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憲法学の領域から

栗田 佳泰
新潟大学法学部 准教授

栗田 佳泰(くりた よしやす)

Profile─栗田 佳泰
2006年,九州大学大学院法学府博士後期課程単位取得退学。専門は憲法学。主著に『リベラル・ナショナリズム憲法学』(法律文化社)。

憲法研究者の末席を汚す身としては,憲法学との連関に注意しながら『心理学ワールド』に触れるのであるが,広範囲にわたり多彩な連関があることに驚かされる。紹介すべき記事を絞り込むのは容易でないが,狭い個人的な研究関心から記事を2つだけ取り上げたい。

61号「社会的クリティカルシンキングのすすめ」(2013年)

「批判」という日本語には否定的な意味合いが含まれることが多いとして,あえて「クリティカルシンキング」を「批判的思考」とは訳さない同記事は,その基本的な(欧米的な)含意である「論理的で偏りのない思考」が日本人には肯定的に高く評価される一方で必ずしも好まれないという事実(調査結果)に注意を喚起する。そこで大切とされるのは論理的な思考に対するポジティブなイメージの確立である。ではどうすべきか。同記事は,論理的な思考だけをポジティブに捉えるべきとは主張しない。クリティカルシンキングの内実として「文脈や文化に依存した,現実世界において,より意味のある思考」を付加すべきとする「第二派」の議論を参照しつつ,日本では,後者の思考を付加的な要素ではなくむしろ基本的な要素の一つとすることがクリティカルシンキング全体へのポジティブなイメージの確立につながると主張する。そして,他者の存在を前提とした思考,すなわち「社会的クリティカルシンキング」を促す。同記事には,論理性が求められる学問である憲法学もまた,論理性の名の下に欧米的な考え方を押し付けるだけのものになってはいないか点検されるべきことを思い知らされる。仮にそうなら,多くの日本人は憲法学を好ましいものと思わないのであろうから。

97号「ふしぎの国の民主主義の通文化的構図─統治の不安概念を育てる」(2022年)

より直接的に憲法学に関連するのが同記事である。民主主義は憲法の採用する前提の一つであり,憲法学が伝統的に扱ってきたテーマの一つでもある。一方,必ずしも日本の現実に適合的な規範理論が追求されてきたとは限らないという指摘もある。同記事では,民主主義との関連で興味深いいくつかの事実が紹介される。その中で,近年の日本人の抱く戦争への不安の「並外れた高さ」などからは,日本人の「統治の不安」が看取されるという。そして同記事は,そのような不安を日本人が政治参加で解決しようとはしていないと見られることに警鐘を鳴らす。とくに興味深いのは,その原因の一つとして同記事が推測する次のような事実,すなわち,「民主主義に対する評価や制度の信頼」に対しては欧米的な価値観が反映される一方,「政治参加や他者への一般的信頼」に対してはアジア的価値観が抑圧的な形で反映されるという一貫性のなさである。同記事の抉り出す「統治の不安」は憲法学においても問題となりうるものであろう。そんなアジア的価値観など捨て去るべきと言ったところで解決になりそうにないことについては,先の記事をあらためて紹介するまでもない。

さて,わたしの関心は欧米由来の立憲主義がいかにして東アジアの一国である日本の多くの人々の腑に落ちるかにある。ここまで見てきたところからすれば,それには論理的で客観的な正しさを訴えるだけでは足らず,また,欧米的な価値観とアジア的な価値観とのあいだで思い悩んでいる日本人にそれら二つの価値観の和解を可能にするような思考を提示していく必要もあるように思える。

心理学は人の心と行動の科学である。その知見の応用範囲が狭いはずがない。今後もこのような学際交流の場に期待している。

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