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【小特集】
時に手を抜くイクメン,マーモセットのパパ
齋藤 慈子(さいとう あつこ)
Profile─齋藤 慈子
2005年,東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。2018年から現職。理化学研究所脳神経科学研究センター客員研究員。専門は発達心理学,比較認知科学,進化心理学。著書は『ベーシック発達心理学』(編著,東京大学出版会)など。
ご存知のとおり,私たちヒトは哺乳類であり,その中の霊長類に分類されます。哺乳類は,その名のとおり,母親が赤ん坊に母乳を与えて育てる動物です。子育てをしない動物もいる中,世話が必須なので,子育てにエネルギーを投資する動物といえます(ただし哺乳類の約9割の種では,父親は子育てをしません)。霊長類は,その中でもさらに子どもを少なく産み,大切に育てる仲間だといえます。霊長類は群れ生活も特徴の一つですが,群れを形成する種では,父親は子どもを含む群れを外敵(同種のオスや捕食者)から守る,という役割が共通して見られます。
しかし,同じ霊長類だからといって,当然ながらみな同じような子育て,父親と子のかかわりが見られるわけではありません。ヒトに最も近い仲間である大型類人猿でも(図1),社会のあり方と父親の子育てはとても多様です。例えばチンパンジーの群れは複雄複雌群で,メスは複数のオスと交尾をする乱婚型のため,子どもの父親が誰かはわかりません。そうなると,オスも子どもと遊ぶことはあるようですが,特定の子どもに対する積極的な世話は進化しにくいでしょう。ゴリラは,一夫多妻で,群れの中の子どもはみなその群れのトップのオスの子になります。ゴリラの母親がわが子を一番に守る中,父親は群れ内の弱い立場の子の味方をするそうです。またオランウータンは単独性なので,オスは全く子どもに関与しません(これらの霊長類を含む動物の子育てに関して,詳しくは,齋藤・平石・久世〔近刊〕をご覧ください)。
マーモセットとヒトの関係
今回取り上げるのは,コモンマーモセット(Callithrix jacchus)という霊長類です(図2)。体重300〜400gの小さなサルです。原産地はブラジルですが,そのサイズや霊長類にしては多産な特徴から,近年では医学・神経科学の分野で実験動物として注目を集め,日本でも多くの研究所・研究室で飼育されています。
マーモセットの仲間は,霊長類とはいえヒトから系統発生的にはずいぶん離れています(図1)。しかし,ヒトとマーモセットの間には,共通する特徴がいくつも見られます。社会的フィードバックを受ける複雑な音声コミュニケーションを発達させていたり,模倣をしたりします。多様性はありながらも一夫一妻の繁殖形態を示し,オスメスの間に柔軟な絆を形成します。さらにチンパンジーでは見られないような,自ら他者を助けるような行動も見られます。
何といっても特徴的なのが,この特集のテーマである養育行動です。先述のように,マーモセットは多産です。年に2回,双子を出産します。メスは出産後約1週間で発情・排卵し,うまくいけば妊娠して,双子に授乳をしながらお腹の中で次の子を育てるという大変なことをします。新生児は1頭30g前後で,2頭合わせると母親の体重のおよそ20パーセントにもなります。離乳する頃には乳児2頭でオトナの体重の100パーセントにもなります。背負って運ぶだけでも大変なことは想像に難くありません。その負担を軽減するかのように,父親も上のきょうだい個体も積極的に子育てを行います。まさにメス単独での子育てが大変なために,共同繁殖(母親以外の個体が子育てに参加する繁殖様式)を行う,ヒトと共通する特徴といえます。また,ヒトでよく見られる,母親や養育者が母乳・ミルク以外の食べ物を子どもに与えるという行為は,霊長類含め哺乳類では稀な行動なのですが,マーモセットの仲間では,母親だけでなく,父親もきょうだい個体も,離乳期の乳児に食物を分け与えることが知られています。このように,マーモセットは,ヒトと共通する稀な養育行動の特徴を持っているため,系統発生的な距離は遠いけれども,養育行動とその背景にあるメカニズム解明のモデルとして,貴重な動物といえるでしょう(Saito, 2015)。
マーモセットのイクメンぶり
母親単独での子育てが大変なマーモセットでは,父親の役割は大きなものといえます。そのためでしょうか,マーモセットのオスでは,父親としての生理的な準備や変化が見られます。メスの妊娠期間中,オスはメスの体重増加に合わせて自身も体重を増やすだけでなく,性ホルモンの値も変化させます。さらに,父親になると,前頭前野でのシナプス形成や,神経伝達物質の受容体の数が変化します。こういった生理的な準備・変化のおかげか,生後すぐから,もっというと出産の場面から,マーモセットのオスは父親的役割を果たします。オスはメスの出産に際し,助産師的な働きをし,生後すぐから子どもを背負う行動が見られるのです。さらに父親の乳児への敏感性は,わが子に限定されません。母親同様,子ザルの鳴き声には自他の子の区別なく近寄って抱き取ろうとするようです。先の食物分配行動といい,マーモセットの父親は超イクメンザルといえるでしょう。
マーモセットの父親は完璧かというとそうでもなく,手を抜くこともあります。先述のように,マーモセットのメスは,出産後1週間程度で発情・排卵をしますが,その前後,父親の背負い行動は減ります。父親は何をしているかというと,発情したメスを追いかけているようなのです。また,兄姉個体が成長後も群れにとどまる習性のあるマーモセットでは,子育てを手伝うヘルパーの数が群れ内に多くなることもあります。そんな時,授乳しなければならない母親に比べると,父親の背負い行動は,ヘルパーの数に依存して減るといわれています。また,乳児がいることで夜中の覚醒回数が母親は増えるけれども,父親は増えないという報告もあります。ヒト同様(個人差,家庭差が大きそうですが),夜中の乳児の相手はお母さんがすることが多いのかもしれません。
おわりに
マーモセットの父親全般の子育てを紹介してきましたが,マーモセットは遺伝的に均質な近交系ではありませんので,養育行動を含めた行動には大きな個体差があります。父親でも母親でも,おそらくその時の体調や状況,生育環境,経験,遺伝的要因などによって,乳児への反応性,世話行動には違いが見られます。こういった養育行動の違いが,子どもの発達にどのように影響を与えるのかは,発達研究において非常に重要なトピックです。行動遺伝学などを除くと,一般的なヒトを対象とした発達研究では,環境要因と遺伝的要因を切り分けることは容易ではありません。マーモセット等の霊長類を対象とした研究では,倫理的配慮がもちろん必要ですし,安易に結果をヒトに外挿することは避けなければなりませんが,里子実験などにより環境要因と遺伝的要因を切り分けることができるため,上記の重要なトピックに大きな貢献をしてくれるのではないかと思います。実際マーモセット等霊長類を対象として,早期社会的環境が,その後の認知的発達やストレス反応にどのような影響を与えるのかを調べた研究が蓄積しつつあります(French & Carp, 2016)。
子育ては人間の歴史の中で変遷するものであり,文化による多様性も大きく,様々な育児指南がなされる中,本当に大切なものは何なのか,逆に大切でないものは何なのかを明らかにすることは,育児をするお父さんお母さんにとって必要なことだと思います。ヒトの子どもを育てるのは,言うまでもなく大変なことなので,これらの情報をもとに,マーモセットの父親のように,手を抜けるところでは抜くのがよいのではと思います。マーモセットの養育行動の研究から,私たちヒトの子育てのヒントが得られることを期待しています。
文献
- French, J. A. & Carp, S. B.(2016)Early-life social adversity and developmental processes in nonhuman primates. Curr Opin Behav Sci, 7, 40-46.
- Saito, A.(2015)The marmoset as a model for the study of primate parental behavior. Neurosci Res, 93, 99-109.
- 齋藤慈子・平石界・久世濃子(編)『正解は一つじゃない:子育てする動物たち』東京大学出版会(近刊)
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