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【小特集】
推しを失うとき─星の光は届く
髙橋 あすみ(たかはし あすみ)
Profile─髙橋 あすみ
筑波大学大学院人間総合科学研究科疾患制御医学専攻修了。博士(医学)・修士(心理学)。専門は自殺予防学。2026年より現職。著書に『大学における自殺予防対策:理解と実践的アプローチ』(単著,学苑社)など。
はじめに
好意や魅力を感じる人を応援し,他者と共に楽しむ推し活は,人々のウェルビーイングにつながりうる活動の一つです。推しは,目標や憧れとなり,日々に活力や癒やし,未来への希望を与えてくれます。人生の道のりを照らす星のような存在といえるでしょう。
そんな推しとの別れは,誰もが経験する可能性のある出来事です。ある人は引退発表に涙し,またある人はグループの解散に深い喪失感を抱きます。ただ,こうした出来事は推しの選択や新たなスタートでもあるため,悲しみや寂しさと同時に応援の気持ちが抱かれることもあるかもしれません。しかし,別れの原因が推しとの死別であった場合,私たちはより大きな衝撃や深刻な影響を受ける可能性があります。本稿では推しを失うこと,主に死別による喪失について取り上げます。
パラソーシャル関係
推しの多くは,メディアを通じて広く人々に知られている実在の有名人です。推し活は,「他者に推す」側面を持ち一般的なファン行動と区別されることもありますが,本稿では有名人を推している人をファンと呼ぶことにします。
ファンは有名人その人についてよく知っている(つもりである)一方で,有名人はファン一人一人を知りません。このように一方向性を持ちつつも,メディアを通して有名人とまるで対面して交流しているかのように感じる現象をパラソーシャル相互作用(Parasocial Interaction: PSI)と呼びます[1]。
この相互作用の積み重ねにより,有名人との持続的な心理的関係であるパラソーシャル関係(Parasocial Relationship: PSR)が築かれていきます。PSRは擬似的な対人関係である点で社会的関係とは異なるものの,コミュニケーションの認知プロセスや相互作用は同様で,社会的関係と地続きのものです[2]。
そのため,PSRはファンの社会的関係を補完する役割もあります2。対人交流が制限されたコロナ禍には,メディア上の人物とのつながりが社会的欲求を補い,孤独感を和らげていた可能性も指摘されました[3]。
推しの喪失とグリーフ
推しの卒業や引退のような出来事は,PSIやPSRの変化や喪失と捉えることができ,喪失に伴う心身の反応であるグリーフ(悲嘆)を生じさせます。推しのパフォーマンスに魅力を感じていたファンは寂しさや名残惜しさを経験するでしょう。また有名人のスキャンダルは,その人間性に魅力を感じていた人に怒りや失望をもたらすこともあります[4]。
PSI変容の記憶に新しい例として,アイドルグループ嵐の活動休止(2019年に発表,2021~2024年まで休止)による心理的影響を,海外ファン464名を対象に調べたリーの調査[5]では,嵐とのPSRやファン同士のコミュニティ感覚が,活動休止後の悲嘆と関連していたことが示されました。
さらにインタビュー協力者15名の中には,生活に支障をきたすほどの悲嘆を経験した人もいました。このようにPSIを変化させる出来事は,推しとの関係だけでなく,推し活によって育まれた自分らしさやファン同士のつながり,未来への期待まで揺らぐ体験ともなりえます。
特に推しの死は,PSIを一挙に失う出来事です。死別による悲嘆の強さは,関係がパラソーシャルであるかどうか以上に,その人をどれほど身近に感じていたかによって左右されることが示唆されています[6]。また,時間とともに悲しみやショックの反応は,追悼や愛情の表現へと移り変わることからも,パラソーシャル・グリーフも一般のグリーフと同様に一つのプロセスとして理解することができます[7]。
さらに有名人の自死は大きく報道され,個人の苦痛や孤立感の表出を促したり,強い影響を受けて自殺を考えるリスクとなったりすることも報告されています[8, 9]。そのため,推しとの死別は喪失とグリーフだけでなく,命の安全や支援の観点で考える必要もあります。
ところが,推しを失ったときの心理的影響は,社会的に正当なものとして扱われているとは言い難い現状があります。「公認されない悲嘆」という概念は,関係性や死因などさまざまな要因によって,悲しむ権利や悲嘆への支援が社会的に認められていない状態を指します[10]。推しとファンの,現実の人間関係と非なるようで似ている関係性に対する理解は不十分です。加えて,推し活は娯楽や消費活動として軽く扱われやすい傾向があります。しかし推しの死は,大切な存在との死別として経験されうることを理解していく必要があります。
推しを失ったあとに
ファンが推しを直接追悼し,心を整理するような機会は限られています。またファン自身も,推しを失うことによって生じうる心理的影響を知る機会は多くありません。そのため自他ともに,まずは悲しみや怒り,何も感じないことも含め,湧いてくる反応を「こう感じてはいけない」などと否定せず,そのまま認めていくことが第一歩になります。推しを亡くした身近な人の存在に気づいたときは,その人の感じている気持ちを否定したり軽んじたりすることなく受け止めてください。
メディアとの付き合い方を見直すことも大切です。推しに関する情報や活動の軌跡にあふれるインターネット・メディア空間の仕掛けは,不意に悲しみや苦しさを増幅させることもあります。喪失の二重過程モデル[11]では,喪失志向と回復志向を行き来することが自然な対処プロセスとされています。そのため喪失後に推しの活動や作品,推しのコミュニティに触れようとする人も,一時的に距離を置く人もいます5。喪失後のグリーフや思い出との付き合い方にもさまざまな選択肢があるのです(表1)。
これらのグリーフワークは,人それぞれのプロセスを歩む一助となります。先述したリーの研究では,悲嘆は単なる苦痛ではなくファンとしてのアイデンティティを再構成する能動的な過程となっていたことも明らかにされました[5]。人それぞれのグリーフのプロセスを尊重し,多様な選択のできる環境づくりが求められます。
自分が失ったものを言葉にしていくことも手がかりの一つです。喪失したこと自体が不確定で不明確なものとして体験される「あいまいな喪失」理論では,自分自身が何を失ったのかを言葉にすることの大切さが説かれています[12]。本来は行方不明や認知症などによる喪失を説明する理論ですが,有名人の死も,ほとんどの人は何が起きたのかを断片的な報道やSNSを通して知るしかありません。そのため死を実感できず,否認や混乱を経験する人もいます。推しとの死別もあいまいな喪失として捉える[13]なら,推しの死をきっかけに自分は何を失ったのか安全に語れる場があることで,大切にしてきたものや自己を見つめ直す時間となり,失われた存在と新たな関係性を結んでいくことにもつながるかもしれません。
特に,自死は社会的にタブー視され,遺された人が故人やその死について語りにくいことが課題であり,安全な語りの場が一層求められています。たとえ対面で関わりがなかった相手の自死であっても,死別による強い悲嘆や希死念慮が続く場合には,必要なサポートを受けやすい社会に整えていくことが重要です。
推しとの継続する絆
近年,「死者に会いたい」という遺族の希望に応え,グリーフを緩和しようとするデステック(Death Tech)の一つとして「死者AI」に関する議論が注目されています[14]。故人の生前のデータを学習させることで,故人らしい反応や振る舞いを再現する技術のことで,2019年には美空ひばりAIが話題になりました[14]。近い将来,失った推しに会いたいと願えば,生前にかなわなかった直接対面も技術的には可能になるのかもしれません。しかし,失った人との関係性を技術によって再現しようとすることが本当にグリーフのプロセスの支えとなるのかについては,これからの研究課題です。
技術が発展しても,人はどのように失った存在を抱えて生きていくのか,問いは残っています。そこで夜空に目を向けてみると,その星自体はすでになくなっていても,過去に放たれた光が今なお私たちに届いているものがあります。今はもう失われた星からも,光は届くのです。推しとの絆もまた,星の光のように私たちの心にあり続けるのではないかと,そんなふうに思うのです。
文献
- 1.Horton, D., & Wohl, R. R. (1956) Psychiatry, 19, 215–229.
- 2.Giles, D. C. (2002) Media Psychol, 4, 279–305.
- 3.Jarzyna, C. L. (2021) Hum. Arenas, 4, 413–429.
- 4.Hu, M. (2016) Psychol. Pop Media Cult, 5, 217–231.
- 5.Lee, A. B. D. (2026) Psychol Pop Media, 15, 407–417.
- 6.Baker, A. C., & Cohen, E. L. (2024) Death Stud, 48, 873–878.
- 7.Bingaman, J. (2022) OMEGA, 86, 364–381.
- 8.Rosen, G. et al. (2020) Arch Suicide Res, 24, 243–259.
- 9.Fu, K., & Yip, P. S. F. (2007) J Epidemiol Community Health, 61, 540–546.
- 10.Doka, K. J. (1989) Disenfranchised grief: Recognizing hidden sorrow. Lexington Books.
- 11.Stroebe, M., & Schut, H. (1999) Death Stud, 23, 197–224.
- 12.Boss, P. (1999) Ambiguous loss: Learning to live with unresolved grief. Harvard University Press.
- 13.髙橋あすみ・大井瞳 (2025) 有名人の死に心がゆらいだら:喪失と自殺予防の心理学.大修館書店.
- 14.佐藤啓介他(2023)死生学年報,19,27–49.
- *COI:本稿に関連して開示すべき利益相反はありません。
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