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Keeping fresh eyes 心理学研究 最先端

古くて新しい概念「人としての器」の探究

羽生 琢哉
株式会社人としての器 代表取締役

羽生 琢哉(はにゅう たくや)

Profile─羽生 琢哉
博士(システムデザイン・マネジメント学)。専門は産業・組織心理学。著書に『組織の器 なぜ「正しい」取り組みをしても人と組織は変わらないのか?』(単著,日本能率協会マネジメントセンター)など。

「あの人は器が大きい」というように,人のあり方を指すメタファーとして,「器」という表現がよく用いられる。しかし,いざ「器とは何か」を問われると,答えに窮する人も多いのではないか。そこで,筆者は「器」という曖昧な概念を定義し,いかにして器を広げていけるのかを探究してきた。

「器」は,リーダーシップ,成人発達,ウェルビーイングなどの概念と重なりながらも,いずれにも収まりきらない深さがある。人間的な成熟,他者との深い関係構築,変化を受け入れる柔軟さなどの多面的な要素を一語で包み込む奥行きがあり,外来の概念とは異なる日本的な響きを持っている。それゆえに,「器」という概念を見つめ直すことには,日本文化に根差した独自の意義があると考えている。

筆者らが実施したアンケート調査により,器は「感情」「他者への態度」「自我統合」「世界の認知」という4領域から捉えられることが明らかになった[1]。器の大きい人は,感情面で余裕があり,他者に寛容で,自分らしい信念を持ち,広い視野を持っている。

さらにインタビュー調査を通じて,器の成長は次の4フェーズを循環しながら進むことが見いだされた[2]。①変化の影響を蓄積(Accumulation),②器の限界を認識(Recognition),③器の拡大を構想(Conception),④意識・行動を変容(Transformation)であり,この頭文字をとってARCT(アルクト)モデルと呼んでいる。

特に重要なのは②から③への移行である。これは現状の器から中身が溢れ,自身の未熟な振る舞いが露呈する瞬間を指すが,このとき自身の限界を真摯に見つめてこそ,新たな器づくりを構想するきっかけとなる。

コスパ・タイパを過度に追求する現代社会において,「常に余裕がない」という感覚を抱える人は少なくない。しかし,その「余裕のなさ」こそが,私たちが器の限界に直面しているサインかもしれない。そうした限界を単なる行き詰まりと捉えるのではなく,自身の内面を深く見つめる契機とすることで,あり方としての器を広げていく姿勢が求められているのではないか。

この研究において特に興味深いのは,器の語源が「ウツホ(空)」で,そこには「空(くう)」という東洋的な思想が流れている点である。古代中国の老荘思想には「無用の用(器は中が空だからこそ,器としての用をなす)」という考えがあり,仏教の「空(くう)」もまた,単なる虚無ではなく「あらゆる可能性に開かれた状態」を大切にする。この視点を「人としての器」に当てはめると,「固定された正解の形はない」という含意が浮かび上がる。

器の関連概念として,近年の心理学では,感情を整えるマインドフルネス[3],他者を受け入れる寛容さ[4],自分を大切にするセルフ・コンパッション[5],知の限界を認める知的謙虚さ[6]など,成熟や成長と関わるさまざまな概念が提唱されている。筆者は,これらの概念に共通する重要な基盤として「空(くう)」の視点を見いだしている。「空(くう)」を軽視して,固定された正解を基準にする世界観に立てば,新たな経験も自分と異なる意見も入る余地を失ってしまう。

「空(くう)」であるがゆえに,特定の理想像に無理に自分を当てはめる必要はなくなる。一人ひとりの器の形は違って当然であり,他人と器の大きさを比べる必要もない。重要なのは,自分という素材を活かし,自分らしい器をどのように育んでいくかである。人は何歳からでも,自分らしい器を形作ることができ,大器晩成という言葉が示すように,立派な器は死ぬ直前まで完成しない。いかなる困難にあっても,器をつくり続けようとするプロセス自体が尊い。

筆者は現在,対話型のワークショップを通じて,仲間とともに自分らしい器づくりを実践する場を運営している。日本人が大切にしてきた古くて新しい概念である「器」という言葉を手がかりに,これからも皆さんと切磋琢磨しながら,まだ見ぬ可能性に向けて器を広げていきたい。

文献

  • 1.羽生琢哉他 (2022) 「人としての器」に関する探索的検討.経営行動科学学会第25回年次大会.
  • 2.羽生琢哉他 (2023) 「人としての器」の成長プロセスの解明.人材育成学会第21回年次大会発表論文.
  • 3.Chambers, R. et al. (2009) Clin Psychol Rev, 29(6), 560–572.
  • 4.van Doorn, M. (2014) Curr Sociol, 62(6), 905–927.
  • 5.Neff, K. D. (2023) Annu Rev Psychol, 74, 193–218.
  • 6.Porter, T. et al. (2022) Nat Rev Psychol, 1(9), 524–536.

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