撃にさらされる危険もあるのではないかと思いました。そういったリスクを回避する心理学的なご助言があれば知りたいです。

    回答:熊谷 智博(法政大学/話題提供者)

    ご指摘の通り、社会的分断の過程においては、包摂的アイデンティティに対する反発や攻撃は十分に考えられます。ボスニアにおける民族主義が正にそれであると言えます。

    包摂アイデンティティの考え方に基づけば、包摂される集団のアイデンティティは捨てる必要は無く、それを保持したまま、他集団との包摂を受け入れる事が出来るかどうかがポイントになるかと思います。従って、個々の集団的アイデンティティをむしろ大事にさせることで、他の内集団に対する攻撃動機を低下させ、同時に分断よりも包摂アイデンティティも利用した方がどれだけ「得か」を示せれば理想的だと考えます。

    今回の発表では残念ながら心理的利益の面でしか結果を示せませんでしたが、より現実的な利益と関連づけたときにそれが可能になるかどうかを今後は検討していきたいと考えております。

  6. Q6.ご発表ありがとうございました。ボスニアにおけるご研究の中で、包摂性アイデンティティと各民族的アイデンティティを独立変数としていた資料について、包摂性アイデンティティと各民族の民族的アイデンティティには有意な相関があったのでしょうか。

    包摂性アイデンティティと民族的アイデンティティに正の相関があると、内集団という認識が他民族にも及んでいるということになるのだろうかと考えた次第です。大変興味深いご研究をご発表いただきありがとうございました。

    回答:熊谷 智博(法政大学/話題提供者)

    包摂的アイデンティティ=ボスニア国民アイデンティティと各民族的アイデンティティの相関関係ですが、ボスニア国民IDとボシュニャックIDが.53、クロアチア系IDと-.07、セルビア系IDは-.46となっておりました。

    ご指摘の点と合わせて回答しますと、ボシュニャックは他の民族を包摂して「内集団」という意識が強いと考えられ、反対に、セルビア系はその反対で、他の民族集団との分断意識が強くなっていると考えられます。

    従って私の発表で示された包摂的アイデンティティによる「利得」は、ボシュニャックIDの高い人においてもその恩恵を受ける傾向があるとも考えられます。

  7. Q7.大変密度の濃い時間をありがとうございました。先生方に時間内に誠実にご回答、ご説明いただき十分満足しております。ただ、視聴者からの反響も多い印象だったので、他にどんな質問が入ったかも気になりました。

    もし可能であれば視聴者からの質問を「一部紹介、回答掲載(2、3問でも)」という機会があればありがたいです。

    回答:柿本 敏克(群馬大学/企画・司会)

    ウェブ上に参加者の皆さんからいただいた質問と、それに対する各先生方からのご回答はここにあるとおりですが、加えて、当日紹介させてもらった質問、紹介できなかった質問もいくつか例示させてもらいます(一部、言い換えと省略)。

    ・熊谷先生に質問です。ご発表全体を通して、包摂的IDを高めることが重要であるという示唆をいただきました。そのための具体的な方法などがありましたら、ご教示をお願いできますでしょうか?

    ・差別される側、少数派にできること(あまり負担なく可能なこと)は何でしょうか?少数派のまま生きていけるには?

    ・変化への抵抗性をそれぞれ先生方はどの様にお考えでしょうか。もともと持つもの、変化するもの、教育されるものと言った観点からお願いできますでしようか。

    ・「誰一人取り取り残さない」社会実現のために、「考える」こと、「明らかにする」ことを踏まえて、心理学者は、いかに「行動する」ことが必要なのか、ご意見を教えてください。

    ・相補的世界観が公正的世界観より根深く深刻な影響を与えるという印象を持ちました。いつかいいことがあるから今を耐えて頑張るという考え方は、全体主義に流れた戦前の日本を想起させます。弱者も正当な自分の権利を堂々と述べることのできるような社会になってほしいと考えていますが、どうでしょうか。