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脳波のロマン ─脳波研究のはじまりと,私の研究の現在

橋本久美
札幌国際大学人文学部 教授

橋本久美(はしもと ひさみ)

Profile─橋本久美
北海道医療大学大学院看護福祉学研究科博士課程単位取得退学。専門は臨床心理学。2006年,札幌国際大学に入職,2017年より現職。日本学術振興会「ひらめき☆ときめきサイエンス~ようこそ大学の研究室へ」2015~2020年度採択,テレビのバラエティ番組に脳波測定で出演。

ハンス・ベルガーと脳波研究のはじまり

ハンス・ベルガーは1873年にドイツで生まれた精神科医で,脳の電気活動について研究していた人物です。若い頃,馬から落ちて大けがをした際,妹が遠く離れた場所にいたにもかかわらず,兄の身に「何かあった」と直感的に感じたという不思議な体験をしました。この出来事をきっかけに,ベルガーは「人の思いは伝わるのか?」という“思念伝達”に関心を持つようになります。その後,彼は「心」と「脳」の関係を科学的に探究するようになり,1924年には世界で初めて人間の脳波を記録することに成功しました。これは,脳が電気的な活動をしていることを示す画期的な発見です。

ベルガーの研究は当時の科学的常識から外れているという批判もあり,当初あまり注目されませんでしたが,晩年になって彼の業績の重要性が認められ,彼は脳研究の歴史に欠かせない存在となりました。現在では脳波研究の先駆者として広く知られています[1]

現代の脳活動の測定方法と脳波の特徴

現在では,脳の働きを調べるためにさまざまな方法が使われています。たとえば,fMRI(機能的磁気共鳴画像)は脳の血流の変化を画像としてとらえる方法,PET(陽電子断層画像)は脳の代謝活動を調べる方法,fNIRS(機能的近赤外分光法)は近赤外線を使って脳の血液の動きを測定する方法,MEG(脳磁図)は脳の磁気的な活動をとらえる方法です。

その中でも脳波(EEG)は,脳の神経細胞が出す電気的な信号をミリ秒単位でとらえることができるため,非常に細かい時間の変化を観察できます。また,頭を固定する必要がないため,体の動きを妨げずに測定できます(図1・図2)。さらに,装置を持ち運べるため,実験室の外でも脳の働きを測定することが可能です[2]

図1 簡易型脳波計を用いた測定
図1 簡易型脳波計を用いた測定
額と耳たぶ(写真では見えていない)にセンサーを装着している。
図2 測定結果の表示画面
図2 測定結果の表示画面

唾液と脳波からわかること

私はもともと,唾液に含まれる「ドーパミン」「セロトニン」「コルチゾール」といった生化学成分と,人の性格(パーソナリティ)や心理的ストレスとの関係を調べる研究を行っていました。唾液は非侵襲的(身体に傷をつけないよう)に採取できるため,身体および心理的状態を手軽に把握する手段として注目されています。唾液中の成分を分析することによってストレスの程度や健康状態をある程度客観的にとらえることが可能です。

私はこうした研究を進めていましたが,ある学会で前頭葉の活動だけを測定できる簡易型の脳波計に出会いました。小型で持ち運びも容易なその装置は,脳の活動をリアルタイムで確認できるというもので,デモンストレーションを見た瞬間,「脳の働きをこんなに手軽に調べられるなんて!」と驚き,この出会いをきっかけに,脳波を用いた研究にも関心が広がっていきました。唾液成分による心理状態の把握に加え,脳波という新たな指標を取り入れることで,より多角的に人の心の動きをとらえられるのではないかと考えるようになったのです。

私の研究では,前頭部にセンサーを装着し,前頭葉のα波,β波,θ波を測定しています。α波は10Hz前後の電位で標準的な速さとされ,β波は8~13Hzなので速波と呼ばれます。θ波は0.5~3Hzなので,遅波と呼ばれます。

唾液には,気分やストレスに関係する成分が含まれていますが,これらは「末梢系」と呼ばれ,脳や脊髄以外の体全体の神経系に関係する反応物質です。一方,脳波は「中枢系」と呼ばれる脳や脊髄の活動を示しますが,何かを感じたり考えたりした際に,瞬時に身体へ指令を送る役割を担っています。唾液はその身体的反応を外部から把握する手がかりとなり,脳波はその反応の“出発点”をとらえる手段となるのです。唾液と脳波の両方を測定し,その結果を統合的に解釈することで,瞬間的な反応と長期的に継続するストレス反応との違いを明らかにできるのではないか─そんな仮説が浮かびました。

私の研究の現在

私が担当している「神経・生理心理学」という科目では,中枢神経系と末梢神経系の両方について学びますが,実際の測定データを用いて,心と身体のつながりを体感的に理解することを重視しています。特に,脳波測定を通じて得られる自分の脳の動きについてのフィードバックは,学生たちにとって非常に新鮮で興味深い体験となっています。脳波フィードバックは,ストレスの回復時間や学習スタイルの傾向を把握する手がかりとなり,集中力が高まるタイミングやリラックスを促す環境要因の特定など,個々に応じた具体的な助言ができ,学生にとって行動や習慣を見直すきっかけにもなり,日常生活の質を高める実践的なツールとして活用されています。

最近では,テレビ番組に出演する機会もあり,番組内では,会話中のタレントさんの脳波をリアルタイムで測定し,その変化についての解釈をコメントしました。会話の内容が脳に直接的な刺激を与え,それが脳波として大きく表現される様子は非常に明確で,視聴者にもその面白さが伝わったのではないかと思います。脳波は,感情の揺れや思考の変化を可視化する手段として,エンターテインメントの分野でも応用が可能ではないでしょうか。

ベルガーが初めて脳波を記録してから100年が経過しました。技術は進化し,測定機器は小型化・高精度化を遂げ,私たちは今や日常的な場面でも脳波を活用できる時代に生きています。それでもなお,「脳波で何がわかるのか」という問いは尽きることがありません。

文献

  • 1.Sanders, L. (2021, July 6) How Hans Berger’s quest for telepathy spurred modern brain science. Science News. https://www.sciencenews.org/article/hans-berger-telepathy-neuroscience-brain-eeg
  • 2.阿部高志 (2017) 中枢活動1:脳波.堀忠雄・尾崎久記監修/坂田省吾・山田冨美雄編集,生理心理学と精神生理学 第1巻:基礎(p.111).北大路書房

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