公益社団法人 日本心理学会

詳細検索

心理学ワールド 絞込み


号 ~ 号

~

執筆・投稿の手びき 絞込み

MENU

刊行物

こころの測り方

鼻の温度でこころを測る

石田 基起
滋賀大学教育学部 講師

石田 基起(いしだ もとき)

Profile─石田 基起
大阪府立の支援学校教員として勤務をしながら2025年,兵庫教育大学大学院連合学校教育学研究科修了。博士(学校教育学)。専門は障害児生理心理学。2025年より現職。著書に『肢体不自由児の心理・生理・病理』(分担執筆,北大路書房)など。

「今,この子は楽しいのだろうか。それとも嫌なのだろうか。」

特別支援学校で子どもたちと関わっていると,このように考える場面にたびたび出会います。特に,重度の身体障害と知的障害をあわせ有し,濃厚な医療的ケア(人工呼吸器,痰の吸引,経管栄養など)を必要とする「超重症児」と呼ばれる子どもたちがいます。こうした子どもたちは言葉で自分の気持ちを表現することが難しく,表情や身体の動きもごくわずかです。

子どもたちと関わるとき,教師は呼吸の変化や視線,身体の緊張の仕方など,子どもが示すわずかな反応を手がかりに関わり方を調整しています。しかし,その解釈はどうしても教師自身のこれまでの経験や感覚に頼る部分が大きく,迷うことも少なくありません。こうした問いから,私は身体の生理反応を手がかりに,言葉で気持ちを表現することが難しい子どもたちの「こころ」の動きを客観的に捉える方法を検討してきました。

鼻部皮膚温度測定というアプローチ

私たちの身体は,感情の変化とともに自律神経系を通じてさまざまな反応を示します。驚けば心拍数が上がり,緊張すると手のひらに汗をかきます。生理心理学では古くから,脳波や心拍,発汗などの生理指標を用いて情動を客観的に捉えようとする研究が行われてきました。しかし,これらの指標を測定しようとすると,頭部にセンサーを装着したり,電極を貼り付けたりする行為そのものが,子どもに負担や不快感を与え,かえって本来の自然な気持ちの変化を妨げてしまう可能性があります。そこで,近年新たな指標として注目されているのが,赤外線サーモグラフィを用いた皮膚温度測定です。この手法の利点は,完全に非接触,無拘束,非侵襲といった自然な状態で自律神経系の変化を測定できる点にあります(図1)。

図1 赤外線サーモグラフィ撮影の例
図1 赤外線サーモグラフィ撮影の例

そもそもヒトの体温は,環境温の変動を受けても一定に保たれる「核心部(core)」と,環境温によって変動する末梢体部・皮膚などの「外殻部(shell)」に分けられます[1]。特に,顔面の皮膚温と情動との関連性が,エクマン[2]により指摘されてきました。その顔面の皮膚温の中でも,鼻部の温度変化は生理学的な観点から特に注目されています。鼻尖部には動静脈吻合(arteriovenous anastomoses: AVA)と呼ばれる血管構造が存在しています。AVAは毛細血管を介さずに動脈と静脈を直接つなぐ血管で,体温調節に重要な役割を担っています。交感神経活動が高まるとAVAは収縮し,鼻部への血流が減少するため,鼻部皮膚温度は短時間で低下します。反対に,安心したり快適さを感じたりすると交感神経活動が低下し,AVAが拡張して血流が増えることで鼻部皮膚温度は上昇します。このように鼻部は,自律神経活動の変化が皮膚温度として現れやすい部位なのです。

しかし,鼻部皮膚温度をそのまま測定すると,環境温度のノイズがデータに混入してしまいます。そこで,自律神経系による反応を抽出するために,鼻部領域の皮膚温度から額部領域の皮膚温度を引いた温度「鼻額差分温度」が評価指標として用いられています。額部の皮膚温度は自律神経の血流変化を受けにくく,主に室温を反映するため,額の温度を基準として差し引くことで,室温の影響を打ち消し,自律神経系の変化に伴う血管収縮反応のみを取り出すことができるのです。

近年では,この測定方法を用いて,ストレス,不安,恐怖,痛み,共感,社会的相互作用など,さまざまな情動との関連を検討する研究が進められています。例えば最新の研究[3]においても,心理的ストレス負荷時(スピーチおよび暗算課題)の鼻部皮膚温度の低下は,認知的な不安感よりも自覚される身体的不安症状(動悸や身体の緊張感など)の強さと関連することや,暗算のような認知ストレスよりもスピーチのような社会的評価を伴うストレスにおいてより顕著に生じることが示されています。その一方で,鼻部皮膚温度の測定だけで「快-不快」といった情動価を区別することは現状では困難であるとの指摘もあります[4]。そのため,鼻部皮膚温度だけに頼るのではなく,他の生理指標や行動観察など複数の評価指標と複合的に組み合わせて解釈することの重要性が強調されています。

授業場面での検証─「生理反応」と「見立て」のズレが意味するもの

こうした先行研究の多くは成人を対象とした実験室でのものでした。私はこの知見を,言葉での表現が難しい超重症児の授業に生かせないかと考え,特別支援学校の現場で実践的な検証を行いました[5]。

本研究は,できるだけ普段の授業環境を崩さないよう,室温を25℃±2℃,湿度50%以下に整えた部屋で実施しました。対象となったAさんは,動くものや光るものを目で追ったり,音が聞こえる方向へ視線を向けたりする様子がみられる子でした。一方で,身体に触れられた際には,微笑んだり顔を赤くしたりする様子がみられるものの,そうした表情や身体反応だけから「どのように感じているのか」を判断することは容易ではありませんでした。担任団や保護者と相談しながら,Aさんが快を感じる可能性が高いと考えられる2つの働きかけを活動として選びました。働きかけ①は,朝の会で毎日歌っていた歌に合わせて,担任が歌いながら身体に軽く触れる活動です。働きかけ②は,オーナメントライトの光とゆったりとした曲調の音楽を流しながら安静に過ごす活動です。それぞれの活動の前後で安静時間を設け,鼻部皮膚温度と心拍数の変化を連続して記録しました。

その結果,2つの活動では異なる生理反応が認められました(図2)。働きかけ①では,教師が働きかけた直後に鼻額差分温度が有意に低下し,その後回復する変化がみられました。働きかけ②ではそのような低下は認められず,活動後に温度が上昇する傾向がみられました。また,心拍数や教師による主観的評価も併せて検討することで,働きかけの内容によって生理反応が異なる可能性が示されました。

図2 働きかけ呈示から安静終了時にかけての鼻額差分温度加算平均の推移
図2 働きかけ呈示から安静終了時にかけての鼻額差分温度加算平均の推移

もちろん,この結果だけで「快だった」「不快だった」と判断することはできません。しかし,生理反応を可視化することで,今の関わりで,無理なく受け止められたかや,別の関わり方が良いのではないかといった,教師自身が実践を振り返る新たな視点を得ることができました。生理指標は本人の気持ちを決めるためのものではなく,教師の見立てをより確かなものにするための手がかりの一つであると考えています。

技術が進化する時代に,子どもの心とどう向き合うか

近年は,赤外線サーモグラフィの画像解析技術の発展に限らず,他の生理指標も比較的手軽に測定できるようになってきました。しかし,どれほど技術が進歩しても,機械が子どもの気持ちを決めることはできないと私は考えています。大切なのは,関わり手が「どんな気持ちなのだろう」と問い続ける姿勢だと考えています。

鼻の温度は,こころを測るための新しい手立ての一つに過ぎません。テクノロジーが進化する時代だからこそ,私たちはその結果に頼り切るのではなく,目の前の子どもと向き合う自身の感性とまなざしを絶えず磨き続けていきたいものです。

文献

  • 1.廣田昭久 (1998) 体温調節系.藤澤清他編,新生理心理学1巻 生理心理学の基礎(pp.226–235).北大路書房.
  • 2.Ekman, P. (1978) Facial signs: Facts, fantasies, and possibilities. In T. A. Sebeok (Ed.), Sight, sound, and sense (pp.124–156). Indiana University Press.
  • 3.Theroude, P. et al. (2026) PLoS ONE, 21, e0338108.
  • 4.Moe, R. et al. (2012) Physiol Behav, 106, 527–533.
  • 5.石田基起・石倉健二 (2024) 日本重症心身障害学会誌, 49, 155–162.

PDFをダウンロード

1