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この人をたずねて

野中 哲士 氏

野中 哲士 氏
神戸大学大学院人間発達環境学研究科 教授

野中 哲士 氏(のなか てつし)

Profile─野中 哲士 氏
東京大学文学部美学芸術学科卒業,東京大学大学院学際情報学府修了,博士(学際情報学)。専門は生態心理学。2013年に「運動の生物科学」で第22回中山賞奨励賞,2017年に「身体-環境系における柔軟な行為制御の研究」で第14回日本学術振興会賞を受賞。International Society for Ecological PsychologyのBoard Member。著書に『具体の知能』(単著,金子書房),『身体とアフォーダンス』(共著,金子書房)。

野中 哲士氏へのインタビュー

聞き手:木田 千裕

─現在,先生が研究されているテーマについて教えてください。

人と,人だけでなく生きているものが,どうやって環境との関係を作っているかをいろいろなレベルで研究しています。たとえば,赤ちゃんの発達や,職人の技能とかです。

─「どのように技能を身につけていくのか」ということでしょうか?

字を書く技能と発達の関係について調べたことがあります。当初,フランスの先生と国際比較をしようということで,フランスの幼稚園・小学校に行ったのですが,絵と字は「グラフィズム」として同時に習い,ある形を覚えることとそれを生成する手の器用さを覚えることをセットとして字の教育があることに驚きました。一方,日本の小学校では,「はい,指鉛筆をだして〜!」と先生が黒板の前に立って「しゅっ」「ぎゅ」などと,とてもリズムを強調します。そして,子どもたちはひらがなの形は知っているものの,先生と同じ動きを追いかけます。1年生がひらがなを学ぶ授業に入り,字を書いてもらう動きを計測したところ,初めの頃は,とめ・はね・はらいの筆画をすべて止めて,絵のように字を書いていた子どもたちも,毎週追いかけていくと,最後には,筆画の終わり方の速度が人によって分岐してくる。そして,筆画ごとに分析すると,同じ筆画を書くリズムが個人内で一貫してくることがわかりました。字を書くことって,一種のダンスのようなものだなと,僕は思います。

字を書くという技能が習熟するにつれて,いろいろなレベルの動きの自由度が上がっていく。つまり,字を学ぶプロセスに,ある文化圏で共有されている字を書くリズムとして動きの時間構造があるというのは,海外の書字研究にはない面白いところです。

─今まで私自身が行ってきた心理学の手法とは全く異なるアプローチの仕方ですべてが新鮮です。このような研究をどんどん生み出すクリエイティビティが先生から伝わってきますが,研究を始めたきっかけは何でしょうか。

ちょっと異端なんです(笑)。音楽をずっとしていました。大学時代はあまり勉強をしていなくて,もうちょっとしたかったというのがあるかもしれません。

東大の文学部で美学・哲学を専攻していて,美について論じた過去の人の文献を読み込むという作業(学問)と自分とのつながりがわからなかったんです。が,そんなことを論じる立場でないほど大学に行ってなかった(笑)。そして,大学を卒業してミュージシャンになりました。7~8年たった時に佐々木正人先生の本を読んで,「現実の研究」に興味をもって,30歳で研究室に入りました。

佐々木先生は,「何も教えてくれない」良い先生でした。

何が面白いか,何が大事かを共有してくれるだけで,あとは勝手にやってよいというのが,性に合っていました。

修士課程では,赤ちゃんがブロック遊びをする行為や動作を追いかけて,赤ちゃんとブロックの関係がどう変わっていくかを研究しました。赤ちゃんが身の回りの複数のモノを集めたり,まとめたり,どうやってモノの配置換えをしているかという行為の変遷を縦断的に研究している人は誰もいなくて,分析のやり方もやっている人がいないのでわからず。パラダイムのないところに投げ出されたところから,一から組み立てていくというのが研究者としての始まりでした。よくわからない研究をしているのを平気で見守ってくれた佐々木先生にはいくら感謝しても感謝しきれません。

─ミュージシャンから研究の道に進まれるのはかなり異色の経歴です。研究者として舵を切り,海外の研究者とも国際的な研究を数多くされていますが,どのようにつながっていったのでしょうか。

修士の研究が,アメリカの雑誌Ecological Psychologyに載り,国際学会で発表して,こんな変な研究を気に留めてくださった先生がいました。それが,フランスのブリル先生との出会いでした。彼女は,赤ちゃんの運搬方法(おんぶ,抱っこなど)についての研究で文化人類学のPh.D.を取ったあとに,赤ちゃんの歩行や道具の使用に関する研究で発達心理学に転向された方でした。そんな彼女に「考古学者や脳科学者と一緒に,人間の道具使用と言語の起源を探るプロジェクトをやるから,ポスドクでフランスに来ないか」と声をかけていただきました。そこで日本とは全く異なる学問の組み合わせを目の当たりにして驚きました。

─いわゆる,学際研究を重視しているということでしょうか。

そうです。いろいろな異なる分野の研究者が共同して行うプロジェクトに突っ込まれて,道具を用いた技能の習得に関する研究につながるわけです。心理学者は,どちらかというとクローズドな感じがありますが,僕からするとフランスの考古学者・人類学者は非常にオープンマインドに見えたんですね。

─先の話でもありましたが,パラダイムがないところを開拓したり,異分野の方と学際研究をするというのは,非常に挑戦的な試みに見えます。その中で大事にされていることはありますか。

世界の中で,研究されていること,人の足跡があるところは本当にわずかです。まだまだ未開の地,わからないことだらけの壮大さにビビっているところがあります。その気持ちは大事にしていたいです。あとは,言葉をできるだけ正確に使いたいと思っています。(アフォーダンス理論を提唱した)ギブソンという心理学者は,たとえば,「人間と人間」「動物と動物」という関係でしか「インタラクション」という言葉を使わないんです。人間が環境に働きかけるアクションと,環境から人間に作用するアクションが質的に全く異なることが,「環境と人間のインタラクション」と言ってしまっては見えなくなってしまうと。とりわけ,心理学が社会に知見を還元していく場面では,おそらく,慎重に言葉を吟味して,正確に表していくことがきわめて大事になってくるのではないかと思っています。

─最後に,高校生や研究を目指す学生・若手研究者に向けたメッセージをお願いします。

人は間違えます。自分も間違えるし,本に書かれていることも,えらい先生が言っていることも間違っているかもしれない。「全員間違っているかもしれないから確かめよう」というところから始めるのが科学だと思います。権威とかを「間違ってるんじゃないの?」と反体制というかパンクの目線で見てみるのは面白いですよ。

聞き手はこの人

インタビュアー:きだ ちひろ

インタビューを終えて

初めてのインタビューという大仕事に一抹の不安を抱きながらスタートした研究室訪問。野中先生の柔らかい人柄のおかげで,そんな不安は杞憂に終わり,研究への熱い想いをうかがうひとときは,なんとも贅沢で,実りある一日でした(ギリシャのブズーキという楽器を奏でていただいたリサイタルつき)。記事で紹介した研究以外でも,動画やスライドを用いて研究を真摯に語る姿は,研究者としてのこれからについて今まさにいろいろな壁に直面している私の心を強く揺さぶるものがありました。

私自身は障害者に対する差別や偏見の研究に従事してきました。障害をめぐる問題に向き合うにつれ,研究の知見が当事者に一体何の役に立つのだろうと,時に無力感を抱き,知見を発信することがかえって,差別・偏見を助長しているのではないかと不安になることもありました。そんな中,「世界を見渡したいと思っても,日常の中で見えるものもできることも限られている。『何かが起こる』ことは予期できないから面白いのであって,私たちの経験やこれから先の時間経過が計り知れないほど大きいという恐れをもつことも大事」という言葉に,胸の支えも軽くなり救われた気がします。このような貴重な機会を頂戴し,本当にありがとうございました。

Profile─きだ ちひろ
大阪公立大学国際基幹教育機構高等教育研究開発センター 特任助教。博士(学術)。専門は社会心理学。共著論文に「社会的支配志向性が身体障害者に対する支援的態度に及ぼす影響」『社会心理学研究』39, 87–96, 2023など。

きだ ちひろ

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