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【小特集】

被害者の心情を加害者に伝える

加古川刑務所 心理専門官

安部 尚子(あべ しょうこ)

Profile─安部 尚子
大学院修士課程修了後,クリニック等の非常勤を経て,2000年4月,少年鑑別所で法務技官として採用され,現職に至る。心理アセスメント,カウンセリング,薬物・性犯罪の改善指導ほか,被害者担当官の補佐業務の実務経験がある。公認心理師,臨床心理士,認定行動療法士。

はじめに

刑務所や少年院では,2023(令和5)年12月1日から,加害者が起こした事件の被害者ご本人やご遺族(以下,「被害者」と表現させていただきます)と向き合える制度が始まりました。なぜこの制度ができたかと言うと,裁判や審判が終わって加害者が施設にいる間,被害者が加害者に意見を伝える機会がほとんどなかったからです。この制度によって,被害者が希望すれば,施設職員を通じて,事件後の気持ちや直面している状況などを加害者に伝えることが可能になりました。

また,加害者は,社会に戻る前に,自身が起こした事件の被害者の生の声を聴くことで,自分が与えた被害の影響を改めて直視する機会となり,より深く改善更生を考えるきっかけになっています。

被害者心情聴取・伝達制度[1]とは

刑務所では刑務官,少年院では法務教官が被害者担当官に指名され,制度利用を申し入れた被害者のお話をうかがいます。

この制度を希望されると,原則として被害者と直接お会いし,聴かせていただいた内容を書面にまとめます。そして,その文面を加害者に読み聞かせ,被害者の希望に応じて,そのときの加害者の発言を書面でお伝えします(図1)。加害者に対しては,出所までの期間中,被害者が求める意見に十分応えられるよう働きかけます。

図1 被害者心情聴取・伝達制度の概要(文献1より)
図1 被害者心情聴取・伝達制度の概要(文献[1]より)
※1:申出は,全国の矯正管区・矯正施設(刑事施設,少年院,少年鑑別所)で可能。※2:希望があれば行う。

事件は,交通事故,性犯罪,殺人,特殊詐欺など,被害者がおられる事件をすべて対象にしますが,反社会的な集団間でのトラブルなど,申し出内容に仕返しや復讐の意図が明らかに分かる場合や,伝達によって加害者に逆恨みされるおそれが大きい場合には行わないことがあります。

聴取する場所は,本件加害者がいる施設に限らず,被害者のお住まいから近い矯正施設を選ぶことができますし,相手方のご希望や状況に応じて,被害者支援センターなどの公的機関で行うこともあります。

この制度に関わる三者の立場

被害者,加害者,施設職員という三者の立場から,この制度の意味について考えてみたいと思います。

被害者にとっての意味

普段通りの平穏な生活を送る中で,ある日突然,事件に遭遇し,「被害者」になり,その日から事件前と同じ生活ができなくなります。事件の衝撃で眠れなくなって仕事を休まざるを得ない状況になった場合,医療費やカウンセリング費用など支出がかさみ,経済的に困窮する可能性が高くなります。また,損害賠償などの民事裁判のために弁護士を雇い,裁判所の予定に合わせて生活しなければなりませんし,これまでなじみがなかった法的手続きに関わらざるを得ません。報道によって個人情報が流出して生活が脅かされたり,インターネット上で心ないコメントが寄せられて再び心が傷つけられたりして,事件後も不安や恐怖に襲われることがあります(二次被害[2])。被害者が,社会で生きていくためには,私たちの想像以上の困難を乗り越えなければなりません。

聴取場面では,被害者の話されるペースに沿いながら,受容と共感を持って傾聴する中で,つらさや苦悩を受け止め,理不尽さや不公平感からくる憤り,やり切れない思いを吐き出してもらえるよう,気持ちを込めて関わっています。

被害者とお会いすると,施設での一日の生活の流れやルールなど,加害者の暮らしぶりに関する質問を受け,ご説明することがあります。出所後のプランを知りたいと言われることもあります。被害者にとっては,隠されているように感じる加害者の状況を何も知らないよりも,「知る」ことで安心し,不安や恐怖心を和らげようとしているのかもしれません。

被害者の多くは,犯罪被害に遭い,さまざまな負担を強いられるので,加害者が生活する施設や加害者と日常的に接する職員と関わるだけで相当の勇気と労力が要るものと理解しています。しかし,それでも,思い切って加害者に意見を伝えれば,何かよい方向に動くかもしれないという希望もあって,この制度を利用されるのだと感じています。

加害者にとっての意味[3]

事件を起こして逮捕されると,警察や検察による捜査を経て裁判(審判)で刑が決まり,その後,ほとんどの人は刑務所に収監されます。施設は管理された環境で行動の自由は制限されますが,生活に必要な衣食住には困らず,安全面も保障されます。だからこそ,加害者は,自身が起こした犯罪によって,どれだけ被害者に心理的,身体的,経済的負担を与え続けているのか,被害者の現実と誠実に向き合うことが社会的責任を果たす上で必要なのです。

また,「謝罪」をする前提には,「反省」が必要になります。謝罪と反省は,裁判や量刑が決まる上で争点の一つになりますし,仮釈放(仮退院)を審理するときの要件にもなります。もしも加害者が自らの保身や利益のために印象を操作したら,被害者の傷ついた心の回復にはつながらないどころか,さらに傷を深めてしまいます。すらすらと滑らかに話すような口先だけの謝罪や反省は無意味です。つたない言葉であっても,自分の言葉で気持ちを込めて語れることが,心からの謝罪や反省だと考えています。被害者が求める謝罪や反省に応えることは,決して簡単なものではありませんが,対話や指導で繰り返し関わる中で,加害者の心の変化を感じることがあります。

職員との対話実践を通じて,いろんな人の考え方に触れ,関わる中で,他者の視点に立って物事を考える機会が増え,ものの考え方や感じ方の幅が広がり,新たな気づきが得られる。これによって,さまざまな視点から事件を振り返り,今まで気づかなかった自己の問題を認識し,被害者や周囲に与えた影響を理解します。社会復帰後,被害者のために何ができるのか,二度と被害者を生まないためには,今の自分に何が必要なのか,自分が置かれた現実を見据えながら具体的に考えられるように導いていきます。

職員にとっての意味

加害者に働きかける立場である施設職員が,被害者と加害者の間を取り持つ役割を担うことに,どんな意味があるのでしょうか。加害者と日々接する施設職員が被害者の話を聴くと,心が大きく揺さぶられることがあります。目には見えませんが,その心の振動が加害者側にも伝わり,それが何らかの変化を生んでいると感じます。この制度は,人の心と心の触れ合いが大切です。被害者にお会いすると,なぜこの仕事に就いたのか,何にやりがいを感じるのかといった質問をされることがあります。施設の一職員としてではなく,一人の人間として興味関心を持っていただけると嬉しい気持ちになります。このように,人と人との心の触れ合いを体験すると,加害と被害どちらの対応も行う対人援助職として誇りに感じますし,被害者が生活する社会内に加害者を円滑に復帰させるべきという,矯正職員としての役割意識が高まります。

より良い制度の実現に向けて

この制度は,矯正職員にとって経験が浅く,駆け出しの段階で,手探りしながら取り組んでいます。被害者の気持ちを聴くと,加害者を憎む気持ちが湧きますし,一方で,償いとは何かを考え,悩んでいる加害者の姿を見ると,応援したくなる気持ちが生まれます。人の心と心が通い合い,ぶつかり合う制度でもあるからこそ葛藤が生じるのです。そもそもこれまで被害者の思いは,加害者の矯正処遇に十分反映されていたとは言いがたく,本制度に沿った対応のノウハウの蓄積も浅いことから,現場の職員間に摩擦や混乱が起きることもあります。支援する側の傷つきや疲労感を体験することが多々あり,ピアサポートやメンタルケアに気を配ることが課題の一つです。

その一方で,職員も加害者も,被害者の視点を意識し,職員間でケースについて話し合う場が増えるなど,意識の変化も見受けられます。この制度に,心理や教育の専門職を含めた多職種スタッフが参加し,被害者の多様なニーズに応えていけるよう互いに協力し合うことが,被害者の尊厳を守ることにつながると考えています。

こころの専門家である心理職の知識とスキルを十分活かしながら,チームワークを高めていく。特定の職員だけでなく,施設の誰もが被害者の声に耳を傾けられる,そういう環境を作り上げ,職員の育成を図る。そうすることで,被害と加害の両者にとって,そして矯正職員にとって,より良い制度にしていきたいと考えています。

文献

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