剣道と私の半生
三船 恒裕(みふね のぶひろ)
Profile─三船 恒裕
博士(文学)。専門は社会心理学,進化心理学。著書に『広がる!進化心理学』『進化でわかる人間行動の事典』(ともに分担執筆,朝倉書店)。
娘が塾に向かうと同時に,いそいそとトレーニングウエアに着替え,ジムで筋トレに励む。さぞや筋肉が好きなんだと思われてしまいそうですが,違います。目的は剣道です。剣道が強くなりたい。いまだにそう思っています。
小学校入学から高校卒業まで,私の人生は剣道一色でした。小学校3年生頃から本格化した練習は,中学生の頃には「ひどい」ことになりました。朝練習し,学校に行って部活で練習し,さらに道場で練習という日もありました。週に9回や10回も練習していましたから,この頃は本当に剣道が嫌いでした。父に連れられてあっちで練習,こっちで練習。なんでこんなにやらないといけないのか,そう思っていました。ただ,その練習のおかげで少しは強くもなり,市の大会で優勝したりして,剣道の強い高校へ進学しました。この頃はなんとなく,私は剣道で生きていくのかなと思っていました。
人生の転機は高校3年生のときに訪れました。それなりに強くなっていた私はついに国体の北海道代表選手に選ばれ,初めて全国レベルの大会に出場しました。遠征や本番の試合で全国上位レベルの選手と竹刀を交え,その強さに衝撃を受け,挫折しました。ああ,俺は剣道で生きていくのは無理だろう。そう思った私は剣道での大学推薦の話も断り,勉強して生きていくしかないと決意しました。そう決意したときにはセンター試験の申し込み期日を過ぎていたので,われながら遅すぎると思ったことをよく覚えています。
剣道は先読みの競技です。相手が打ち始める前に予測したり,あるいは相手を自分の予測通りに動かしたりすることが勝利へとつながります。それには相手の「こころ」を読む必要があります。それが理由だったのか,あるいは将来への不安やアイデンティティ拡散が原因だったのか,なんとなく心理学を学んでみようという気持ちになりました。いろいろと調べ,社会心理学科のある東洋大学を受験し,なんとか合格しました(補欠だったと記憶しています)。そこからも紆余曲折や挫折を経験しながら,北大の大学院から神戸大での学振PD,そして現職に就くことができました。その間,数年剣道ができない時期もありましたが,それでもなんとか続けてきました。あれだけ嫌いだった剣道も「やるもやらないも自由」となるとやりたくなるんですよね。不思議なものです。
今は所属大学の剣道部にお邪魔しています。平日は行けないので土曜日か日曜日,それも出張などで行けないことも多いので,練習できるのは月に1回か2回くらいです。練習は可能な限り学生と同じメニューをこなしますが,体力的に続かなくなることが多いです。先日は合宿にも少し参加して,打ち込みやら追い込みやらをやったら(結構つらいタイプの練習法です),太ももの裏に内出血ができました。打撲ではなく,どうやら筋肉の動きに無理がかかったためと推測しています。身体の衰えを実感します。
部活だけでは練習不足なので,家やジムでのトレーニングで補完しています。1時間くらい時間ができそうだと思ったら家で素振り用の竹刀や木刀で千本くらい素振りしたり,2時間くらいならジムに行って筋トレとランニングをしたり。それでも防具をつけての練習にはかないません。もう少し練習できたらいいなと思う日々です。
子どもの頃はあんなに嫌いだった剣道,今ではとても楽しいのです。偉そうに大学生に教えてみたり,コーチと一緒に剣道談義に花を咲かせたり。研究とは全く異なる人間関係があること,研究とは別次元で能力を伸ばそうと思えることがあること,それが私の精神的健康を支える一助となっている気がしています。中学生の頃は全く感じませんでしたが,今ではこういう素地を育てるために多大な尽力をしてくれた親に感謝しています。今はまだ四段しか持っていません。七段とは言いませんが,六段までは取りたいなと思いつつ,稽古に励む日々です。
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