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【特集】

信頼と監視――情報社会における監視の許容度に関する検討

後藤 晶
明治大学情報コミュニケーション学部 専任講師

後藤 晶(ごとう あきら)

Profile─後藤 晶
博士(情報コミュニケーション学)。2022年より現職。専門は行動経済学,社会情報学,実験・計算社会科学。主要論文に「ビッグデータ時代の経済ゲーム実験:クラウドソーシングを用いた大規模公共財ゲーム実験の実施」『情報処理学会誌』62,1246–1260,2021(単著)など。

はじめに

私の興味関心は想定外の事象が起こった時,個人の選好・好みはどのように変化するのか,監視は社会においてどこまで許されるのか,といったことにあります。また,クラウドソーシングを用いたオンライン上における経済ゲーム実験環境の開発にも取り組んでいます。クラウドソーシングを用いることで大量の実験参加者を比較的安価に確保することが可能です。

本稿では,社会において「誰」による「何」の監視がどこまで許されるのか,クラウドソーシングを用いた調査の結果をもとに検討します。

監視と信頼

昨今の情報社会では,我々のほぼ全ての行動が監視対象となり得る。特に,インターネットにおける消費行動やSNSにおける行動(情報発信)などはその傾向が顕著である。

このような情報社会における監視の議論においては,規範的な議論を中心として,監視をすべきか否かという議論が展開されてきた。一方で,監視がどの程度受け入れられるか,そして監視によってどの程度行動が変化するかといった記述論的な観点も欠かせないであろう。

後藤ら[1]は誰が監視するのかという「見るもの」である「監視主体」,監視をされる「見られるもの」である「監視対象」の重要性を指摘した。さらに,オンラインにおける監視においては監視に用いられるツールである「監視媒体」の三者関係が重要となるであろう。

これらの「見るもの」「見られるもの」「見る道具」の三者関係の中でも「見るもの」と「見られるもの」に着目して,監視カメラを例として否定的な人を対象とした調査により,監視主体と監視対象の組み合わせに応じて監視の許容度が異なることが明らかとなった[1]。この結果は一律に監視を禁止するのではなく,場面に応じてその許容度の評価が必要であることを示唆する。当該研究は現実空間における監視の許容度に着目した研究である。監視の許容度という観点を応用すれば,インターネット上における監視も同様に分析が可能であると考えられる。

図1 監視対象・監視媒体・監視主体の三者関係 文献2
図1 監視対象・監視媒体・監視主体の三者関係[2]

先述の①監視対象,②監視媒体,③監視主体の三者関係は図1のように整理することができる。「見られる」市民・国民は,「見る」監視主体に対して,「見る道具」の提供者である監視媒体を通じて監視を許容することになる。このように整理すると,Twitterでのつぶやきは個人がTwitterによって行動や好みに関する情報を発信し,他者による監視,ないしは観察をされている状況と同様である。極言すれば,Twitterを利用することは意識的につけ無意識的につけ,他者による監視を受け入れていることにもなる。特に公開アカウントであれば誰でも自由に監視することが可能である。

情報を提供するということは,何らかのメリットが存在するからこそ情報を提供するのであろう。SNSへの情報提供では他者との交流というメリットを享受することが可能となる。

同時に,監視対象となる人々は情報漏えいや不正使用といった損害を被らず,監視主体や監視媒体が適切に情報を管理して,メリットを享受できることを期待していると考えられる。しかし,その情報が意図的に悪用される可能性もあれば,意図せずに情報漏えいなどが発生して監視対象に不利益が生じる危険性が存在していることも事実である。SNSの利用はメリットもあるが,個人情報漏えいなどのさまざまなリスクを抱えているのもまた事実である。したがって,人々は不利益を被るリスクを受け入れながらも,メリットを享受することを目的として監視を受け入れているのである。

この状況は経済ゲーム実験の1つであり,信頼行動の指標となる信頼ゲームの構造と同様であり,監視,すなわち情報提供の許容は監視対象による監視主体および監視媒体に対する信頼を意味する。

監視対象については,人々はどのような情報に対する監視を許容して,また許容しないのであろうか。基本的には監視主体・監視媒体に対する情報の提供から得られるデメリットが小さく,メリットが十分に大きな場合には監視を許容するものであると考えられるが,人々はどのような種類の主体や媒体による監視を受け入れ,もしくは受け入れないかについては検討の余地がある。

これらを踏まえて,監視の許容度を明らかにするために,クラウドソーシングを用いて調査を実施した。「(監視主体)があなたの(監視媒体)を監視する」として,スライダー形式で0~100点での許容度の評価を求めた。ここで,監視主体には公的団体,私企業,マスメディア,研究機関,私人,信用情報システムを,監視媒体としてSNS,位置情報,購入履歴,電話・メールによる通信を設定した。これらの実験プログラムはoTree[3]を用いて構築した。

調査は2019年6月4日から6月5日にかけて,Yahoo!クラウドソーシングを用いて実施し,分析対象者は2,122名であった。図2には調査結果の平均値と95%信頼区間を示しており,以下のことが明らかとなった。

図2 調査結果(文献2をもとに筆者作成)
図2 調査結果(文献[2]をもとに筆者作成)

第一に,監視主体と監視媒体・監視対象の交互作用が存在している。監視主体や監視媒体・監視対象によって一律に監視を許容する・しないといった性質のものではなく,監視主体と監視媒体の組み合わせにより,許容の程度が異なることが示されている。この結果は一律に監視を禁止する,ないしは監視を許容するといった状況を前提とした議論では不十分であることを示している。

第二に,監視媒体・監視対象について注目すると,購入履歴に関する監視は許容されること,通信に関する監視は許容されないことが明らかとなった。購入履歴については,自身にとってメリットが生じる情報となり得るところからも許容する傾向にあるものと考えられる。同時に万が一情報が漏えいしたとしても,そこまで大きなデメリットを被らず,比較的メリットがあると考えられている可能性がある。同時に,購入履歴を管理するポイントカードがさまざまな場所で導入されているため,購入履歴の監視に対する拒否反応は低くなっているのであろう。一方,通信についてはより秘匿性の高いコミュニケーションが生じる可能性が高く,日本国憲法第21条2項にも定められている通り通信の秘密を侵すものとなる可能性が高い。通信の秘密が憲法で定められていることで,プライバシー意識が高まると同時に,プライバシー意識を高める情報リテラシー教育の結果として監視の許容度が低くなっていると考えられる。

第三に,監視主体について着目すると,信用情報システムに対する監視が許容されること,マスメディアおよび個人による監視は許容されないことが明らかとなった。監視主体に対する許容という観点からは信用情報システムに対する信頼は高い一方で,マスメディアおよび個人に対する信頼は低いものである。信用情報システムは監視対象を評価するシステムであるが,信用情報システムから得られるメリットが高く見積もられていると同時に,各個人が信用情報システムによる評価を毀損するような行動をしていないという自信が存在する可能性がある。一方,マスメディアはその性質から情報を流出させる可能性が高く,個人は情報の取り扱いに関する不確実性が存在しており,メリット・デメリットを評価できない,ないしはデメリットの方が大きいと評価していると考えられる。

その他,本研究では認知能力を測定する認知反射テストの正答数と監視の許容度に負の相関が,一般的信頼と監視の許容度に正の相関が存在することが明らかとなった。また,クラウドソーシング群のみならず,大学生を対象とした調査も実施したが,2群間で明らかな差異は確認されず,クラウドソーシングによる調査結果は大学生を対象とした調査と同程度には信頼し得ることが示唆された。

コロナ禍による監視意識の変化

さて,この監視に対する選好はコロナ禍という想定外の事象によってどのように変化したのであろうか。先ほど述べた調査の後,コロナ禍のはじまりを受けて再び同一参加者に10か月スパンで監視の許容度に関する調査を実施した。

調査はYahoo!クラウドソーシングを用いて,先述の調査をWave1と位置付けて,Wave4までを実施している。Wave2は2020年4月24日~28日,Wave3は,2021年2月22日~26日,Wave4は2021年12月24日~28日にかけて実施した。

調査項目はWave1と同じ項目であるが,Wave2からは監視主体として社会信用システムを,監視対象として発熱・体調不良などのコロナウイルス由来の可能性がある「コロナ健康情報」と骨折・打撲・擦り傷などのコロナウイルス由来ではない「非コロナ健康情報」を追加した。

図3 Wave1からWave4までの平均許容度
図3 Wave1からWave4までの平均許容度

図3は各回で集めたデータ[4]を元に平均値と95%信頼区間を示したものである。コロナ健康情報条件を除き,いずれの条件についても許容度が40以下であり,やはり監視に対して否定的であるが,コロナ禍開始直後では全般的にわずかに許容度が上昇している。

Wave1からWave4までのコロナ禍に関係しない項目に関する平均許容度に着目すると,SNSや位置情報の監視は比較的許容される傾向にある。これらについては,コロナ禍に伴う情報技術の進展や,社会との付き合い方の変化が影響していると考えられる。

Wave2以降では,健康情報について2つを追加して調査した。その結果,コロナウイルスに関連しそうな健康情報の監視の許容度は高そうであるが,監視主体による分散はかなり大きいといえる。国や学者に対して情報を提供してもよいと考えられている一方で,マスメディアや一般人に対する情報提供はそこまで許容されていないようである。また,コロナ禍がはじまってから時間が経つにつれて,すなわち,コロナウイルスの様相が明らかになるにつれて許容度が低下しているようにも見受けられる。一方,コロナウイルスに関連しなさそうな健康情報は提供してよいと考えている人は少ないようである。いずれの条件でも学者に対しては情報を提供してよいと考えているというのは,学者に対する世間の信頼が反映されていると考えられる。

まとめ

監視主体や監視媒体の差異によって,監視に対する信頼や正当性の評価は異なりそうである。監視主体・媒体に情報提供をすることによりメリットを感じている場合には情報提供をするであろうし,監視主体・媒体にデメリットを感じたり,信頼を裏切られる可能性を感じたりした場合には監視を好まない傾向にあると考えられるし,対象となる情報によっても評価は異なりそうである。

今後の課題として,「監視主体や監視対象・監視媒体の種類の検討」「監視が許容される情報の検討」「監視主体・監視媒体の差異による行動の変化」「意図しない情報漏えい等の想定外の事象が起こった際の許容度の変化」の4点があげられる。特に後者の2つについては経済ゲーム実験によるアプローチの親和性が高いと考えられ,特に直近の課題となるであろう。

おわりに

今回の研究は,実は次のオンライン実験のための基礎研究だったというお話です。このような許容度による分析ではなく,実際に信頼ゲーム実験の枠組みによる実験が本丸です。

今回の議論はまだまだ議論の余地があります。例えば昨今の話題からいえば,Twitter社をイーロン・マスク氏が買収しそうですが,監視主体の「経営者」や「組織自体」に対するイメージにもとづく信頼もまた影響することは間違いありません。このような場合,SNSの利用状況にどのような変化が生じるのでしょうか。

今回の議論は「監視」と「信頼」から始めてみました。研究者の議論は抽象的な議論になりがちですが,抽象的な概念をもとに,個別具体的な状況を議論した際に浮かび上がる課題を検討することも必要となるでしょう。

文献・注

  • 1.後藤晶・本田正美 (2018) 「監視カメラの社会的許容度に関する一考察」『社会情報学』6(3), 63-78.
  • 2.後藤晶 (2021) 「情報社会における監視の許容度に関する分析:監視主体と監視媒体の観点から」『社会情報学』9(3), 17-33.
  • 3.Chen, D. L., Schonger, M., & Wickens, C. (2016) oTree: An open-source platform for laboratory, online, and field experiments. Journal of Behavioral and Experimental Finance, 9, 88-97.
  • 4.今回提示するデータは予備的な分析であり,スクリーニング等をしておらず,論文等で公表する際には変化する可能性がある。

付記

  • 本記事は文献[2]をもとに大幅な加筆・修正を加えたものである。本研究は科研費19K20634および22K18153により実施した。
  • *COI本記事に関連して開示すべき利益相反関連事項はない。

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