公益社団法人 日本心理学会

詳細検索

心理学ワールド 絞込み


号 ~

執筆・投稿の手びき 絞込み

MENU

刊行物

【小特集】

攻撃性と腸内細菌叢の関係を探る

高橋阿貴
筑波大学人間系 准教授

高橋阿貴(たかはし あき)

Profile─高橋阿貴
総合研究大学院大学生命科学研究科遺伝学専攻博士課程修了。博士(理学)。2019年より現職。専門は行動神経生物学。代表論文にLateral habenula glutamatergic neurons projecting to the dorsal raphe nucleus promote aggressive arousal in mice. Nat Commun, 13, 4039, 2022など。

はじめに

「腹が立つ」「腸が煮えくり返る」「腹の虫がおさまらない」など,怒りの表現にはなぜか,腹や腸が多く登場します。もしかしたら,昔の人は経験的に,腸の働きが怒りの感情と関係することを,分かっていたのでしょうか。

近年,さまざまな研究から,腸内に棲みついている腸内細菌叢(腸内フローラ)が,私たち自身の代謝や生理応答に影響するだけでなく,実は多くの行動特性(性格)にも影響を与えうることが分かってきました。それどころか,自閉スペクトラム症やうつ病などの精神疾患にまで関与することが示されてきています。本稿では,腸内細菌叢と攻撃性の関係について,これまでの知見から分かってきていることを紹介します。

攻撃性の高い個体と低い個体は,腸内細菌叢に違いがある?

腸内細菌叢とは,私たちの腸の中に棲みついている約40兆個もの微生物集団[1]のことで,そこには500~1000種類くらいの多様な微生物が集まっています。この腸内細菌叢の構成,つまり棲みついている微生物の種類や割合は,誰一人全く同じ人はいません。このような多様な腸内細菌叢が,もしかしたら攻撃性の個体差と関係するのではないか。そんな研究が行われてきています。

アメリカンピットブルテリアという犬種は,イヌの中では攻撃性が比較的高い品種として知られています。ただ,同じピットブルでも攻撃性の高い個体もいれば,攻撃性の高くない個体も存在します。このような攻撃性の個体差に,腸内細菌叢が関与しているかを調べるために,これらの個体の糞便から腸内細菌叢解析(どんな種類の微生物がどれくらいの割合ずつ存在するか)を行ったところ,攻撃性の高い群と低い群では腸内細菌叢の構成が異なることが分かったのです[2]

図1 長日環境と短日環境で飼育されたハムスターの腸内細菌叢と攻撃行動
図1 長日環境と短日環境で飼育されたハムスターの腸内細菌叢と攻撃行動

また,ジャンガリアンハムスターは,季節により見た目や行動特性が変動することが知られています。例えば,日が長い夏には毛色が茶褐色(アグーチ)なのが,日が短い冬には白くなり,攻撃性も夏は比較的穏やかな性格なのに対し,冬には攻撃的になります。このような季節性攻撃性は,ジャンガリアンハムスターを飼育する日照時間を変えることで生じさせることができ,短日環境で飼育すると攻撃性が高くなります。

このように日照時間を変えて飼育したジャンガリアンハムスターは,糞便中の腸内細菌叢の構成にも違いが生じていることが分かりました。それどころか,短日環境で飼育した個体(攻撃高)に対し,長日環境で飼育した個体(攻撃低)の腸内細菌叢を移植すると,攻撃性が低下することも分かりました(図1)[3]。つまり,長日環境で飼育された個体の腸内細菌叢には,攻撃性を低下させるような腸内細菌が存在すると考えられるのです。

腸内細菌叢がなくなると,攻撃的になる?

それでは,腸内細菌叢をなくしてしまうようなことをしたら,攻撃性に変化が生ずるのでしょうか。それを調べるために,生まれる前からアイソレーターという特別な無菌環境で飼育されてきた「無菌マウス」を用いて,攻撃行動の研究が行われました[4]

図2 無菌マウスの攻撃性と腸内細菌叢移植の効果
図2 無菌マウスの攻撃性と腸内細菌叢移植の効果

無菌状態で育ったマウスは,腸の中にも腸内細菌叢が全く棲みついていない状態のまま,成体になります。このような無菌マウスの攻撃性を調べてみると,通常の腸内細菌反を持っている同じ系統のマウスと比較して,攻撃行動を示す個体の割合が増加していました。さらに,無菌マウスに通常マウスの腸内細菌叢を移植すると,攻撃行動の昂進を抑えることができました。ただし,それは移植する時期が重要で,無菌マウスが生まれてすぐの時期や,性成熟前の時期(生後6週齢)に腸内細菌叢を移植すると攻撃性が低下するのに対し,成体期(10週齢)になってから移植をしても,攻撃行動は高いままでした(図2)。つまり,攻撃性の脳腸相関には敏感期のようなものが存在していて,その時期までに腸内細菌叢が存在しないと,攻撃性が昂進すると考えられます。

無菌マウスのように特別な環境で飼育しなくても,腸内細菌叢をなくすことができる薬があります。それが抗生物質です。抗生物質投与により攻撃行動が変化することが,ショウジョウバエやハムスター,マウスなどで報告されてきています。ただし,必ずしも抗生物質投与で攻撃性が増加するわけではなく,逆に攻撃性が低下するという報告も存在しており,動物種や性別,抗生物質の種類,抗生物質投与の時期などによって,その影響は単純ではないと言えそうです[5]~[9]

ヒトの攻撃性と腸内細菌叢

ここまで,さまざまな動物において,腸内細菌叢と攻撃性の関係性が示されていることを見てきましたが,それでは,私たちヒトの攻撃性と腸内細菌叢の関係については,何か分かっているのでしょうか。現状として,ヒトでの知見はあまり存在していませんが,関連を示唆する研究も少しだけ存在します。統合失調症患者を対象として,攻撃性の高い集団と高くない集団に分けて糞便中の腸内細菌叢解析を行った研究では,攻撃性の異なる集団間で腸内細菌叢の構成に違いがあることが示されました。とくに攻撃性の高い集団ではPrevotella(プレボテラ)属の細菌が多く存在し,攻撃性の低い集団ではBlautia(ブラウティア)属やBifidobacterium(ビフィドバクテリウム)属などの細菌が多く存在していました[10]

ちなみに,みなさん聞いたことがあるであろうビフィズス菌は,Bifidobacterium属に属する菌のことを指します。さらに,攻撃性の高い集団は,急性炎症応答に関わるC反応性タンパク質(CRP)や炎症性サイトカインのTNFαが血中で増加しており,また腸内の酢酸や酪酸などの短鎖脂肪酸の量にも違いが見つかりました。攻撃性高群と低群で差が見られた腸内細菌は,それらの炎症マーカーや短鎖脂肪酸量と相関関係を示していたことから,腸内細菌叢は免疫系の働きや,代謝産物としての短鎖脂肪酸などに影響を与えることで,攻撃性に影響する可能性が示されています。

おわりに

これまで蓄積されてきている研究から,攻撃性と腸内細菌叢には何らかの関係があると言って間違いなさそうです。ただ,多様な腸内細菌叢の中のどの細菌が攻撃性に関わるのかを見つけることができた研究は,まだショウジョウバエに限られています。また,腸内細菌叢がどのような作用機序を介して脳に作用することで攻撃性に影響を与えるのか,という点については全く分かっていません。

私たちの研究室では,マウスを用いてこれらの問いを明らかにするためのアプローチを進めています。このような攻撃性に関わる脳腸相関メカニズムを明らかにすることができれば,将来的に,もしかしたらイライラした気分を抑えてくれるようなサプリメントとかヨーグルトなどの開発につながるかもしれません。

文献

  • 1. Rosenberg, E. (2024) NPJ Biofilms Microbiomes, 10, 134.
  • 2. Kirchoff, N. S. et al. (2019) PeerJ, 7, e6103.
  • 3. Shor, E. K. et al. (2022) J Biol Rhythms, 37, 296–309.
  • 4. Watanabe, N. et al. (2021) Neurosci Res, 168, 95–99.
  • 5. Jia, Y. et al. (2021) Nat Commun, 12, 2698.
  • 6. Sylvia, K. et al. (2017) Brian Behav Immun, 60, 51–62.
  • 7. Grinberg, M. et al. (2022) iScience, 25, 104371.
  • 8. Leclercq, S. et al. (2017) Nat Commun, 8, 15062.
  • 9. Uzan–Yulzari, A. et al. (2024) Brain Behav Immun, 122, 301–312.
  • 10. Deng, H. et al. (2022) BMC Psychiatry, 22, 629.
  • *COI:本記事に関連して開示すべき利益相反はない。

PDFをダウンロード

1