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日本心理学会 会員の方

国際共同研究のすすめ

日本心理学会 国際委員会 (JPA Committee on International Affairs)

(初回掲載:2025年2月4日)



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国際共同研究のすすめ

日本心理学会国際委員会 (JPA Committee on International Affairs) は,心理学の発展を目指した各国間の国際的な協力や,会員のグローバルな活躍を支援することを目的とした各種の活動を行っています。それらの活動のひとつが,国際共同研究の推進です。

この「国際共同研究のすすめ」は,国際共同研究にこれから初めて取り組む,あるいはまだ経験の浅い方々に向けたガイドラインです。「興味はあるけれども,どこから手をつけたらよいのか?」「とりあえず始めてみたものの,これで大丈夫だろうか?」といった疑問や懸念を解消し,効率的・効果的に取り組むことができるよう,サポートすることを目指しています。

1. 国際共同研究のメリットとは

このガイドブックでは,異なる国や地域に位置する大学・研究所に所属する研究者たちが,共通する目的のもとで協力して取り組む研究プロジェクトのことを「国際共同研究」と呼びます。

国際共同研究に取り組むことのメリットには,さまざまなものがあります。


  • ・異なる国・地域に暮らす人々やコミュニティに関し,新たな心理学的知見を得られます。従来,心理学において研究対象者がWEIRD (Western, Educated, Industrialized, Rich, and Democratic) と称される欧米中心のサンプルに偏りがちであり,多様性に欠けるという問題が指摘されてきました。日本にベースを置く研究者が国際共同研究を行い,日本文化や日本人サンプルから得られたデータを提供することによって,結果として心理学領域の多様性とグローバル化の促進に貢献できます。
  • ・異なる国・地域で既に得られた研究成果の外的妥当性を確認したり,その適用範囲を広げたりすることができます。
  • ・グローバル規模で取り組むべき問題の発見および解決のために協力し,貢献できます。
  • ・多様なバックグラウンドと視点をもつ研究者同士が情報や意見を交換することにより,視野を広げる・発想を転換する等の相乗効果が生じ,研究活動にブレイクスルーをもたらすことができます。

2. 国際共同研究を始めるには

国際共同研究を始めるには,まず「相手」を見つける必要があります。「相手」選びにおいては,Where(どの国・地域か)とWho(どのような研究者か)を検討することが大切です。とくに,下記のポイントをよく考慮しましょう。


  • ・相手と自分が協力することによって,どのような意義のある成果を生み出せるか?
  • ・相手と自分の双方にとって,どのようなメリットがあるか?
  • ・相手と自分はそれぞれどのような強みを持って,研究プロジェクトに貢献するか?
  • ・相手と自分は,どのようにコミュニケーションを取り,共同作業を進めるか?

Where(どの国・地域か)とWho(どのような研究者か)について見極めがついたら,具体的に共同研究相手を探し始めましょう。はじめから大きなプロジェクトを企画するよりも,まずは小規模にスタートし,しだいに拡大していくことをお勧めします。

共同研究の相手の探し方には,いくつかの方法があります。

インターネットを通じて探す。

学学術誌に掲載された論文には,たいていCorresponding Authorの連絡先(メールアドレス)が記載されていますので,自分が関心を持った論文の著者にコンタクトを取ることができます。また,ResearchGate (https://www.researchgate.net/) などの研究者コミュニティ・サイトでは,世界中の研究者情報を検索でき,コンタクト・フォームから連絡を取ることも可能です。

国際的な学術大会や研究集会に参加する。

国際学会やグローバルな研究コミュニティが,年次大会や集会を開催することがあります。このような場に参加することで,さまざまな国・地域の研究者と交流することができます。自分と同じような研究関心を持った相手が見つかったなら,連絡先を交換し,共同研究のアイディアについて話し合うきっかけをつくるとよいでしょう。

国際的なプロジェクトに応募する。

近年,世界中の国々からデータを集める大規模な国際比較研究や,多数の研究所が協力する事前登録追試 (multilab preregistered replication)が実施されることがあります。こうした国際的なプロジェクトの主催者に連絡を取ったり,また協力募集の告知に応募したりすることができます。こうした大規模プロジェクトの主催者は研究経験が豊富であり,実施手続きを綿密に整えているので,参加することを通じて多くのノウハウを学ぶことができるでしょう。大規模な海外学会の会員になると,会員向けの案内として国際的プロジェクトの協力募集が告知されることがあります。

学会を通じたコネクションを活用する。

日本心理学会は,他国の心理学会との幅広い協力関係を有しています。たとえば,米国心理学会 (American Psychological Association; APA) とは,国際共同研究の推進のために,たがいに共通する関心をもつ研究者同士がつながることができる会員サービスの開始に向けて準備を進めています。また,韓国心理学会 (Korean Psychological Association; KPA) と中国心理学会 (Chinese Psychological Society; CPS) と連携し,各国間の協力関係を促進することを目指して,日中韓三カ国シンポジウムを毎年開催しています。これらの学会の提供する機会を通じて,他国の研せ者と知り合い,共同研究が始まることもあります。

身近な経験者に相談する。

これからキャリアを築こうとしている大学院生や若手研究者の場合は,自身の研究領域で国際共同研究によく取り組んでいる方々に,まず相談してみるとよいでしょう。経験者から貴重な体験談やアドバイスを聴くことができたり,適切な共同研究となりうる相手を紹介してもらえたりする可能性もあります。

3. 国際共同研究で注意すべきこととは

研究の進め方について事前に合意形成する。

国際的なプロジェクトに限りませんが,共同研究を始める際には,誰が責任を持つか,それぞれの役割分担をどうするか,研究成果をどのように発表するかといった点について,事前にきちんと交渉し,合意形成をしておくことが大切です。それぞれの国において,研究に対する姿勢や取り組み方,入手できるリソースが異なるという可能性を念頭におきながら,交渉することを心がけましょう。自国のやり方が当たり前という考え方では,上手くいかないことがあります。

以下に,トラブルの発生しやすい事項を挙げます。

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  • とくに,役割分担については「誰がどこから研究資金を確保するか」「誰が責任を持ってデータの収集や保管を行うか?」という2点が重要事項となります。共同研究における役割分担(およびContributionとしての論文表記のしかた)については,こちらの用語集 (https://credit.niso.org/contributor-roles-defined/) が参考になります。

    これらの事項について研究者間で合意しておくことにより,問題を未然に防ぎ,円滑にプロジェクトを進めることができます。できれば国際共同研究を始める前に,上記の事項について合意ができているかをチェック☑しましょう。すでに開始している研究プロジェクトの場合であっても,もし未合意の事項があるなら,早期に話し合って取り決めをすることをお勧めします。


    相手国側の人々やコミュニティについて理解を深める。

    国際共同研究プロジェクトの計画や遂行のプロセスにおいては,相手国側の人々やコミュニティについてできるかぎり情報を得て,理解を深めることが大切です。先行研究等の文献から情報を得ることもできますが,何よりも貴重な情報源になるのは,現地で生活をしている共同研究相手です。研究計画の段階で仮説を導くとき,あるいはデータ収集のための手続きや設問を考案するときなど,その内容が相手国側の人々やコミュニティにとって違和感がなく,適切なものになっているかどうか,共同研究相手から率直な意見を得て,適宜調整するようにしましょう。自分自身で相手側の国や地域を訪問してみることもお勧めします。共同研究相手と直接対面してじっくりと議論でき,また現地を案内してもらう貴重な体験も得られます。現地の人々と交流し,そのコミュニティと生活環境を肌で感じることを通じて,より理解が深まり,研究プロジェクトがさらに発展するきっかけとなることでしょう。

    知見を一般化できる範囲に留意する。

    国際共同研究として複数の国や地域からデータを収集したとしても,その知見が世界中のすべての人々の心理にあてはまるとは,当然ながら言えません。その研究プロジェクトで集めたサンプル(参加者)が,どのような人々を代表しているのかについて留意しつつ,得られたデータが説明できる範囲を考慮することが大切です。たとえば,日本と米国からそれぞれ「大都市の私立大学に通う大学生」をサンプルとしてデータ収集を行った場合,それらのサンプルは各国における「裕福な家庭環境に育った高学歴な若者層」を代表していると言えるでしょうが,日本人全体・米国人全体をどこまで代表していると言えるのかについては注意する必要があります。その研究プロジェクトがどのような心理現象を扱うのか(文化的背景を含むデモグラフィック変数に影響を受けやすい現象かどうか)という点も考慮にいれながら,知見を一般化できる範囲をよく検討しましょう。

    文化的多様性を重視する。

    上記にも関連することですが,国際共同研究においては,文化的多様性を重視しながらプロジェクトを計画・遂行することが大切です。また,研究から得られた結果から解釈や結論を導くときにも,多様な人々の存在を尊重するように心がけましょう。国際比較研究においては「東アジア文化 vs. 欧米文化」の違いに注目が集まりやすい傾向があります。一方で,各文化圏内に含まれる多様性や,上記2つの文化圏に含まれない国・地域における多様性は,比較的に関心を集めにくい現状があります。たとえば,東アジア文化圏の中には,日本の他にも,韓国や中国などの国々があり,それぞれに特色のある文化と人々が存在しています。これらの東アジア文化圏の中で複数の国・地域からデータを収集して共通点や相違点を検討することも,意義のある取り組みとなるでしょう。また,東洋 vs. 西洋という構造に含まれない国や地域(中東・アフリカ・中南米など)は,これまで心理学研究のデータ収集対象となることが比較的に少なかったという経緯があります。グローバルな視点から人間心理の理解や問題解決を進めるためには,こうした幅広い多様性を包含する研究プロジェクトが大きな意義を持つことでしょう。

    相手側の研究の進め方に寛容になる。

    研究者自身も,各自の文化の影響を受けています。日本のやりかたが当たり前と思っていると,戸惑うこともあるでしょう。たとえば,相手国と時差があったり,17時以降や週末には連絡やミーティングを行わない相手だったりした場合,打ち合わせの時間を見つけにくいこともあります。指導教員と学生の関係性や責任の所在などについて,日本と異なる考え方をする場合もあるでしょう。言語の違いはもちろんのこと,コミュニケーションの取りかたにも異なる点があるかもしれません。大切なのは,「おたがいさま」という認識を持つことです。研究の進め方の違いについて互いに寛容に受けとめ,多様性のある研究チームだからこそ得られる貴重な経験として今後に活かしてもらいたいと思います。

まとめ

上記では,国際共同研究にこれから初めて取り組む,あるいはまだ経験の浅い方々に向けたガイドラインを提供しました。国際的なネットワークを広げ,共同研究に効率的・効果的に取り組み,実り多い研究成果を得るための一助となれば幸いです。

ただし,これはあくまでも「ガイドライン」,すなわち大枠としての指針です。すべての研究プロジェクトに必ずあてはまるとは限りません。また,絶対に遵守すべきルールというわけでもありません。ですから,ここで呈示した情報やアドバイスを参照しつつ,それぞれの状況にあわせて柔軟に対応することをお勧めします。

参照情報

本稿の作成にあたり,下記Webサイト情報を参照しました。

American Psychological Association “Engaging in international collaborative research” <https://www.apa.org/international/resources/publications/research>

また,国際共同研究の豊富な経験を有するDr. Kuba Krys, Institute of Psychology, Polish Academy of SciencesおよびCulture & Multilingualism Labs, Concordia Universityからも情報提供を受けています。記して感謝いたします。