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古典的実験機器と現在の機器の共通点・相違点
吉村 浩一(よしむら ひろかず)
Profile─吉村 浩一
専門は知覚・認知心理学。教育学博士。単著に『運動現象のタキソノミー(分類学)』『知覚は問題解決過程』『3つの逆さめがね(改訂版)』(ナカニシヤ出版)など。
本誌89号(2020年)から96号(2022年)まで8回にわたり連載した「古典的実験機器はどのように使われていたか」の記事を広く読んでいただきたく,この原稿を書いています。古典機器の話だけでは,ほとんどの人に興味をもっていただけないでしょうから,現在の実験機器と比較する形で書かせていただきます。
共通点:心理学実験機器は心を測らない
奇異に思われるかもしれませんが,昔も今も心理学実験機器は心を測っていません。物理量やその変化量,せいぜい生理的状態しか測れません。測定している物理量や生理的状態が,何らかの心の状態を反映していると仮定して,心理学は実験機器を利用しているのです。そこには,測定した物理量や生理量と心的状態とに対応関係があるとするモデルが必要です。両者の対応関係がタイトなほど,すなわちモデルの蓋然性が高いほど,機器を通して得られたデータは心理状態のよい指標となるわけです。測定値が,想定している要因以外の影響を受けたり対応関係が明確でなかったりすると,得られたデータは心理状態のよい指標となりません。
アイカメラや脳活動測定機器などにより,近年は心理状態を直接測定できるようになったと思われるかもしれません。たとえば,アイカメラは,その瞬間の注意位置(心理状態)を捕らえていると。しかし,必ずしも視線方向=注意位置とは言えません。ピントがずれているかもしれないし,そこを見ていても心そこにあらずということもあり得ます。また,脳の神経活動の記録も,脳活動が完全に機能局在しているなら,その部位の活性化は特定の心理状態の反映と言えますが,脳の神経細胞はさまざまに連結していて完全に局在しているわけでありません。もちろん,これらは他のモデルに比べると,かなりよいモデルと言えるでしょうが。
相違点:センサー・信号伝達・記録法の違い
古典機器に比べ,現在の機器類は測定精度が格段に向上しました。測定部位に当てられたセンサー,そこで感知した信号の伝達手段,その値を記録する手段を電子化できたお陰です。アナログ信号がデジタル化され,信号はさらにノイズに強く扱いやすくなりました。そうした電子信号を利用できなかった古典的機器の時代はどうだったでしょう。腕を流れる血流量変化を測る容積脈波記録装置を例に説明しましょう。
脈拍数を知るには,現在でも簡易的には手首に指を当てて測ります。しかしそれでは,1回ごとの脈動の強さや間隔などは記録に残せません。それを実現するため古典的機器の時代には,腕をすっぽり覆う容器のすき間に水を満たし,血管の伸縮に伴う腕全体の容積のわずかな変化を,容器内の水量の増減で捕らえていました。すなわち,センサーは水だったわけです。血管拡張により容器からはみ出したわずかな水は,容器てっぺんにつけられたガラス管内の水の高さの変化として可視化できますが,それだけでは時々刻々のデータは残りません。これを残すには,ガラス管内の水量変化をゴム管を通して空気圧変化としてタンブールという変換器に伝えます。タンブールの役割は,ゴム管からの空気圧変化を薄い膜の上下動に変え,膜に当てられた棒状の接点をテコの原理で棒の先(作用点)の動きに変換します。棒の先は尖っていて,それが回転する円筒面に貼られた煤煙紙を掻き取り軌跡を残します(カイモグラフ)。一連の過程で,ゴム管内の水量変化は空気圧信号となり,棒先の位置変化,そして紙上の軌跡として残ります。
こうした工夫により精度を求めてきた測定の歴史を知る一方で,今日の私たちは物理的・生理的測定値と心理状態との対応関係のモデルも精錬させていくべきです。
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