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最近よく聞く“HSP”ってなんですか?
飯村 周平(いいむら しゅうへい)
Profile─飯村 周平
専門は発達心理学。博士(心理学)。日本学術振興会特別研究員PD(東京大学)を経て,2022年より現職。著書に『ゲーム感覚で身につく論文執筆:「今よりもっと論文を書く」と決めた研究者へ』(共著,風間書房)など。
HSP(エイチ・エス・ピー)。ハイリー・センシティブ・パーソンの略語で,日本では「繊細さん」という言葉でも馴染みがあるようです[1]。今この言葉が「自己肯定感」や「アドラー心理学」と肩を並べるほど市民権を得て,日本で知られています。HSPは直訳すると「とても感受性が高い人」ですが,「繊細で生きづらい人」というニュアンスでも理解されているようです。本記事は,この分野を専門とする心理学者(筆者)の視点から,HSPのルーツや社会的普及の動向,学術的な考え方などの情報をお届けします。
HSPのルーツは?
GoogleでHSPと検索するとクリニックのサイトが上位にヒットします。こうした情報源をもとにHSPを知った方は,それが「何か新しい医学的な疾患名」なのかと思うかもしれません。しかし実際はそうではありません。HSPは心理学が発祥の言葉で,精神疾患の診断基準「DSM-5」にも記載されていません。つまり疾患名ではないのです。
HSPのルーツは,アメリカの臨床心理学者エレイン・アーロンが,1996年にThe Highly Sensitive Person: How to Thrive when the World Overwhelms Youという一般書を出版した時まで遡ります。翌年,パーソナリティ・社会心理学の分野で著名な研究雑誌Journal of Personality and Social Psychologyに,エレイン・アーロンとその夫で(「吊り橋効果」でも知られる)社会心理学者のアーサー・アーロンの連名で,HSPに関する研究論文が発表されました[2]。これが学術的にはHSPの初出となります。
HSPの社会的な広まり
HSPに関連した研究は,心理学を中心に現在も精力的に進められています。ただ興味深いことに,研究界よりも一般大衆層の方がこの言葉に関心をもっているようです。社会的なニーズの高さに対して,むしろ研究界は後れを取っている印象さえ受けます。そこでHSPの社会的な広まりについて簡単に見ていきましょう。
言葉のルーツはアーロン氏が出版した書籍だとご紹介しました。彼女のサイトによれば,この本は日本語を含む32か国語に翻訳・出版され,世界で100万部以上の販売実績があるそうです。また20か国語にわたるHSP関連サイトの一覧も紹介されています。
スウェーデンでは,2012年にHSP関連の新聞記事が掲載されたことを契機に,若者を中心に認知されるようになったそうです。スウェーデン国内でHSPが社会的に広まる様子を「HSP現象」と呼び,若者たちがネットの掲示板でHSPについて交流する様子を分析した論文も発表されています[3]。
日本はどうでしょうか? アーロン氏の本が日本語で出版されたのは2000年でした。ただし当時は現在のような「HSP現象」はみられなかったように思います。日本の「HSP現象」にとって転機はいつだったのでしょうか? 筆者の観察によるものですが,新型コロナウイルスの感染が広がり始めた2020年初頭だと考えています[4]。HSPをテーマにした一般書『「気がつきすぎて疲れる」が驚くほどなくなる「繊細さん」の本』[1]がマスメディアに取り上げられたり,芸能人が自身をHSPだと公言したりしたことが転機だったと言えそうです。「繊細さんの本」[1]が出版された2018年当時も現在のような「HSP現象」がみられなかったことを踏まえると,マスメディアが日本の「HSP現象」に一役買ったと思われます。もちろんHSPの考え方に魅了される人が多かったという事実も重要です。「HSP現象」の動向は,SNSで「HSP」と検索すると垣間見えます。ときどき筆者もその様子を眺めますが,繊細さゆえの「生きづらさ」エピソードが共有され,多くの共感や励ましが集まっているようです。
心理学ではHSPをどう考える?
心の専門家が世の中で発信されるHSP情報をみると,「HSPはなんだか怪しい」と感じるかもしれません。実際,筆者も一部の情報に対してはそう見えます。その背景の一つは,HSPがかつての血液型性格診断ブームのように「ポップ化」して広まったことにありそうです。
心理学では「環境感受性」という概念を用いて,HSPすなわち感受性の個人差を研究しています。この概念は「ネガティブ・ポジティブ両方の環境に対する影響の受けやすさ」を指す特性を表します。例えば,未知で不慣れな環境に置かれた時を考えます。他の人よりもとても慎重になる人がいる一方で,いつもと変わらずに行動する人もいます。こうした行動は,ある環境に対する感受性や反応性の違いを表しています。さらにいえば特定の遺伝子情報や神経生理システムの違いを反映するもので,気質や性格の違いとも言い換えることができます。研究では「環境感受性」と関連する気質・性格が相対的に高い人のことをHSPと便宜的に呼ぶ場合があります。
社会的には,自分が「HSPと非HSPのどちらに当てはまるか」に対する関心が高いのですが,私たちの性格はそこまで単純化できるものではありません。感受性の個人差は正規分布という特徴に従いますので,感受性にはグラデーションがあり,平均値付近の人たちが最も多いことになります。また日本では「HSPは生きづらい」という発信に共感が集まっていますが,研究の視点でみるとやや偏った説明です。感受性が高い人は,自身の特性と合わないストレスフルな環境下では,感受性が低い人よりも確かに「生きづらく」なる傾向があります。同時に,自身の特性と合う良好な環境下では,感受性が低い人よりもむしろ「生きやすく」なる傾向もあるのです。HSPは環境の性質に応じて「良くも悪くも」影響を受けやすい人たちということです。研究にもとづくHSP情報は,筆者らが運営するサイト「Japan Sensitivity Research」[5]でも発信しています。ぜひご活用ください。
文献
- 1.武田友紀 (2018) 『「気がつきすぎて疲れる」が驚くほどなくなる「繊細さん」の本』飛鳥新社
- 2.Aron, E. N., & Aron, A. (1997) Sensory-processing sensitivity and its relation to introversion and emotionality. Journal of Personality and Social Psychology, 73, 345–368. https://doi.org/10.1037/0022-3514.73.2.345
- 3.Edenroth-Cato, F., & Sjöblom, B. (2022) Biosociality in online interactions: Youths’ positioning of the highly sensitive person category. YoUng, 30, 80–96. https://doi.org/10.1177/11033088211015815
- 4.飯村周平 (2022) 「【論説空間】HSPについて正しく知ろう:いま日本で何が起きているのか」『東京大学新聞』https://www.todaishimbun.org/hsp_20220119/
- 5.飯村周平・矢野康介 (2020). Japan Sensitivity Research. https://www.japansensitivityresearch.com/
- *COI:本記事に関連して開示すべき利益相反はない。
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