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【特集】

応用行動分析学と拓く新たな人間理解─「心ある」行動主義がもたらす価値

近藤 鮎子
株式会社エルチェ/江戸川区篠崎児童発達支援センター

近藤 鮎子(こんどう あゆこ)

Profile─近藤 鮎子
慶應義塾大学大学院博士課程を単位取得退学し,株式会社エルチェに入職。公認心理師・臨床発達心理士。応用行動分析学に基づく早期療育を公費で提供する福祉サービスのプログラム提供と人材育成を行っている。携わったDVDに『遊びながら発達を促す応用行動分析学の視点:ことばの前にあるコミュニケーション(全3巻)』(解説担当,ジャパンライム)がある。

“心”のパラダイムシフト

心理テストや占いが大好きな小学生だった私は,“心”について素朴なイメージを抱いていた。人の内側にある見えないもの,あるいは水晶玉に映し出される神秘的なもの。自分の内側にも“心”があり,行動の源なのだと考えていた。

大学で行動分析学に出会い,大学院で応用行動分析学の研究に従事する中で,徹底的行動主義との出会いはこれまでの私の“心”の見方に大きな変革をもたらした(図1)。“徹底的”や“行動”と書いてあるために誤解されやすいのだが,徹底的行動主義は「心は存在しない」「心は無視してもよい」等と主張しているわけではない。自分にしか観測できない私的な出来事もすべて“行動”として,他の行動と同じように取り扱うのである。この考え方に基づけば,心は人の中に存在している“何か”ではなく「環境と個人との相互作用の中で立ち現れるもの」であると考えられる。ある行動は,行動の直後の環境変化によって維持したり,減ったり,増えたりする[1]。人の行動は,そういった環境との相互作用を通して形成されたものである。私的出来事も含めた個人の行動,すなわち徹底的行動主義における“心”の状態は,環境とのやりとりの中で常に変動している。

図1 “心”のパラダイムシフト
図1 “心”のパラダイムシフト

この枠組みを用いると,循環論を避けることができる。循環論とは,例えば,勉強をせずゲームをしている状態を指して「やる気がない」と表現をしているにもかかわらず,勉強しない理由を「やる気がないから」と説明するようなことだ。「やる気」のように心的概念を用いて何かを説明したり問題を解決したりしようとすると,変化させるのが困難な個人の要素に原因を求めやすくなる。問題が矮小化されたり,個人攻撃に使われたり,愚痴として消費されたりして,解決は遠ざかる。抽象的な心的概念は,素朴な感覚として日常的に登場することはあっても,問題解決や臨床実践に役立つとは言い難い。

それに対し,徹底的行動主義に基づいた実践研究に取り組む応用行動分析学では,行動上の問題を「環境と個人の相互作用が悪循環を起こしている」と捉える。目の前の具体的な行動に目を向け,どういった環境の下で生じる行動であるのか,どういった結果によってその行動が維持されているのかを評価し,直接的に操作可能な物理的環境や人的環境を変更しながら行動変容を目指す。適切な行動が生じやすくなる環境側の工夫や,適切な行動を達成した際のメリットとなるような報酬や関わりを計画し,実行する[2]。応用行動分析学の提供する知見や技術は,人の行動問題の解決を目指す上でなくてはならないシンプルな枠組みから生まれている(図2)。

図2 環境と個人の相互作用を分析する枠組み
図2 環境と個人の相互作用を分析する枠組み

応用行動分析学の実践を通して,日常生活の中でも自分の行動が他者にもたらす影響を意識するようになったように思う。自分の行動が他者の将来の行動を制御する1つの変数になりうると同時に,自分の行動もまた,他者を含む環境からのフィードバックによって制御されている。

このパラダイムシフトは,私の仕事やプライベートの人間関係の捉え方に大きな変化を与えた。人との関係性を固定的な(仲良し,相性が悪い,など名づけて捉える)ものから,うつろい変化し続ける流動的なものと捉える感覚に変化したのである。自分と誰かの関係は,常に同じ状態にとどまってはいない。失敗したと思っても回復できる可能性が常に残されている一方で,今信頼関係があるからといって雑に扱ってよいことはない。互いに尊重しリスペクトする行動によって関係性は維持されるのである。

応用行動分析学の実践領域

応用行動分析学は,徹底的行動主義をベースとして様々な現場で実用的な成果を示している。その適用範囲は,医療・教育・福祉などのヒューマンサービスを中心としつつ,ペットや動物園・水族館などの動物たちと幅広い[3]

私の現在の仕事である発達支援も,応用行動分析学が実績を上げてきた分野の一つである[4]。乳幼児期や自閉スペクトラム症等のある子どもたちとコミュニケーションするとき,応用行動分析学の“心”の捉え方は非常に強力な手助けとなる。小さな反応やその前後の環境側の状況を観察して本人のニーズを推測し,かかわり方や目標設定,環境をわかりやすく調整するなどして余暇の過ごし方や指示の理解の仕方,よりよいコミュニケーション手段など必要な行動が獲得できるよう手助けする。

3歳の男の子が癇癪を起こしてしまうケースを仮定してみよう。保育園の自由遊びが終わってみんなで集まる時間に,指示に応じておもちゃを片づけることができない。観察可能な情報を集めて,行動の具体的な様子,行動のきっかけとなった直前の環境,行動の直後に生じた環境変化という3つの項目で環境と個人との相互作用がどのように生じているかを記述する。これにより,なぜこの状況で子どもの癇癪が起きやすく,定着してしまっているのかの仮説を立てられるのと同時に,改善に向けた物理的な環境の工夫や,人的な配置や関わりの工夫のアイディアを生み出すことができる。してほしくない行動を“やめさせる”ためにどうするかという見方ではなく,代わりにやってもらいたい良い行動を増やそうとする視点で考えることが重要だ。本人が状況を理解するために必要な手がかりを増やし,自分の意思を人に伝わりやすい方法で表現することのメリットを感じてもらうためにできる工夫を考え,できそうなものから実践していく(図3)。

図3 環境と個人の相互作用の記述と,環境の工夫の例
図3 環境と個人の相互作用の記述と,環境の工夫の例

発達支援においては,子ども本人だけでなく保護者や家族に対する支援も強調されてきている。子どもにとっての重要な人的環境として,保護者に子どもに対する適切なかかわり方を伝えるペアレントトレーニングのプログラムは一定の成果を上げている。一方で,保護者の行動を中心に考えれば,子どもの行動やパートナーや祖父母の協力体制,社会的な文脈などが環境条件となる。保護者自身が置かれている状況によっては,子どものニーズに合った養育環境を調整することが困難なケースもある。保護者自身が必要としているサポートや,社会資源とのつながりなどのニーズを拾い上げる支援も重要である。保護者が子どもにとって重要な環境であることは事実だが,保護者もまた環境と相互作用する一個人なのである。

家庭内だけでなく,園や学校でコンサルテーションを行う場面もある。保育所や学校などの現場では日常的に子どもたちの対応に奔走しているが,大抵の場合,大人が求めることと子ども本人のしたいことが異なっているときにトラブルが生じる。子どもの不適切行動を減らそうとするのではなく,適切な行動に目を向け,増やそうとするポジティブ行動支援(PBS: positive behavior support)の考え方は,保育や教育現場で活用できる重要な視点である。訪問支援や巡回相談などのコンサルテーションを通して先生たちが日々の子どもたちの適切な行動に目を向け,関わり方を工夫できるようになることを目指す。個別的な対応にとどまらず,クラスや園,学校単位で実施するスクールワイドPBSの取り組みも広がりを見せており,子どもたちの問題行動の低減に大きな成果を上げている[5,6]

支援者の育成においても同じ枠組みが有効である。例えば,子どもに好かれないと嘆く新人セラピストの育成場面を想定してみよう。「そんなことはないよ」と励ますのもよいが,長期的には,セラピスト自身が自分と子どもの相互作用を客観的に分析し,状況を改善する手だてを見出せるようにサポートする必要がある。また,今後も困ったときに相談してもらうためには,相談してよかったと感じるようなフィードバックを行う必要があるだろう。まずは,今できているセラピストの適切な行動を見つけて具体的に伝え,そのうえで改善に向けたアドバイスを行う。指導する際には,具体的な場面を振り返りながら,可能ならばビデオを撮ったり,同席したりして一緒に確認していけるとよい。セラピストの働きかけに対して子どもがどんな行動をするのか,その後セラピストはどのように返すのか,細かく書き出してみるのである。例えばセラピストの言語指示があった際に,子どもは背を向けるような反応を示しており,自分の遊びを継続していたとする。子どもの立場からは,セラピストの指示があっても自分の好む活動を継続することの方がメリットを感じやすい環境であると理解できる。改善に向けては,図3の枠組みを使い,用意するおもちゃを変える,事前に何度か予告をしておく,声のかけ方として短く,視覚的な情報を見せて誘う,楽しそうに盛り上げて誘う,子どもがセラピストに注目できたら即座にほめる,ポイントがもらえるようにする,好きな課題から始める,などの工夫が考えられる。1回でうまくいくとは限らないが,このように分析しながらセラピストの関わりや環境の調整をしていければ,関係性は改善していくだろう。子どもの行動変化を観察しながら継続的に計画を調整するプロセスが実践において重要な成果を生む。

管理職として職場のマネジメントに取り組む際にも,こうした視点が役に立つ。例として,職場でヒヤリハットや事故報告書の提出の数が少ないという事例をあげよう。職員に対して「安全意識を高めるように」と伝えても報告数は増えない。報告書を提出するという行動を増やすためには,行動前後の環境条件を分析して改善点を探る必要がある。分析の結果,報告書のフォーマットが煩雑で記入しづらいこと,改善策まで詳細に書く必要があることが要因となっている可能性や,ヒヤリハットや事故は減らすべきなのだから報告が増えるのは良くないことだという意見があることがわかった。そこで対応策として,ヒヤリハットの報告を行う意義について丁寧な説明を行い,管理職と現場の職員の共通認識をもつことを目指した。また,フォーマットを簡便にして状況の報告と改善策の検討を分けることにした。さらに,報告があった際には毎回職場への貢献として感謝を伝えるようにした。こうした取り組みの結果,報告数は望ましいレベルまで増加し,次の月以降も維持されるようになった。「意識」という概念ではなく,具体的な職員の行動を環境との相互作用とともに捉えることで,問題解決につながった事例である。

徹底的行動主義が提供する5つの価値

ここでは,私自身が実践を通じて感じてきた,徹底的行動主義が現実世界に提供する価値について,5つの観点からお伝えしたい。

1つ目は,基礎研究から臨床や実践を通じた統一的な基礎概念である。応用行動分析学の枠組みは,基礎研究の頑健な行動データに裏打ちされた理論をもとにしており,対人援助や臨床場面の多様な状況に対しても一貫した基本概念を適用することを可能にしている。例えば,経験年数の異なる支援員が集まった場合や,異なるバックグラウンドを持つ専門家(医師,看護師,教師,心理師,作業療法士,言語聴覚士など)が集まった場合でも,客観的かつ具体的なデータや情報を基に議論することで,それぞれの立場を活かしつつも合意可能な支援計画を立てることができる。行動分析的な視点を共通言語として用いることで,支援チームの効率性と一貫性を高め,より包括的で効果的な支援を実現できる。

2つ目は,「環境としての自分」という視点である。この視点は,支援者の自己認識と実践に革命的な変化をもたらす。「学習者は常に正しい」という格言は,この視点を端的に表現している。支援の対象となる人が期待通りの行動をしなかった場合であっても,徹底的行動主義の視点からは,その行動を環境に対する「当然」の反応として理解する。この視点は,支援者自身に大きな責任を自覚させると同時に,自分の働きかけや環境設定を調整することで,相手の行動を変化させる可能性を示す。常に自己の言動を省み,改善する姿勢が養われることは,支援者自身の継続的な成長を促進する倫理的な枠組みとしても働くのである。

3つ目は,多様性の前提である。すべての個人が異なる身体と学習履歴を持つことを前提として行動を観察する。診断名や属性といった情報だけに拠るのではなく,個々人の状態と環境を丁寧に読み解き,それぞれに適した支援を構築する。目の前の一人一人に向き合い,相手のことを「知らない」前提からスタートする関わり方は,他者を最も尊重した関わりと言えるのではないだろうか。

4つ目は,問題の原因を誰のせいにもしないスタンスである。子どもの問題行動に対して,一般的な“心”の見方では子どもの障害や親の愛情不足などに原因を求めがちだ。しかし,徹底的行動主義の視点からは,問題を子どもや親など個人の問題として扱わない。子どもを中心に周りの大人のかかわりを含む環境との相互作用の結果として分析するのと同時に,親もまた環境の影響を受けて行動する存在として捉える。問題の原因を個人に帰属させることなく首尾一貫してシステム全体の改善に焦点を当てたアプローチなのである。

5つ目は,個人のQOLを最大化させる視点である。行動を維持するメリットとして感じる対象が増えることで,日常生活における自発的な行動の幅も広がっていく。例えば,他者に対する興味が育つことで,おやつや玩具など直接的なメリットがない場面でも,ほめられたり,声をかけられたりする他者の関わりによって適切な行動を学ぶことができる。興味を持てるテーマや活動の広がりは,問題行動を減らすだけでなく,人生の余暇や可能性を広げることにもつながる。個人にとっての“嬉しいこと”や“楽しいこと”を増やす支援は,QOLを高め,豊かで自律的な生活に向けたアプローチとなる。

 

以上5つの視点で述べてきたように,徹底的行動主義がもたらす価値は,対人支援の質を高めるだけでなく,人間理解そのものを深め,自分と他者の双方に,新たな可能性と成長の機会を提供している。

おわりに:行動主義と“心”

徹底的行動主義はしばしば「心なき」心理学と誤解されるが,私がこれまでに体感してきたのはきわめて「心ある」アプローチである。その“心”は,環境との相互作用の中で絶えず変化し成長する存在として人間を捉える視点であり,個人攻撃を避け,全体がシステムとして好循環になるよう支援する視点である。この真摯で徹底的な態度は,人間に対する深い“愛”と呼べるのではないかと私は思う。応用行動分析が拓く「心ある」行動主義の実践の広がりは,人としての幸福を追求し,社会全体をより良い方向に導く可能性を秘めている。

文献

  • 1.杉山尚子 (2005) 行動分析学入門:ヒトの行動の思いがけない理由. 集英社新書
  • 2.奥田健次 (2012) メリットの法則:行動分析学・実践編. 集英社新書
  • 3.プライア, K. /河嶋孝・杉山尚子訳 (1998) うまくやるための強化の原理:飼いネコから配偶者まで. 二瓶社
  • 4.近藤鮎子 (2020) 心理学ワールド, 88, 44. https://psych.or.jp/publication/world088/pw21/
  • 5.若林上総他 (2023) 学校全体で取り組む ポジティブ行動支援スタートガイド. 二瓶社
  • 6.徳島県立総合教育センター 特別支援学びの広場 (n.d.) ポジティブ行動支援 パンフレット・リーフレット. https://manabinohiroba.tokushima-ec.ed.jp/3ccf8abe555bf918ea912652b4aaa547/pamphlet
  • *COI:本記事に関連して開示すべき利益相反はない。

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