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ここでも活きてる心理学

言葉を超えた儀礼という「コンテナー」

浄土真宗本願寺派高善寺 住職

武田 正文(たけだ まさふみ)

Profile─武田 正文
臨床心理士・公認心理師。現在,大学院で地方におけるテクノロジーの社会実装と心理学的アプローチの融合を研究中。山陰中央新報でのコラム連載,YouTube「仏心チャンネル」,Voicyなどのデジタルメディアを通じて心理学と仏教の視点を発信している。単著に『しなやかな自分をつくる』(金風舎)。

武田 正文

島根県邑南町(おおなんちょう)という山奥のお寺で住職を務めながら,臨床心理士・公認心理師として学校や企業で臨床活動を行っています。私が心理学を志したのは,「仏教の教えだけでは現代人の多様な苦しみを捉えきれないのではないか」という強い問題意識があったからでした。人々の苦しみを和らげることを目指す両者の根底には,驚くほど強い親和性があります。心理学を専門的に学ぶことで,お寺が本来持っている現代的役割を再定義し,より多くの苦悩に寄り添う道を探ろうと考えたのです。

20代のころは,大学院で一生懸命に学んだ一対一のカウンセリング技術こそが最強の武器だと信じ込んでいました。大切な人を亡くされた方の悲しみに寄り添う際,形ばかりの読経や法話よりも,対話の中にこそ目の前の人の心を癒やす力があると確信していました。しかし,葬儀や法事の場面で,僧侶である私がカウンセラーとして対話をしようとはりきったところで,お参りしておられる方にそのニーズは無く,むしろ対話は空回りしてしまうようでした。深い悲しみや錯綜する感情は,言葉による論理的な解釈や理論だけで整理できるものではありません。専門的な視点で解釈しようとする姿勢が,かえって遺族の「ただ静かに悲しみたい」という純粋な心の動きを阻害してしまうことさえあるのだと気づかされました。言葉の限界を痛感する中で再発見したのが,何百年もお寺がつないできた「儀礼」の持つ心理学的意義です。

いつも通りの読経,ありきたりな法話の中で涙を流す方がおられます。このいつもの流れの中では,新しい心理学的な介入を提供しているわけではありません。しかし,繰り返される読経の音の波と,あらかじめ約束された作法は,故人について安心して思いをはせることのできる,安全で透明な空間を創り出しています。葬儀や法事という伝統的儀礼は,あらかじめ用意された所作や「型」に身を委ねることで,個人の語り尽くせぬ過剰な感情を安全に受け止める「器(コンテナー)」として機能しているのです。言葉による言語化を強制されず,共有された枠組みにただ留まる体験自体が,崩れそうな心をそっと支えていたのだと今では確信しています。

同時に読経の最中,その儀礼空間に身を置き,参列者の心理的動きや場の空気の変化を,臨床心理学的な感性で繊細にアセスメントできるのは,これまでのトレーニングが生きているからこそだと実感しています。例えば,焼香の順番を待つ参列者の緊張が,読経の響きの中で次第に緩み,表情が柔らかくなる瞬間。あるいは,法要を重ねるごとに遺族の語りの質が静かに変化していくプロセス。これらは,カウンセリングルームの外で,儀礼という「器」の中でこそ見えてくる心の動きです。

臨床心理学とは一対一の対話に限らず,儀礼をはじめ多様なコミュニティの場で心の動きを捉える学問でもあります。改めて日常の中を眺めてみると,言葉にできない悲しみや安らぎといった,今まで見落としていたような大切な心の動きを発見することができるかもしれません。私たちは皆,言葉を超えた場所で,互いの心を支え合っているのです。

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