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  5. エジプト─② [エドウィン・スミス・パピルスと古代エジプト神経心理学]

心理学史諸国探訪【第32回】

学校法人立命館・副総長/立命館大学総合心理学部教授 サトウタツヤ
文字が読めるというのは素晴らしい。ヒエログリフを読み解いたのはジャン=フランソワ・シャンポリオン(Jean-François Champollion, 1790–1832)というフランスのエジプト学者でした。感謝!

サトウタツヤ

エジプト─②
[エドウィン・スミス・パピルスと古代エジプト神経心理学]

パピルスという語を聞いたことのある人は多いと思います。四大文明の一つエジプトの紙だよね!という連想が働くことでしょう。パピルスという単語自体は植物のことを指しますが,その茎を縦横縦横とならべて平面を作り,その上に字を書いたり絵を描いたりできるようにしたものもパピルスと呼んでいて,これはPaperの語源であると言われています。

エジプトは乾燥した気候であり,パピルスの保存に適しているとされています。エドウィン・スミス・パピルスもその一つで,スミス(Edwin Smith)はエジプト考古学の先駆者として知られています[1]。彼はアメリカ生まれですが,ロンドンとパリでヒエログリフを学び,1862年に購入したパピルスを研究して英訳しました。ただし彼はそれを出版せず,後にブリーステッドが英訳出版を別に行い,それが現在も使われています[2]。このパピルスは欠損が少しあるもののほぼ完全なもので全長4.68メートルに及びます[3]。

エドウィンスミスパピルス
エドウィンスミスパピルス
https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=2854143
エドウィン・スミス(1822–1906)肖像
エドウィン・スミス(1822–1906)肖像
https://en.wikipedia.org/wiki/Edwin_Smith_(Egyptologist)

このパピルスは紀元前17世紀頃に書かれたものですが,そこに記載されている医学的知識はそれより1000年前のころから蓄積されてきたものとされています。つまり,4700年前の医学書なのです。医学的資料としては,脳と脊柱を,身体の姿勢,運動,感覚,および排泄機能の制御の中心として明確に特定した最古の古代医学資料である,と価値づけられています[3]。

このパピルスには48例の症例が記されています。医学書なので様々なことが書かれていますが,心理学/脳神経科学に近いものもあります。症例ナンバー20は頭部外傷に続いて発生した,失語症の最初の可能性のある症例であると考えられています。

症例20のタイトル部分「側頭部の傷,骨に達し,側頭骨を穿孔しているものについての指示」(数字は第7欄の22行目という意味)
症例20のタイトル部分「側頭部の傷,骨に達し,側頭骨を穿孔しているものについての指示」(数字は第7欄の22行目という意味)[4]

この症例は「側頭骨の裂傷に関する指示」というタイトルのもとに記載されています。この症例である男性は,「こめかみに傷があり,骨まで達し,(そして)側頭骨を貫通している」とのことで,Minagarら[4]は,戦闘中に槍などの先の尖った武器によって負わされた貫通性の頭部外傷を表しているのではないかと推論しています。つまり戦争で傷ついた兵士の症例のようです。両眼の充血と鼻出血という症状も記載されており,これらは頭蓋底骨折を示唆するようです。言語的な症状については,自発的な発話能力の喪失および話し言葉の理解能力の喪失について記述があり,Minagarらは,外傷性優位側前頭側頭葉損傷に続発する進行性失語症の患者であると述べています。治療についての記述もあり,それは,軟膏の塗布や両耳への牛乳注入といったものでした。ほぼ治療不可能だという記述もあったので,対症療法の試みをしていたと思われます。

今から,4700年くらい前に,外傷による失語症の患者の治療が試みられていて,他の症例の参考になるように記録化されているのは驚きです。中枢神経系における機能の局在化の最初の事例ではないかとも考えられています。

文献

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