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巻頭言

心の深みへ─スピリチュアリティと心理学の未来に向けて

帝京科学大学 教授/久留米大学名誉教授
津田 彰(つだ あきら)

私が心理学の世界に入ったきっかけは,不安に関する動物実験でした。そこから研究の関心は,ストレスや健康,そしてウェルビーイングへと広がっていきました。そんな歩みの中で,ずっと心に残り続けている問いがあります。「人はなぜ,困難の中にあっても意味を見出し,立ち直り,さらに成長することができるのか」。

この問いに新しい光を当ててくれたのが,最近刊行された『神秘的経験の諸相』という本でした[1]。訳者のお一人の哲学者・宗教学者である冲永宜司先生(帝京科学大学 学長)は,米国心理学の父ウィリアム・ジェイムズの名著『宗教的経験の諸相』から150年が経った今,「神秘的経験が人生を深く変えるのはなぜか」というテーマが,現代の脳科学によって再び注目され,科学的に検証されつつあることを訳者解説で紹介されています。

神秘的経験とは,自然や宇宙との一体感,死生観が変わるような体験,宗教的儀式での深い没入感など,自分の境界がふっと広がるような瞬間のことです。最近の研究では,こうした体験がストレスへの耐性やレジリエンスの向上,価値観の変化につながる可能性が示されています。科学はスピリチュアリティを否定するものではなく,むしろその奥にある豊かさを丁寧に解き明かそうとしているのです。

こうした知見は,認定心理士をはじめとする実践家にとっても大切な示唆を含んでいます。たとえば,終末期医療や大切な人を失った方への支援では,スピリチュアル・ケアの重要性が高まっています。神秘的経験への理解は,クライエントの語りに寄り添うための新しい感性を育てる手がかりになるでしょう。

これまで私は,研究や実践の現場で多くの方々と対話を重ねてきました。その中で強く感じるのは,心理学が持つ「橋をかける力」です。理論と実践,研究と臨床,科学とスピリチュアリティなど,離れて見えるもの同士を心理学はそっと,しかし確かにつないでくれます。

神秘的経験の科学的探究は,人の心の深いところに光を当てる新しい道を開いています。次の世代の心理学を担う皆さんには,こうした心の奥行きへのまなざしを大切にしながら,未来の心理学を切り拓いていってほしいと願っています。

  • 1 Yaden, D. B., & Newberg, A. B. (2022) The varieties of spiritual experience: 21st century research and perspectives. Oxford University Press. (イエイデン&ニューバーグ/葛西賢太・杉岡良彦・冲永宜司(訳) (2026) 『神秘的経験の諸相:二一世紀の研究と展望』春秋社)
津田 彰

Profile─津田 彰
1979年,上智大学大学院博士課程修了。医学博士。久留米大学助手・講師・教授,ロンドン大学・ロードアイランド大学・華東師範大学客員教授などを経て現職。専門は健康心理学,ポジティブ心理学。共編著に『臨床ストレス心理学』(東京大学出版会),『東洋医学を応用したストレスケアの実際』(錦房),監訳書に『学習性無力感』(二瓶社),分担執筆にCross-cultural Perspectives on Well-being and Sustainability in Organizations(Springer), Psychosocial Processes and Health(Cambridge University Press)など。

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