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馬塚 れい子 氏理化学研究所脳神経科学研究センター 客員主管研究員

馬塚 れい子 氏
理化学研究所脳神経科学研究センター 客員主管研究員

馬塚 れい子 氏(まづか れいこ)

Profile─馬塚 れい子 氏
名古屋大学大学院文学研究科心理学専攻,エジンバラ大学言語学専攻,コーネル大学発達心理学専攻修了。博士(心理学),PhD in Developmental Psychology。専門は発達心理学・言語発達。デューク大学心理神経学部准教授などを経て現職。早稲田大学理工学術院総合研究所客員上級研究員/客員教授などを兼務。著書(分担執筆)に『Interaction between linguistic and nonlinguistic factors』(De Gruyter Mouton),『Language in development: A crosslinguistic perspective』(MIT Press)など。

馬塚 れい子 氏へのインタビュー

聞き手:金山 英莉花

─現在の研究テーマは子どもの言語獲得とお聞きしました。研究のきっかけはなんでしょうか?

きっかけは留学です。大学生の時に1年間,オハイオ州にあるオーバリン大学に留学しました。しかし,英語が全然話せなくて,相手が話していることもわからないからすごく疲れました。そこで言語を学ぶことは大変だということを身に染みて感じ,赤ちゃんや子どもは留学しなくても話せるようになるのですごいと思いました。また,1年間の留学が終了した後に,ニューヨーク州にあるコーネル大学の言語学部でアメリカ人を対象に日本語を教えるという講師をさせていただいたこともありました。その時に,私が日本人として英語を学ぶ過程と,アメリカ人が日本語を学ぶ過程で,苦労のしどころが違うことに気づき,言語の学習は面白いと感じました。そして,コーネル大学の発達心理学研究室のラスト先生という方が,子どもの文法学習の研究をされていたのでコーネル大学の大学院に入学して,子どもの言語獲得の研究をするようになりました。

─赤ちゃんの言語発達について研究することになったいきさつを教えてください。

2004年に理化学研究所の脳科学総合研究センターで,人の言語の発達を研究するラボのチームリーダーに採用していただきました。それまでもずっと言語発達はやっていたのですが,もともとは,もう少し年齢が上の子どもの文法の獲得や,子どもと大人の文理解について日本語と英語の比較をするような研究を行っていました。

その中で,例えば英語と日本語の違いがあったとして,どこからそういう違いが出てくるのかというところに興味がわいてきました。しかし,5歳くらいになってくると,日本語のネイティブスピーカーになってからかなり時間が経っています。そのため,年齢が高い子どもを対象にした実験からは,どこからその違いが出てきたのかということを考察するのは難しいのです。そうすると,やはりもう少し年齢が下の子を対象に研究してみたいと思い,最終的には赤ちゃんを対象にしようと思うようになりました。

─言語獲得の研究をする上で,日本語に着目することの意義はなんでしょうか。

アメリカにいた時から,特に赤ちゃん研究をされている方々から「日本語やってみようよ!」と言われてきました。英語,フランス語,ドイツ語などを比較しながら研究をしている欧米の人たちも,欧米先進国の言語だけじゃなくて,もっと違う言語が多く存在することをよくわかっていらっしゃいます。英語,ドイツ語,フランス語だけでユニバーサルと果たして言えるのかということもありました。今はいろんな言語の研究が出ていますが,当時はやはり欧米言語ではない言語で,心理言語的な手法を使って実際に実験的に調べることが可能な環境のある国が日本ぐらいしかありませんでした。そのため,日本語を対象とした研究は面白いのではないかということを考えていらっしゃる欧米の先生方が多くいらっしゃいました。逆に日本人のほうが,普段から日本語を話しているため,なぜ日本語が面白いのか,日本語はどういう言語なのかということが当時はわかりにくかったかもしれません。

実際に研究してみて,これまで欧米の言語を対象にした実験で築き上げた理論では説明できないような現象が,日本語には多く見受けられました。それに対して,最初に論文投稿した時は査読で「なぜ欧米ですでに行われた実験をわざわざもう一回やるのか」「欧米の言語を対象とした研究と違う結果が出たということは,実験が下手だっただけではないか」というコメントをいただいたこともありました。しかし,長年研究をしていく中で,日本語話者の赤ちゃんと欧米言語の話者の赤ちゃんとでは発達の優先順位が異なっていて,最終的にはどの言語の赤ちゃんも同等に発達するということがわかってきました。

─赤ちゃん研究で大変なことは何ですか?

まずひとつは実験参加をしてもらう赤ちゃんのリクルートです。赤ちゃんのうちは発達がとても早いので,基本1か月単位で考えます。例えば,4か月児を30人集めるとしても,赤ちゃんが4か月児でいる期間は1か月しかありません。アポをとれたとしても,病気だけではなく,前日寝つきが悪かったのでぐずって来られないというようなキャンセルも日常茶飯事です。そうすると,コンスタントに1年中リクルートが必要です。

理研に赤ちゃんを呼んで実験するという体制を整えるのも大変でした。ベビーカーに赤ちゃんを乗せて守衛所に来たお母さんが守衛さんに追い返されてしまうというようなことも何回かありました。理研では研究上危険なものも扱っているので,基本知らない人が来たら危ないという前提で動いています。そのため,実験参加にいらっしゃった赤ちゃんとお母さんは入れても大丈夫ということを周知するまでにすごく時間がかかりました。他にも,産後のお母さんがいらっしゃるのでトイレにウォシュレットをつけてもらうよう交渉したり,お母さんが通る道に喫煙所があったため移動させてもらったりなど,赤ちゃんを実験に呼ぶという体制を一つ一つつくることが大変でした。

─最後に若手研究者に向けたメッセージをお願いします!

私が大切だと思っていることは2つあります。まず1つめは運です。ラッキーなチャンスが降ってきた時,それをつかみ取るために普段から準備して実力をつけることが必要ではないかと思います。2つめは,何か嫌なことがあっても面の皮を厚くし,さっと流してしたたかに生きていくことです。挫折の経験というものは,その後の人生の財産になると思います。研究をする中で,今つらい思いをしている人やもうダメかもしれないと思っている人は,その後の人生でその経験がすごく役に立つかもしれないので,挫折を前向きに捉えて進んでいってほしいです。

最後に,自分の得意なところが活かせる道をぜひ探ってほしいと思います。いろんな人がいていいと思うので,自分の進むべき道がこうじゃなきゃいけないと思わず,視野を広げていってください。心理学の研究について高度なスキルを持った人たちが今後どんどん活躍の場を広げていってほしいと思います。

聞き手はこの人

インタビュアー:かなやま えりか

インタビューを行った感想

この度は,インタビューおよびインタビュー記事執筆の機会をいただきまして誠にありがとうございました。

言語発達の研究については初めてお聞きしたため,大変興味深くお話を伺いました。英語話者しかいないといった,普段と違う環境に身を置いたことにより研究のアイディアが生まれるのだと思いました。また,日本語話者の赤ちゃんの実験結果が従来の結果と違ったことで最初は査読のコメントが厳しかったけれど,それでもあきらめずに研究を続け結果を出された馬塚先生の研究に対する熱意に感銘を受けました。私自身,査読のコメントには一喜一憂することが多々ありますが,自分の仮説を持ち続け研究結果を蓄積していくことの大切さを感じました。

研究テーマ

幼児の歌唱について研究しています。これまでの研究では,旋律の音程が上がったり下がったりする動きは空間認知能力と関係しており,空間認知能力が高い子どもほど,正確に旋律を知覚したり歌唱したりできることがわかりました。現在は,音程が上がったら手を上にあげて,音程が下がったら手を下にさげるというような,音程の上下に伴った身振りをすることで空間認知能力が低い子どもが正確な音程で歌うためのサポートになるということを明らかにしたいと考えています。

Profile─かなやま えりか
同志社大学大学院心理学研究科博士課程(後期課程)在学中。日本学術振興会DC2。修士(心理学)。専門は発達心理学。共著論文に「幼児における歌唱能力と空間認知能力の関連」『応用心理学研究』49, 34–40, 2023など。

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