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【小特集】

アスリートのあがりを簡便に防止する

正木 宏明
早稲田大学スポーツ科学学術院 教授

正木 宏明(まさき ひろあき)

Profile─正木 宏明
1997年早稲田大学大学院人間科学研究科博士後期課程修了。博士(人間科学)。専門はスポーツ心理学,精神生理学。2013年より現職。著書に『スポーツ精神生理学』(分担執筆,西村書店)など。

はじめに

試合になると本来の実力を発揮できずに苦しむアスリートは多い。結果を強く求められるプレッシャー下で,パフォーマンスを低下させてしまう現象は「あがり」として知られている[1]。あがりは英語ではchoking under pressureと“比喩的”に表現されるように(文字通りの窒息を意味するわけではない),洋の東西を問わず,アスリートが直面する深刻な事象である。その原因の一つは,プレッシャー環境に置かれたことで,自動化していた動作に注意が向いてしまい,ぎこちなさを導く制御的処理に変わるためと考えられている[1, 2]

スポーツ心理学者はこれまで,あがりを効果的に防止する簡便な対処法を探求し,アスリート支援を行ってきた。本稿では,近年有効視されているあがり防止法として,QEトレーニングと反復把握法について紹介する。

QEトレーニング

Quiet Eye(QE)とは,アスリートが重要な動作を行う際の注視行動を指し,動作を加える目標物を凝視し始めてから,動作後に凝視が解除されるまでの注視状態と定義されている(初期の研究では,凝視開始時点から動作開始時点までの注視とされていた)。また,視線停留は視野角3°以内に収まり,凝視時間は100ミリ秒以上持続することがQE同定の条件となる[3]

QEは主に閉鎖スキル(予測可能な環境内で,自分自身で完結できる動作スキル)で観察されてきた。バスケットボールのフリースローであれば,リングを凝視してからシュート動作が始まり,再度視線が動き出すまでがQEであり,目を留め置いた時間はQE時間 (QE period)と呼ばれる。QEを測定するには,アスリートにモバイル型のアイトラッカーを装着してもらい,目標物に対する凝視時間をオフラインで計測する(図1)。

図1 モバイル型アイトラッカー装着によるQE実験風景
図1 モバイル型アイトラッカー装着によるQE実験風景
ここではバスケットボールのフリースロー課題遂行中のQEと脳波の同時計測を行っている。右はリングに対する凝視をヒートマップ表示したもの。

QEとパフォーマンスとの関係については,熟練者は初心者よりもQE時間が長いこと[3, 4],同一のアスリートでも課題成功時のほうが失敗時よりもQE時間は長く[5],あがり時にはQE時間は短縮すること[6]が知られている。QE時間が長ければ,目標物への注意焦点化を促進でき,精緻な運動プログラミングも可能となる[6]。脳波の運動準備電位を測定した研究ではQE時間延長に伴う振幅増大が報告されており[4],運動プログラミングが十分に行われた証拠とされている。研究者はQE中のこうした脳の働きが良いパフォーマンスをもたらす原因であると考えている。

研究が進むにつれて,試合という過度なストレス下であってもQE時間を短縮させないように訓練することで,あがりを防止できることがわかってきた。そこで近年では,QE時間を意図的に延長させるQEトレーニングが盛んになっている。このトレーニングは「目標を十分長く注視してから動作をしなさい」という言語教示を介してQE時間を意識的に延長させる簡便な訓練である。訓練中は,定期的にアイトラッカーを使って,本人の注視行動を映像でフィードバックしたり,QE時間延長の成否を評価したりする。これまでに種々の競技でトレーニング効果が認められている。不安が高まったときに「目が泳ぐ」と表現されるが,目の泳ぎを止めることであがりを抑制するのである。

反復把握法

1990年代,射撃やアーチェリー等の閉鎖スキル種目において,左右半球の賦活偏側性とパフォーマンスとの関係が調べられた。これらのスポーツ種目では,パフォーマンスが良好だった場合には左半球よりも右半球のほうが賦活しており,パフォーマンスが悪かった場合には右半球よりも左半球のほうが賦活していた。そのため,良好なパフォーマンスを得るために右半球を相対的に賦活させる重要性が注目された。

近年,動作直前に柔らかいボールを左手で反復把握することによって,運動肢と反対側の右半球を相対的に賦活させる簡便な方法がスポーツ場面で適用されている[7]。観衆300名のインドアサッカー・ペナルティキック(PK)合戦では,左手による反復把握法を実践したチームの選手はあがりを抑制し,PKの失敗が少なかった。その他にも,バドミントンのサーブ,テコンドーの蹴り技,体操競技(実際の試合)で有効性が報告されている。

反復把握法があがりを防止する理由の一つは,右半球を選択的に賦活させることによって,動作の自律性を崩す言語活動(左半球機能)が抑制されることにあるという[8]。我々が余暇で行うスポーツ行動でも,余計な思考の働きによって動作が拙くなることはよく経験する。洗練された動作の生成には言語活動は不要であり,反復把握法はこれを防ぐという。

ところで,反復把握法に適したボールの硬さや効果的な把握時間はどの程度が良いのだろうか。著者らはソフトテニスボールの内圧と把握時間を操作し,左右偏側性を効率的にもたらす条件の同定を試みた。脳波計測の結果,ボールの硬さをゲージ圧100ヘクトパスカル程度にして(床に落とした際に跳ね上がる程度に空気を詰め込んだ状態),90秒間反復把握した際に右半球の賦活が顕著となった[9]。この結果は,やわらかいボールよりもある程度硬いボールを比較的長く把握する必要性を示唆しており,脳波計測が不可能なスポーツ現場で反復把握法を実践する際の有益な指針になるものと考えている。

おわりに

本稿ではあがりを簡便かつ効果的に防止するQEトレーニングと反復把握法について紹介した。ただし,QEは現場での応用が先行する一方で,QE中の脳活動を調べた研究は圧倒的に不足している。反復把握法については,右利きのアスリートによる検証しか行われておらず,左利きのアスリートによる検証が喫緊の課題となっている。背景メカニズムの解明なしには現場での応用は難しい。今後の研究発展に期待したい。

文献

  • 1.Baumeister, R. F. (1984) Choking under pressure: Self-consciousness and paradoxical effects of incentives on skillful performance. J Pers Soc Psychol, 46, 610.
  • 2.Masters, R. S. W. (1992) Knowledge, knerves and know-how: The role of explicit versus implicit knowledge in the breakdown of a complex motor skill under pressure. Br J Psychol, 83, 343–358.
  • 3.Vickers, J. N. (2007) Perception, cognition, and decision training: The quiet eye in action. Human Kinetics.
  • 4.Mann, D. T., Coombes, S. A., Mousseau, M. B., & Janelle, C. M. (2011) Quiet eye and the Bereitschaftspotential: Visuomotor mechanisms of expert motor performance. Cogn Process, 12, 223-234.
  • 5.Wilson, M. R., & Pearcy, R. C. (2009) Visuomotor control of straight and breaking golf putts. Percept Mot Skills, 109, 555–562.
  • 6.Behan, M., & Wilson, M. (2008) State anxiety and visual attention: The role of the quiet eye period in aiming to a far target. J Sports Sci, 26, 207–215.
  • 7.Beckmann, J., Gröpel, P., & Ehrlenspiel, F. (2013) Preventing motor skill failure through hemisphere-specific priming: Cases from choking under pressure. J Exp Psychol Gen, 142, 679–691.
  • 8.Zhu, F. F., Poolton, J. M., Wilson, M. R., Maxwell, J. P., & Masters, R. S. W. (2011) Neural co-activation as a yardstick of implicit motor learning and the propensity for conscious control of movement. Biol Psychol, 87, 66-73.
  • 9.Hirao, T., & Masaki, H. (2019) Effects of unilateral hand contraction on the persistence of hemispheric asymmetry of cortical activity. J Psychophysiol, 33, 119–126.
  • *COI:本稿に関連して開示すべき利益相反はない。

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