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進化と適応の心理学─私たちの繁殖戦略
瀧川 諒子(たきかわ りょうこ)
Profile─瀧川 諒子
早稲田大学大学院文学研究科心理学専攻博士後期課程。修士(文学)。2023年4月より現職。専門は生理心理学,発達心理学。進化や適応の考え方を理論的背景においた研究を行う。
生活史と初経年齢
個体が環境に適応するうえでは,自己の成長,生命維持,繁殖,養育といった生活史上の各タスクに,利用可能な資源を適切に分配する必要がある[1]。多産多死型/少産少死型のように,様々な生物種はそれぞれに固有の生活史を持つ。しかしながら心理学領域においては,このような考え方が,ヒトという種内における個体の発達様式の違いを説明するために用いられることがある。とりわけ女性における初経年齢の個人差は注目を集めてきた。
初経年齢とストレス
初経年齢の予測モデルに関する興味深い推察がある[2]。これによると,初経前に経験したストレスの程度に応じて,初経年齢を予測する曲線はU字を描く(図1)。つまり,個体の生存を脅かす重度のストレス環境下では繁殖よりも生命維持が優先されるため,繁殖を開始する時期(初経)を遅らせるべきである。一方,それほど深刻ではない中程度のストレス環境下では,より早期に繁殖を開始し,生存する子どもの数を最大化させる必要がある。脅威となるストレスが少ない良好な環境下においてはまた,少数の子どもに多くの資源を投資し,子どもの適応度を最大化させるために,生理的・社会的環境が整うまで繁殖の開始を遅らせる。
ストレスに対する鋭敏性
そこで筆者は,ストレスに対する生理学的反応の現れやすさに関する個人差が影響する可能性も考慮し,出生前の母胎内ストレスを反映する出生体重を用いて初経年齢との関連を検討した。ストレスに敏感なタイプとそうでないタイプは,ストレス課題前後における唾液中コルチゾールレベルの増加率を指標として同定された。その結果,敏感なタイプとそうでないタイプでは同じ低出生体重に対して真逆の反応を見せることが明らかになった[3]。つまり,敏感なタイプはストレス閾値が低いため,そうでないタイプにとって初経年齢を早める中程度のストレスになり得る低出生体重に対しても,重度のストレスに対するかのように反応し,初経年齢を遅らせたことが考えられる(図2a)。この結果は,前述のモデルが将来的には図2全体に示すようにブラッシュアップされる可能性を示唆している。
おわりに
個体に働く自然選択プロセスは,私たちが最も適応的であるように種々の戦略を遺伝子にプログラミングしてきた。しかしながら祖先の環境から大きく様変わりした現代では,かえってその戦略が適応的でなくなることがある。たとえば,適正範囲外の年齢で初経を迎えた女性は後年の健康リスクが高い[4]。これを踏まえても,日本では先進国の中でも低出生体重児が多いという事実[5]は憂慮すべきであろう。胎児期の母体の状態や乳児の生育環境を適切に管理し,母子の健康の維持・向上に資する研究が求められている。
文献
- 1.Charnov, E. L. (1993) Life history invariants. Oxford University Press.
- 2.Ellis, B. J. (2004) Psychol Bull, 130, 920-958.
- 3.瀧川諒子他 (2021) 日本人間行動進化学会第14回大会発表論文集, 31.
- 4.Adair, L. S., & Gordon-Larsen, P. (2001) AJPH, 91, 642-644.
- 5.後藤由夫 (2006) 肥満研究, 12, 1-2.
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