問題解決の心理学
鈴木 雅之(すずき まさゆき)
Profile─鈴木 雅之
博士(教育学)。専門は教育心理学。2021年より現職。著書に『新・動機づけ研究の最前線』,『自ら学び考える子どもを育てる教育の方法と技術』(ともに分担執筆,北大路書房)など。
これまで学習に取り組む中で,「人はどのように問題を解いているのか」「問題が解ける人とそうでない人の違いは何か」といった疑問を持ったことはないでしょうか。心理学では,こうした人の思考や問題解決についても研究しています。
日常生活は問題解決の連続
「問題解決」と聞くと,教科に関する問題を解いたり,少子化などの社会問題を解決したりすることを思い浮かべるかもしれません。しかし,心理学では,「何らかの目標があり,現在の状態からその目標に至るまでの解決方法を見つけ出す過程」を問題解決といい,「問題解決」という言葉を広い意味で使います。そのため,今日のお昼に何を食べるか決めたり,高校卒業後の進路を決めたりすることも,問題解決と捉えることができます。このように考えてみると,私たちの日常生活は問題解決の連続といえます。
問題解決の方略
それでは,人はどのように問題解決をしているのでしょうか。問題解決の方略は,アルゴリズムとヒューリスティックスの大きく二つに分けられます。アルゴリズムは,問題解決のための規則的な手続きのことで,正しく適用されれば解決が保証されます。一方のヒューリスティックスは,必ずしも解決は保証されないものの,効率的に解決できる可能性のある方略です。たとえば,「listen」という英単語のアルファベットを並び替えて,新しい英単語を作るという問題で,720(=6!=6×5×4×3×2×1)通りすべての並べ方を試すという方略がアルゴリズムです。しかし,このような方略で解決しようとする人はおそらく少ないでしょう。たとえば,「頭文字が s で始まる単語が多い」といったような,英単語に関する何らかの知識を利用して解決しようとする人が多いと考えられます(正解は「silent」)。こうした方略がヒューリスティックスです。
ヒューリスティックスは,「文章が難しいときには図をかく」といった抽象的な方略から,「補助線を引くときは,辺に対して平行な線(または垂直線)を引く」のような具体的な方略までさまざまであり,広い意味で使われます。日常における問題解決では,公式をもとに数学や物理などの問題を解くような場合を除いては,ヒューリスティックスが多く用いられていると考えられます。これは,720通りをすべて試すことが困難であるように,人が一度に処理できる情報量には限界があること,そして,進路決定のように,アルゴリズムの存在しない問題が多いためです。
類推による問題解決
人は問題を解決する際に,その問題と類似した問題の解法を当てはめて解決しようとすることがあります。このような問題解決は,類推による問題解決と呼ばれます。類推とは,電流を水流にたとえて説明するように,類似性をもとに行う推論のことです。たとえば多くの数学のテキストでは,例題を用いた解説がなされ,その後に練習問題や応用問題が提示されます。この場合,例題の解法をもとに,解法を類推して解決することになります。このように,過去に経験した問題をもとに類推して解決するという方略も,ヒューリスティックスの一つです。
では,例題を学べば,練習問題や応用問題はすんなりと解決できるのでしょうか。実は,類推による問題解決は,決して容易ではありません。まず,図1の問題について考えてみてください。
図1 放射線問題胃に悪性の腫瘍がある患者がいます。その患者は体力がなく,手術をすることができません。しかし,腫瘍を破壊しないと患者は死亡してしまいます。そこで,放射線治療をすることになりました。強い放射線を患部に当てれば腫瘍を破壊することができますが,強い放射線を当てると,正常な細胞も破壊されてしまいます。どうすれば,正常な細胞を傷つけずに,腫瘍だけを破壊することができるだろうか?
図1の問題は,ヒントがなければ解決の難しい問題です。ジックとホリオーク[1]は,事前に図2の文章を読ませ,放射線問題を解くときに,「要塞の話が役立つ」というヒントを与える条件と,ヒントを与えない条件とを比較しました。その結果,ヒントが与えられた条件では,ほとんどの実験参加者が,類推により放射線問題を解決することができました。一方,ヒントが与えられなかった条件では,要塞問題を読まない場合と正答率がほとんど変わりませんでした。実際の問題解決場面では,どの知識や問題例が利用できるかについてヒントが与えられることはほとんどないため,自発的に類推して問題解決をすることは難しいと考えられています(放射線問題の正答例は,「正常な細胞を破壊しない程度の放射線を,患部で交わるように,異なる方向から同時に当てる」)。
図2 要塞問題ある国の中心部に要塞があり,そこには多数の道が通じています。ある将軍が,この要塞を攻略しようとしています。一度に全軍で攻めれば要塞を攻略できることはわかっていますが,要塞に通じるそれぞれの道には地雷があり,多数の兵を1つの道から進入させることはできません。そこで,将軍は軍を分割し,地雷が爆発しない程度の兵で,それぞれの道から進入し,要塞を攻略することに成功しました。
問題解決を阻むもの
問題がうまく解決できないとき,問題が難しすぎることが原因であるとは限りません。たとえば,もともと持っている知識や先入観の影響を受けることで,解決が阻害されてしまうことがあります。図3の問題について考えてみてください。
図3 9点問題一筆書きで,4本の直線を用いて,9つの点を結んでください。
9点問題を解決するためには,外側の点を結んだときにできる四角形の枠外に線を延長させる必要があります。しかし,「外側の線を結んでできる四角形内に線を描かなくてはいけない」といった先入観があると,解決が困難になります。
また,問題解決自体はできるとしても,ある解決方法に固執してしまうことで,より簡単な方法に気づきにくくなってしまうこともあります。たとえば,「28×7÷4」という計算問題を小・中学生に提示すると,多くの子はまず,「28×7」を筆算で解こうとします。しかし,「28÷4」の計算を先にすることで,暗算で素早く解決することができるようになります。もちろん,「28×7」の計算から始めても解決自体は可能ですが,過去の経験に固執することで,より効率的な解決が妨げられてしまうこともあるということです。
よりよい問題解決のために
これまでみてきたように,知識や経験によって問題解決が促されることもあれば,知識や経験のために解決が阻害されてしまうこともあります。それでは,よりよい問題解決のためには何が大切なのでしょうか。一つは,メタ認知を適切に働かせることです[2]。 問題がうまく解決できないときには,自分がどのように問題に取り組んでいるかに意識を向け,適切にコントロールすることが重要になります。また,このためには,豊富なメタ認知的知識(方略に関する知識)を持つことが必要です。
もう一つは,普段から,知識の構造化を目指した学習を行うことです。放射線問題と要塞問題は,「力を分割して集中させる」という構造は一致していました。しかし,表面的な類似性が低いため,明示的なヒントがないと,二つの問題が関連していることに気がつきにくくなっていました。初学者(ノービス)と熟達者(エキスパート)の問題解決過程の違いについて検討した研究では,初学者は問題の表面的な特徴に基づいて問題を理解するのに対し,熟達者は問題に関して構造化した知識を有していることが示されています。したがって,表面的な情報ではなく,問題の構造に意識を向けることが重要といえます。
構造化した知識を持つためには,自分の身の回りにあるものや日常生活と結びつけたり,学習内容同士の類似点や相違点を考えたりするなど,関連づけを意識することが大切です[3]。また,たとえば数学であれば,ただ単に問題を解くのではなく,問題を解いた後に振り返りを行い,問題を解くためのポイントや,うまく解けなかったときには「なぜ解けなかったのか」などについて考えることが大切になります。
問題解決は,記憶やメタ認知とも関わりの強い,認知心理学の研究分野の一つです。ぜひ,関連づけや構造化を意識して,これまでの連載も読み返してみてください。
ブックガイド
- 『考えることの科学:推論の認知心理学への招待』(市川伸一著)中公新書,1997年
- 人間の行う推論の特徴について,豊富な具体例をもとに丁寧に解説しています。
- 1.Gick, M. L., & Holyoak, K. J. (1980) Cogn Psychol, 12, 306-355.
- 2.三宮真智子 (2023) 心理学ワールド, 100, 42-43. https://psych.or.jp/publication/world100/pw20/
- 3.市川伸一 (2022) 心理学ワールド, 98, 42-43. https://psych.or.jp/publication/world098/pw21/
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