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認知発達ロボティクスの領域から
小嶋 秀樹(こじま ひでき)
Profile─小嶋 秀樹
博士(工学)。専門は認知発達ロボティクス,療育支援技術など。著書に『ロボットの悲しみ』(共著,新曜社),『〈自閉症学〉のすすめ』(分担執筆,ミネルヴァ書房)など。
社会性発達の文化相対論
内藤美加氏による「心の理論の発達と文化」(88号小特集,2020年)は,そこから想像の連鎖が始まるという意味でとても面白かったので紹介したい。この小論は,欧米起源の「心の理論」研究が暗黙の前提としてきた人間観,すなわち個人を独立した情報処理(表象操作+意思決定)システムとみなし,他者におけるその動作をメタ表象的に捉えているという考えに,文化相対的な観点から再考を促す。欧米的な見方による「心」はそれほど普遍的なものではなく,それぞれの歴史的・文化的な環境のもとで構成された表現型のひとつに過ぎないという。
たしかに,日本の子どもでは誤信念課題の通過時期が欧米に比べて遅くなることなど,言語や養育スタイルの違いが認知発達にもたらす影響は検討されてきた。しかし,多くの研究では欧米的な人間観を鵜呑みにし,それに基づく十全なメタ表象能力の獲得に向けて,日本の子どもの発達がなぜ遅れてしまうのかという議論に留まっていたように思う。
そのような研究スタンスに対して,内藤小論は再考を促す。個人の行動はその「心」の状態に帰属されるという暗黙の前提をいちど括弧に入れ,他者理解や社会性の発達を文化相対的に捉えなおしてみようと。とくに日本人の人間観,すなわち個人は社会的・自然的な状況との関係性の中で行動しているという「関係性の理論」をベースに,これまで欧米的な「心」を前提としてきた認知能力やコミュニケーション能力に関する議論をほどきなおしてみようと。
状況に埋め込まれた日本人
日本人(日本の言語文化の中で育った人)は,どのような人間観,とくに人の行動の背後にある心の働きに対する想定をもっているのか。ここで想像を膨らませてみたい。
欧米では個人主義,すなわち独立した個人が意思決定しその責任を負うという考えが,文化や社会制度の根底にある。日本人もそのような個人主義に根ざした法律や規範に則って公的な社会活動を営む一方,個人の「心」は物理的・社会的な状況へのシームレスな拡がり[1]をもち,日常的な認識や行動はその影響を大きく受けているのではないか。状況に埋め込まれた日本人は,他者によってアフォードされあう中,互恵的な関係性の中へ無自覚的に埋め込まれているのではないか。
日本人の「心」が明確な境界をもたず環境や状況に浸潤していくのはなぜか。欧米と対照すれば,一神教に対するアニミズムが思い当たる。自然を征服しようとするのではなく,自然から飢えも実りも与えられ,その中に(霊性を感じつつ)包摂されて生きていく。日本人の多くは(自称)無宗教と言われるが,言語や風俗には諸宗教が織り込まれており,その基層にはアニミズム的な世界観が沈澱しているのではないか。山川草木に同質性を感じ,自分をとりまく集団にも無自覚的な同質化,すなわち「心」の境界の拡張をしているのではないか。
認知発達の「ほどきなおし」へ
子どもの認知発達は,何らかの普遍的な情報処理メカニズムによって駆動されるのだろうが,個別の歴史的・文化的な状況の中で展開され,そこで暗黙的に共有されている世界観・人間観を内化していくプロセスと言える。「心の理論」として検討されてきた他者理解の能力は,こうして獲得された人間観の顕れであろう。ゆえに,その普遍性と個別性を切り分け,養育環境・発達プロセス・獲得された能力などを文化相対的に捉えなおすことが求められている。
- 1.河野哲也(2005)環境に拡がる心.勁草書房.
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