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あなたの周りの心理学

身の周りのことを研究して心理学と言えるのでしょうか?

松本 光太郎
茨城大学人文社会科学野 教授

松本 光太郎(まつもと こうたろう)

Profile─松本 光太郎
博士(人間環境学)。専門は発達心理学,環境心理学。2022年より現職。秘密基地づくりに今注目しています。秘密という言葉の使用や周りの環境の探索・利用など研究したいのに,方法が見つかりません。アドバイスをぜひ。

それも心理学です。私の研究に限った話ですが,認知や自己といった抽象的なことは置いておいて,自分の身の周りのことばかり研究しています。そこで,身の周りを研究することが心理学,心の理(ことわり)の研究になることをいくつかの研究を通して紹介します。

1 外出

 『サードプレイス』[1]という都市社会学の本が話題になっています。ファーストプレイスが自宅,セカンドプレイスが職場や学校です。サードプレイスはもう一つの場所で,カフェや図書館など地域の拠点が該当します。

外出はセカンドプレイスを必要とします。職場や学校といった「行かなければならない場所」が外出する機会を保障しています。退職や卒業は外出する機会を奪います。そこで外出する機会が限られる高齢者の外出に同行して,外出することで得ていること,しないことで奪われていることを研究しました。『老いと外出』[2]という本にまとめています。外出は何より自宅(の人や物や空気)から離れて,身の周りを一新します。周りの一新は私たちの気持ちをフッと軽くしてくれます。日々の外出に私たちは救われているのです。

2 掃除ロボット

他の種と比較することで人間を理解する比較霊長類学のように,ロボットとの比較を通して人間を理解しようと『ロボットの悲しみ』[3]をつくりました。その余波で,ロボットの中で私たちの周りに最も入り込んでいる掃除ロボットの観察を始めました。掃除ロボットは物ですが動きます。そして機械なので,型や年式が同じで,環境が同じであれば,どれも同じように動くはずです。もし異なる動きをするなら,それは環境が異なるからです。つまり掃除ロボットの動きの違いから環境を設えた各家庭の特徴が読み取れると考えました。そこで掃除ロボットが動いている家庭を訪ねて観察しました。人間ではなく掃除ロボットを観察した研究[4]は『質的心理学研究』に掲載され,優秀論文賞を受賞しました。

3 爪切り

視線はテレビに,手は母親に預けて爪を切ってもらっている子どもの様子を見て,怖くないのだろうかと不思議に思ったことが研究を始めたきっかけでした。通っていた高齢者施設ではスタッフに爪を切られることを怖がっていた高齢者が少なくありませんでした。爪切りは手の随意性が必要なので,幼少期は自分で切れず,高齢期も自分で切れなくなっていきます。幼少期と高齢期は他人に自分の爪を切ってもらわなければなりません。そして悩ましいのは,爪を切る他人は切られる自分の痛みが分からないことです。食事も幼少期や高齢期に他人に委ねる行為ですが,満腹や美味しいといった快の感情が生じる食事と違って,爪切りは不快になっても快にはなりえません。

爪を切られることを怖がらない子ども,怖がる高齢者,そして自分で爪を切る大人という爪切りを単位にした心の生涯発達論を構想できないかと現在は0歳から始めて現在10歳くらいになった子どもたち4人を追いかけています。

4 卵割り

鶏卵は上下左右前後がなく,外敵から守るために硬く,内側から突く雛の口ばしで割れるように脆い,ユニークな物性を持っています。その卵を割ることに注目したのは,脳を損傷した大人のリハビリ課題でした[5]。Re-habilitationとしての卵割りに触発されて,Habilitationとして卵かけご飯をつくり始めた子どもの卵割りを記録するようになりました。ユニークな卵をどう割るかという熟達化の過程は,卵を割る場所,使用する道具,道具を用意する人間など卵割りの周りに広がる変遷でした。そして,卵割りは他の動物のように中身を取り出せばいいのではなく,黄身は割れていないか,殻はきれいに二つに割れたか,白身が手に付かなかったかなど成功-失敗の高度な基準に人間特有の心理が表れているようです。子ども2人が卵を割る縦断的な記録を研究成果にまとめることが今後の課題になります。

5 見守り

「見守り」という言葉を聞くと,見守ってくれている人の柔らかな視線や温かい態度を期待してしまいます。しかし,言葉の表現は内容を表しているとは限りません。見守りと表現していながら,内実は監視ということがありえます。コロナ禍を経て,カメラやGPS,見守りシステムと呼ばれるICTといった道具を介した見守りが拡がることで,見守りの適切さがますます課題になっています。

2025年に刊行した『見守りをデザインする』[6]では,就学前の小さな子どもたちの事故防止のために保護者が行っているさりげない対策(1章),就学後の子どもたちにおける移動自由性とGPSによる保護者の見守り(2章),重度障害者の施設建替え前後と見守りシステム導入前後の見守りの変化(3章),高齢者施設における見守りシステム導入による間接的な見守りへの移行(4章),刑務所のハイテク化による間接的監視と地域におけるナナメの関係(5章),地域における犯罪・非行を予防する人間と道具による見守りの現状(6章),監視テクノロジーによる街の変化と見守りのデザイン(7章),以上の多角的な検討に座談会もくわえて,サブタイトルで『子育て・ケア・まちづくりのよりよいかたちに向けて』と銘打ったように,さまざまな現場での見守りを紹介して,適切な見守りについて検討しています。

私たちはふだん何気なく周りにいる人を見守り,気づくことは少ないけれども周りの人から見守られています。道具を媒介することが多くなった現代において,何を道具に肩代わりしてもらい,何を手放してはいけないのか,適切な見守りのデザインは今後も続く課題です。

*

私たちの身の周りには研究テーマが無数に転がっています。私たちが必要としてきたから生き残ってきた身の周りです。そこには私たちの心が反映され,その理解は私たちの心の理に通じているはずです。将来の心理学者が身の周りに転がっている研究テーマを拾い上げて,取り組めば,より魅力的な心理学になると期待しています。「あなたの周りの心理学」,挑戦してみませんか?

文献

  • 1.オルデンバーグ, R./忠平美幸訳(2013)サードプレイス:コミュニティの核になる「とびきり居心地よい場所」.みすず書房.
  • 2.松本光太郎(2020)老いと外出:移動をめぐる心理生態学.新曜社.
  • 3.岡田美智男・松本光太郎編著(2025)ロボットの悲しみ:コミュニケーションをめぐる人とロボットの生態学[新装版].新曜社.
  • 4.松本光太郎(2022)掃除ロボットに同行するフィールド観察研究:動く人工物から探索する人間の周囲に広がる意味.質的心理学研究,21,51–70.
  • 5.佐々木正人(2003)物・環境を行為で記述する試み.人工知能学会誌,18(4),399–407.
  • 6.松本光太郎・畑倫子編著(2025)見守りをデザインする:子育て・ケア・まちづくりのよりよいかたちに向けて.新曜社.

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