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心理学を専攻してみたけれど
西田 眞也(にしだ しんや)
もしあなたが,人間を理解したいと思って心理学を専攻して,教科書や参考文献から学ぶ心理学が有意義でおもしろいと感じていれば,それは大変素晴らしいことです。ぜひ,いまの学びや研究をこのまま続けていただきたいと思います。
しかし,もしあなたが,人間を理解したいと思って心理学を専攻したけれど,教科書や参考文献から学ぶ心理学に全然ピンとこないと悩んでいたとしたら,それもまた素晴らしいことです。新しい心理学のパイオニアとなるための素質をあなたは持っているのですから。
少なくとも基礎研究としての心理学は人間の心に関する科学的な研究であれば特定の作法に従う必要はありません。心理学では,新しい考え方や方法論をどんどん取り入れて新しい研究をすることが許されているし,それが望まれている学問分野です(個人の感想です)。私の周りで活躍されている心理学出身の先生も境界領域の研究者が多く,自分が心理学の本流と思っている先生はあまりおられません。私自身も,文学部心理学科の出身ですが,伝統的な心理学を守ろうという気はあまりなく,心理学と情報工学と神経科学の境界で自分なりの研究を模索してきました。
あまりに新しすぎると心理学の枠を超えてしまうときもあります。2024年のノーベル物理学賞の受賞者の一人となったジェフリー・ヒントン博士は,ケンブリッジ大学在学中は脳の働きを理解したくて,物理学と生物学と哲学を学んだのちに,最終的に実験心理学専攻で学部卒業しています。しかし,そこでは自分の求める答えが見いだせず,エジンバラ大学で人工ニューラルネットワークの研究をはじめ,計算機科学の分野において現在の人工知能ブームの基礎となる数々の研究業績を上げました。いまのヒントン博士は心理学者というよりは計算機科学者ですが,彼はいまでも人間の認識能力の理解に深い興味を持って精力的に研究を続けており,心理学の分野においても偉大な研究者であり続けてきたということを,数年前に彼の講演を聞いたときに実感しました。
データ駆動科学や人工ニューラルネットワークは,われわれの予想を超える進歩を示し,人間や脳を理解しようとするサイエンスにパラダイムシフトを引き起こしつつあります。この流れのなかから新しい心の科学も生まれつつあります。私自身も,この急流のなかで,自分なりに何ができるかを考えています。
いまの心理学に不満を懐く若い皆さんが独自の心理学を切り拓いていくことを切望しています。
Profile─西田 眞也
1990年,京都大学大学院文学研究科博士後期課程研究指導認定退学,文学博士(京都大学)。株式会社エイ・ティ・アール視聴覚機構研究所奨励研究員,日本電信電話株式会社コミュニケーション科学基礎研究所上席特別研究員などを経て2019年より現職。2017~2023年,日本学術会議会員。2015年新学術領域「多元質感知」および2020年学術変革領域(A)「深奥質感」領域代表。2023年,日本心理学会国際賞(特別賞),2024年,紫綬褒章などを受賞。専門は知覚心理学。国際誌を中心に多数の論文を発表。
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