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こころの測り方
こころで捉える味覚と嗅覚

小早川 達(こばやかわ たつ)
Profile─小早川 達
博士(工学)。2020年より現職。専門は味覚と嗅覚の人間工学。筆頭論文にSensors and Actuators A: Physical, 391, 116632, 2025など。
今回「こころの測り方」という大きなテーマを頂いた。筆者は自身を「味嗅覚の知覚の研究者」と自認しているので「こころ」という途方もないテーマについて何かを書くことはさすがに身に余る。もう少し小さいテーマとして,自覚がある(意識上)と無自覚(意識下)という観点から,味覚や嗅覚の現象を捉えていきたい。
一つの研究例として,味覚の自覚的な強度(内省強度)について述べたい。内省強度とは言うまでもなく,自覚的に感じた強さであり,私たちはたいてい,無味(0),かろうじて分かる(1),弱い(2),楽に分かる(3),強い(4),強烈(5)というラベルが付けられたVAS(visual analog scale)を用いて,実験参加者の応答を記録する。例えば今,提示した食塩の強さはこの評価軸でいうとどの程度ですか?と尋ね,VAS上にマークを付けてもらう,といった評価法である。筆者は以前,味覚の脳機能計測を行っていた。その時の目標は「ヒトの味覚一次野(味覚情報を最初に処理する脳部位)の同定」であった。この味覚一次野の同定のためには計測された脳応答が一次野由来かについて,多角的な検証が必要である。その一つとして味覚一次野の活動の濃度依存性があった[1]。
これは他の感覚(視覚,聴覚,触覚)の一次野の応答が外部刺激の大きさに対応して増加するという事実があり,味覚においても同様な機構があるだろう,という仮定が基になっている。そこで実際0.03,0.10,0.3,1mol/Lの4段階濃度の食塩水を用意し脳磁場計測を行い,刺激呈示後100ミリ秒前後に起こる最初の脳活動の大きさを求めた(図1)。この図から最初の活動は濃度の対数値に対して,線形に活動量が増加していることが分かる。刺激提示ごとに参加者に対して,VASで内省強度を示してもらった結果が図2である。この図では実験参加者は0.3mol/Lの食塩水の強度が1mol/Lの食塩水の強度と変わらなかった。
通常の刺激方法(全口腔法:口の中全体に味覚刺激を提示)であれば,0.3mol/Lと1mol/Lの食塩水の強度が同一ということはないが,この実験では事象関連応答を正確に測定するために幅2mm長さ7mm程度の穴によって舌の先端の一部を刺激することで時間精度を高めており,この刺激方法が前述の0.3mol/Lと1mol/Lの強度がほぼ同一という結果を生んだと考えている。一方で味覚一次野の応答は厳密に濃度依存であった。つまり内省強度評定は意識上の判断であり2つの濃度に対して同程度の自覚強度であるが,意識下では差が認識できていたことを意味する。このように味覚一次野の応答は入力される味覚刺激に忠実に従うものであると考えていた。
しかしながらこの考え方を覆させられる事態(実験結果)が発生する。これは私たちが味覚と嗅覚の相互作用を調べるために同時性判断を行った時のことである。味嗅覚で両者がマッチしている条件(嗅覚刺激:醤油香り,味覚刺激:0.3mol/L食塩水)で同時判断課題を行い,味覚,嗅覚のそれぞれの事象関連電位計測を行った[2]。味覚の事象関連電位において味覚一次野の応答に相当する時間における活動量に有意差が生じていた(図3)。同時と判断した際の事象関連電位の振幅が同時でないと判断したときの振幅と比較して有意に小さくなった。非同時と判断した際の振幅は,同時非同時判断を課せられていないときの振幅と同等であり,同時判断時は味覚の一次活動が抑制されていることが分かった。当時相互作用は高次野で起こると考えていたため,この結果には驚かされた。追試も行ったが結果は変わらなかった。
そこでこの現象が起こる機構をいろいろ考えてみた。味覚の一次応答に対して影響を与える部位は皮質味覚一次野の前は視床しかない。また同時に嗅覚も嗅球,前嗅核,嗅結節から視床への神経投射が存在する。一方,主観的に同時と判断するまでの時間は嗅覚経路が味覚経路のそれと比べて約220ミリ秒長かった。これは嗅覚の方がより多くのシナプス結合を経由していることを示唆し,この視床モデルをうまく説明する。味覚と嗅覚は統合され「味」になるが,ある食品の「味」を知覚する際には味覚の情報入力を一時ブロックして,タイムウィンドウ(判断の時間幅)を広げ,味覚と嗅覚を一つの「味」として知覚しやすくするためではないかと考えている。
このような機構はサッケード抑制でも起こっている[3]。視床が味覚野への情報をブロック(結果として味覚一時応答の抑制)することで,味覚情報と嗅覚情報の同時性を担保しているのではないか?との仮説もありうるだろう。こう考えると私たちは「味わう」ためには,意識下での処理が重要と言える。
次に嗅覚を使った「好き嫌い」と「快不快」について話をしたい。32種類の日常生活臭を用い,72名の実験参加者に快度(「どのくらい快/不快か」),好意度(「どのくらい好き/嫌いか」),意欲度(「どのくらいもう一度嗅ぎたいか」),一般的受容度(「どのくらい世間一般に受け入れられるか」)の4つの項目について評価をしてもらった。これらの評定をタッチパネル付きのPCにVASを表示して行った。それぞれの項目が表示されてから評定が終わるまでの時間を計測した。各々個人的な判断と欲求を反映する好意度と意欲度は,類似した評定時間とを示した。
一方,好意度と意欲度の評定時間よりも,他者視点での評定が求められた一般的受容度のそれが有意に長かった(図4)。この結果から,実験協力者が自己視点から好意度や意欲度を評定したことが確認された。快度は4つの評定項目の中で最も長い評定時間を示したことから,ニオイの快知覚は直観的ではないことが示唆された。視覚や聴覚刺激を用いた課題でも,刺激提示から回答までの所要時間は,快度評定よりも好意度評定の方が有意に短いことが分かっている[4]。今回の結果は嗅覚でも同様な現象が見られたことを示している。動物においてはまず快不快の判断があり,その結果としてより摂取,忌避すると言われる。今回の実験結果はヒトにおける快不快の応答は好き嫌いの応答よりも時間がかかっていることから,好き嫌いの判断のあと,無意識の何かの処理をしていることが示唆された。それは「私はこのニオイは好きではないが,普通はいいにおいと言われている」といった,他者視点が加味されていたのかもしれない。いずれにしても,動物とは異なり,ヒトの快不快判断は,(たとえ無意識であっても)社会的な影響が大きいのかもしれない。
私たちの『こころ』は無意識と意識上の処理の両方からできているが,なぜある食品あるいは香りが好きか嫌いかの説明がたいてい難しいことを考えると,そこには無意識下での働きが大きいのかもしれない。
文献
- 1. Kobayakawa, T., Saito, S., Gotow, N., & Ogawa, H. (2008) Chemosens Percept, 1(4), 227–234.
- 2. Gotow, N., & Kobayakawa, T. (2019) J Neurosci Res, 97(3), 253–266.
- 3. 北澤茂 (2015) 領域融合レビュー, 4, e012.
- 4. Tiihonen, M., Jacobsen, T., Haumann, N. T., Saarikallio, S., & Brattico, E. (2022) PLoS ONE, 17(9), e0274556.
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