北欧でおくる研究生活 ─様々な体験談
田根 健吾(たね けんご)
Profile─田根 健吾
2016年度,上智大学大学院総合人間科学研究科心理学専攻博士後期課程修了。博士(心理学)。2017年4月より現職。専門は認知心理学。論文は「潜在呈示した情報が選択判断時の視線の動きに与える影響」(『基礎心理学研究』)など。
私は2017年4月から,日本学術振興会の特定国派遣研究者としてノルウェーのオスロ大学に派遣されています。オスロと聞いて明確なイメージが湧くかたは少ないと思いますが,日本人の多くが「北欧」という言葉に漠然と抱く「オシャレ」というイメージ,その期待にまさに応えてくれる,とても素敵な街です。また,治安がよく,住宅街は静かで清潔(家庭内害虫がいない!)なので,安心して生活できます。やはり物価が高いのが辛いところですが……(コンビニでサンドイッチと500mlのペットボトル飲料を買うだけで1000円くらいします!)。そんな街で私は海外生活とポスドク生活という二つの初めてを同時に経験しています。
オスロ大学での受け入れ研究者であるブルーノ・ラエン(Bruno Laeng)教授とは赴任前に何度もお会いする機会があり,研究者として,また,ひとりの人間として,大変尊敬できるかただということがわかっておりました。実際にオスロ赴任後は公私にわたり手厚いサポートをいただいており,筆舌に尽くしがたい感謝の念をおぼえます。私の日々の仕事としては,特に上から与えられるものは無く,自分の研究やブルーノ先生との共同プロジェクトに専念しています。先生のご専門である瞳孔径計測と,私のテーマである潜在知覚と眼球運動の関連というトピックを組み合わせ,視線計測機能付きVRゴーグルを用いた実験に取り組んでいます。成果については今年度イタリアで行われる学会(ECVP)に向けて発表準備中です。
オスロ大学心理学部では博士課程以上のスタッフがデスクを持ち,4〜5人で1部屋をシェアしていますが,各部屋のメンバーはいくつかのラボのスタッフがないまぜになっています。また,外国人スタッフが半数ほどもおり,その出身国もかなりバリエーションがあるため(ドイツ,ギリシャ,イラン, etc.),いろんな意味で「人種のるつぼ」と言えるような状態です。隔週で行われるコロキウムでも非常にバラエティに富んだ発表が行われます。発表者は博士課程の学生から教授クラスまで,また内容も認知神経科学を軸にロボティクスや社会人類学など多岐に亘り,幅広い研究に触れることができます。これらの例にもあるように,ここオスロ大学心理学部では「垣根」というものをあまり感じません。学生と教員間,研究領域間に垣根がないことで,幅広い議論と情報交換の機会が得られ,それが研究レベルの向上に繋がっているのだと思います。
オスロでの生活はもちろん文化の違いに戸惑うことも多いですが,それ以上に新鮮な体験に刺激を受けます。特に印象深いのは,季節の移り変わりに関することです。オスロでは夏至と冬至で一日の日照時間に12時間もの差が生じます(夏は23時頃まで明るく,冬は15時過ぎに日が沈む)。これは単純計算で日に約4分ずつ,月にすると約2時間というハイペースで日が延びる/縮むということです。そのため,オスロでは季節の移り変わりがとても劇的です。冬のオスロは一面雪化粧でモノクロの世界なのですが,春になるとその雪がわずか数日程度ですっかり消失し,街が徐々に色づいていきます。そして夏の盛りには木々の緑があふれ,それが建物の淡い色合いに映えて,えも言われぬ美しい街並みに変わります。この街並みの変貌ぶりと変化スピードには本当に驚かされました。そしてこのような日本では味わえない体験をする度に,ああ遠いところに来たんだなあとしみじみ思うとともに,知っているつもりで知らないものがまだまだあることに気づかされます。
最後に,このような素晴らしい機会を与えてくださった日本学術振興会と,ブルーノ・ラエン先生,そしてオスロ大学のスタッフの皆様に心からの感謝を申し上げます。少しでも多くのものを日本に持ち帰れるよう,残りの任期1年を精一杯務めさせていただきます。
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