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【特集】

なめんなよ! 社会・文化 環境が生み出す名誉と暴力

石井敬子
神戸大学大学院人文学研究科 准教授

石井敬子(いしい けいこ)

Profile─石井敬子
京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。博士(人間・環境学)。北海道大学社会科学実験研究センター助教等を経て,2009年から現職。専門は社会心理学,文化心理学。著書は『名誉と暴力:アメリカ南部の文化と心理』(共編訳,北大路書房),『文化と実践:心の本質的社会性を問う』(分担執筆,新曜社),『つながれない社会:グループ・ダイナミックスの3つの眼』(共著,ナカニシヤ出版)など。

西部劇の傑作『リバティ・バランスを射った男』で,弁護士になりたての主人公のランスは,鞄一杯の法律書とわずかなお金をもって馬車で西部に向かう。しかし西部のある田舎町で非常に評判の悪い荒くれ者(リバティ・バランス)とその一派に襲われ,身ぐるみはがされ,酷い傷を負う。ランスは「奴を刑務所に送り込んでやる」と介抱してくれた牧場主のトムに言うが,トムはランスに銃を見せながら諭す。

リバティ・バランスに何かしたいなら,まずは銃をもつことだ。お前にとってたくさんの法律書は意味あるかもしれないが,ここでは意味がない。ここでは男は自分で自分の問題を解決する。

それに対してランスは半分呆れ,半分怒りながら,つぶやく。

お前が言ったのは,まさにリバティ・バランスが言ったのと同じことだ。なんてコミュニティに自分は来てしまったんだ。

17〜18世紀のヨーロッパでは文明化や啓蒙主義が進み,その結果,魔女狩りや残虐な拷問・処刑等の慣習は減少し,暴力的な制度は終わりを迎えた。しかしまさにその時代にヨーロッパからの牧畜民が入植したアメリカの南部や西部は未だ無法地帯であり,そこにおける正義とは,ランスの法律書にはなく,むしろトムが諭したことに他ならなかった。

アメリカにおける暴力の地域差はなぜなのか? 文化心理学者のニズベットとコーエンは「名誉の文化」が大きな影響を与えたと主張した(Nisbett & Cohen, 1996)。本論では,まずこの名誉の文化の形成と維持のメカニズムを述べ,それに派生するテーマ(女性,名誉と面子)について触れたのち,最後に暴力と社会環境的要因とのかかわりについてまとめる。

名誉の文化の形成と維持のメカニズム

アメリカ南部における名誉の文化の起源は,17世紀にスコッチ・アイリッシュと呼ばれる牧畜民が入植してきたことに遡る。こうした牧畜民にとって重要な問題は,財である家畜を盗まれないようにすることであった。また開拓当初はほぼ無政府状態であったため,敵の侵入や略奪者に対する処罰に関して,公的な組織に委ねることも難しい状態であった。こういった状況下にあっては,人々は自衛によって,自分の財を守らなければならない。その表れが,暴力や武器への依存である。さらにこの状況において,自分が財を守ることができない人間であることを悟られるのは非常に危険でもあった。例えば,侮辱されたときにそれに対して何も仕返しができなければ,あいつは弱虫だという評判がたち,略奪のカモにされてしまうだろう。そのためには,侮辱されたらやり返して,男らしさや力強さをアピールするしかない。まとめると,経済的要因,社会環境的要因に端を発したこのような評判や社会的な位置としての「名誉」の重視が暴力や武器への依存を生み出したのである(図1)。

図1 経済的・社会環境要因による名誉と暴力の生成
図1 経済的・社会環境要因による名誉と暴力の生成
 

無論,現在のアメリカの南部は,開拓時のような辺境でもなければ,その主要な生業が牧畜というわけではない。興味深いのは,名誉の文化とそれによる暴力への依存の起源となった要因がなくなってしまった現在においてもアメリカにおける暴力性の地域差が見られる点である。実際,ニズベットとコーエンは,北部出身と南部出身の白人男性参加者を実験室に呼び,彼らを侮辱した場合の反応を行動指標と生理指標の両面から検討した。その結果,北部出身者と比べて南部出身者は侮辱された後の状況で攻撃的なふるまいをしやすく,さらにコルチゾール(高いストレスや不安状態で分泌されるホルモン)やテストステロン(攻撃や優位行動と関連したホルモン)の濃度も上昇していた。この結果は,現在においても,南部出身者は自身への侮辱によってその評判が脅かされたと感じやすく,認知的および生理的なレベルで攻撃に備えやすいことを示唆する。

名誉の重視と暴力への依存が現代にまで維持されている背景には,いくつかのメカニズムが関連している。まず,「名誉」の規範化である。侮辱されたら何か行動しないとダメなやつと思われるから行動しなければならないというのが規範となり,人々にとっての優勢な行動戦略となると,それに対して敢えて逸脱した行動をとるメリットはなくなる。このような規範のもとで,ガンジーのように一人だけ非暴力主義を訴えても,それはいいカモになるだけである。むしろその規範に沿った行動をとることが利益につながる。よってこのようにして一旦規範になってしまうと,当初の経済的な要因が消失したとしても,ひとりでにその特徴は維持されていく。

次に,社会化のプロセスによる関与である。具体的には,親(特に母親)が子どもたちにその規範を教え込むことによって,世代間でその規範が受け継がれ,強化されていく。実際,ニズベットとコーエンは,「子どもが地元の食料品店で万引きをする」という仮想状況での人々の反応を調べ,南部の人たちは北部の人たちよりも「子どもをたたく」という行為に賛成しやすいことを明らかにした。

最後は,社会心理学において多元的無知と呼ばれている現象である。一般的に人は他者の行動をもとにしてその信念や態度を推測するが,侮辱されたら暴力によってやり返すことに対し,自身はそんなに賛成していなくても他者一般はそれに賛成しているだろうと思い込む結果,「名誉」の規範は結果的に維持される。これは,個人レベルでは名誉の重視と暴力への依存がさほどでもないにもかかわらず,「他者は自分よりも暴力的である」,「他者はそのような暴力性を承認している」,「何らかの曖昧な対立関係があるような状況で他者は暴力に訴えることを望ましいと考えている」のような他者に対する誤った推測を各々がすることで生じる。この点は,コーエンらが後に行った研究でも実証されている(Vandello, Cohen & Ranson, 2008)。

名誉の文化における女性

名誉の文化は決して男性だけのものではない。女性も大きくかかわっている。例えば社会化のプロセスにおいて,子どもに名誉の文化を教え込む役割を主に担っているのは母親としての女性である。これに加えて,女性は,いかに家族の名声に傷をつけずにその評判の維持や上昇に寄与するかという点でも極めて重要である。名誉の文化において,女性は純潔で従順であるべきで,家族の評判を下げるような行動をしてはならないと考えられている。中でも女性の不貞行為は家族の評判,特にパートナーである男性の評判に深刻なダメージを与える。一方,家族の評判に関し男性が期待されているのは,他の男性による性的な干渉から女性を守ることであり,これができないとその男性の評判は地に落ちる。それゆえ,男性は暴力をもってしても女性を守るべきであり,一方女性は家族の評判を下げないために男性からの暴力を甘んじて受けるべきという家族内の男女関係の在り方がこの文化では許され,受け入れられている。これまでの研究でも,名誉の文化が規範となっている地域では,①妻に不貞行為をされた男性への評価は極めて下がり,②その妻に対する男性の身体的な暴力が好まれ,③前の彼氏に会おうとする女性に対して現在の彼氏が暴力を与えるような状況において,その女性は暴力を受け入れるべきと人々は考えやすく,また実際に女性がその暴力を受け入れた場合にはその女性を許容しやすいことが示されている(Vandello & Cohen, 2003)。

興味深いのは,このような名誉を守るための男性による女性への暴力に対する寛容さは,名誉の文化が規範となっている地域における男性の反応のみならず,女性の反応でも同じようにみられる点である(Vandello & Cohen, 2003)。つまり女性は,たとえ自分がその暴力を受け入れたとしても一般的な反応としてそれは望ましくないと考えているのではない。むしろ暴力を受け入れることは一般的な行動原理として当然であると考えているのである。このことからも,名誉の重視と暴力への依存はその文化の男性のみならず女性においても広く共有されていることがうかがわれる。

名誉と面子

名誉はアメリカ南部の文化を特徴づけるが,他文化ではどのような概念がそれにあたるだろうか。表1はその代表的なものである。アメリカ北部では一般的に個の尊厳が重視される。尊厳は各人にあり,その内面と直結し,失われることはない。これに対し,名誉には他者からの評判が含まれ,他者からの尊重や軽蔑により,それを得ることもあれば,逆に失うこともある。一方,名誉に似た概念として面子があり,これは日本を含む東アジア文化において馴染み深いものである。しかし名誉と面子の大きな違いは,それらの起源にあるだろう。名誉は,略奪を誘発するような環境および無政府状態における自衛の手段として,人々が力強さや男らしさといった評判を得る必要性を背景としている。これに対し,面子は,安定した上下関係の中で各人が得ている役割や社会的期待を反映している。いずれも他者からの評価を含み,いかにそれを失わないかが重要である。しかし名誉が発生するその不安定な競争状態のもとでは,相手を挑発し,その侮辱された相手がやり返すという争いが日常茶飯事で,そこでの勝者は名誉を得るが,敗者は名誉を失うことが繰り返される。一方,安定した関係のもとでの面子の維持には,むしろ他者との調和こそが重要であり,争いは調和を壊すゆえに避けるべきと人々は考えやすい(Leung & Cohen, 2011)。アメリカ北部や東アジアは,アメリカ南部と異なる経済的・社会環境的な要因によって特徴づけられており,異なった行動原理によって社会秩序は保たれ,また人間の価値として何が重視されるのかも異なる。特に名誉と面子は表面的には非常に類似しているが,前者が暴力を伴い,後者が争いを避けることを理解するには,人々を取り巻く社会環境的な要因の差異に目を向けなければならない。

表1 尊厳,名誉,面子の特徴(Leung & Cohen, 2011に基づく)

まとめ

本論と対立する見方は,暴力性を個人の性格傾向の表れとするものであろう。現に,生物学的要因に基づく攻撃性の個人差,例えばMAOA(モノアミンオキシターゼA)遺伝子と攻撃性との関係が知られている(例えば,McDermott, Tingley, Cowden, Frazzetto & Johnson, 2009)。ただしそのマクダーモットらの研究は,参加者が極めて不公平な扱いを受けて激怒したような状況でのみその関係が生じることを示している。つまり,遺伝子が攻撃性に影響を与えたとしても,その表れ方は状況に依存するため,ここでも個人を取り巻く状況・環境要因が鍵となる。本論ではこれまで,名誉の文化と暴力への依存が経済的・社会環境的要因を起源にして促され,さらに名誉の規範化,社会化,多元的無知といったメカニズムによって当初の要因が消滅した現在においても維持されていることを述べてきた。名誉と面子の比較からも,当該文化における経済的・社会環境的要因の差異が暴力傾向の有無に大きく寄与することは明らかである。本論で紹介した社会・文化心理学の知見は,暴力性の理解にはそれが社会環境的な要因によって構成されている視点が不可欠であることを強く示唆する。

文献

  • Leung, A. K. Y. & Cohen, D.(2011)Within-and between-culture variation: Individual differences and the cultural logics of honor, face, and dignity cultures.  Journal of Personality and Social Psychology, 100 , 507-526.
  • McDermott, R., Tingley, D., Cowden, J., Frazzetto, G. & Johnson, D. D.(2009)Monoamine oxidase A gene(MAOA) predicts behavioral aggression following provocation.  Proceedings of the National Academy of Sciences, 106 , 2118-2123.
  • Nisbett, R. E. & Cohen, D.(1996) Culture of honor: The psychology of violence in the South . Boulder, CO: Westview Press.[石井敬子・結城雅樹(編訳)(2009)『名誉と暴力:アメリカ南部の文化と心理』北大路書房]
  • Vandello, J. A. & Cohen, D.(2003)Male honor and female fidelity: Implicit cultural scripts that perpetuate domestic violence.  Journal of Personality and Social Psychology, 84 , 997-1010.
  • Vandello, J. A., Cohen, D. & Ransom, S.(2008)US southern and northern differences in perceptions of norms about aggression mechanisms for the perpetuation of a culture of honor.  Journal of Cross-Cultural Psychology, 39 , 162-177.

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