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【特集】
公認心理師 現状と将来
心理職の国家資格化は,多くの心理学関係者にとって積年の願いでありました。その熱い願い,そして,それを実現するためのさまざまな活動とたゆまぬ努力が実を結び,2015年に公認心理師法が公布され,先の2018年9月,はじめての公認心理師試験が実施されました。この第1回の公認心理師試験では35,020人が受験し,27,876人が晴れて合格しました。その結果,ついに国家資格として認められた公認心理師が誕生することになったのです。
今回の特集では,出来たての国家資格,公認心理師について紹介するとともに,心理学に関わるさまざまな立場から,この資格に期待することをとりあげます。公認心理師という言葉は耳にしたが,よくわからないという方も,様々な領域がある心理学関係者全体の中にはいらっしゃることでしょう。そもそもこの国家資格はどのようなものなのか,どうやって資格が取れるのか,資格を持つと何が変わるのか,あるいは変わらないのか。生まれたての資格ですから,様々な疑問があるのは当然です。この特集を読むことで,このような疑問が少し解消できるかもしれません。多くの心理学関係者の強い願いが実を結び,誕生した公認心理師。その現状と将来像を探ってみましょう。(大久保街亜)
公認心理師とは何か
丹野 義彦(たんの よしひこ)
Profile─丹野 義彦
公益社団法人日本心理学会 公認心理師担当常務理事,一般社団法人公認心理師の会理事長,公認心理師養成大学教員連絡協議会会長を兼務。1978年,東京大学文学部心理学科卒業。1985年,群馬大学大学院医学系研究科博士課程修了。医学博士。専門は臨床心理学,異常心理学。著書は『公認心理師エッセンシャルズ』(共編,有斐閣),『心理療法がひらく未来』(監訳,ちとせプレス),『叢書・実証にもとづく臨床心理学』(共編,東京大学出版会)など。
公認心理師について,Q&A形式でまとめながら,日本心理学会の活動をご紹介します。
Q 公認心理師とは何ですか?
A 公認心理師とは,「医師」「教師」「薬剤師」等と並ぶ本格的な国家資格であり,心理系では初の国家資格です。公認心理師の活動の目的は,国民の心の健康を保持し増進をはかることです。2017年9月15日に施行された「公認心理師法」にもとづいてできました。心理学関係者が長い間待ち望んでいた国家資格であり,日本の心理学の歴史においても画期的な出来事でした。
Q 公認心理師はどのような仕事をしますか?
A 心理学に関する専門的知識及び技術をもって,①心理アセスメント,②心理的援助(相談・助言・指導),③関係者への心理的援助,④心の健康教育(心の健康に関する知識の普及を図るための教育や情報提供)といった仕事を行います。
Q 公認心理師はどんな職場で働きますか?
A おもな活動分野は,①医療(病院などの医療施設),②福祉(福祉施設),③教育(学校),④司法(裁判所や司法施設),⑤産業(企業)の五つですが,このほかにも多くの分野において国民の心の健康増進のために活躍しています。
具体的には以下のようなものがあげられます。
- ・精神科クリニックや精神科病院での心理検査,心理療法,デイケア
- ・がんや心疾患,生活習慣病や難病など身体疾患へのチーム医療におけるメンタルケアや緩和ケア
- ・疾病予防やメンタルヘルス向上のための心の健康教育(健康教育やストレスマネジメント)
- ・スクールカウンセラーなどの教育相談
- ・不登校やいじめに悩む児童への学校適応支援や予防のための取り組み
- ・進路相談やキャリアカウンセリング
- ・発達障害を持つお子さんへの療育支援や発達相談
- ・虐待を受けた児童への支援やその親への子育て相談
- ・認知症や高次脳機能障害者など認知機能障害を持つ方やその家族への支援
- ・職場のメンタルヘルス向上のための取り組みや休職者の復職支援
- ・災害や事件の被災者への心のケア
- ・触法者の再犯防止や社会復帰に向けた支援
Q 公認心理師になるにはどうすればよいですか?
A 国家試験である公認心理師試験に合格しなければなりません。受験する資格を得るためには,大学において法律で定められた25科目を履修して卒業したうえで,①大学院で法律で定められた10科目を履修するか,②定められた実習機関で一定の実務経験を積むことが必要です。他の国家資格に比べても,かなり学習の負担が大きく難しい資格であるといえます。
ただし,公認心理師法が施行された時に大学や大学院に入学していた人には,履修科目が減免される経過措置が適用されます。また,公認心理師法が施行された時点で「心理職の業務」に5年以上従事していた人には,現任者としての経過措置(受験資格の特例)が5年間適用されます。
Q 公認心理師にはどんな知識や技術が求められますか?
A 公認心理師試験のブループリント(設計表)から,公認心理師に求められる知識や技術を明らかにすることができます。
表1の左側には,到達目標とブループリントの出題割合が示されています。ここからわかるように,過半数の61%を占めるのは法・制度・実務です。これはさらに医療・福祉・教育・司法・産業の5分野と,「公認心理師の職責」「関係する制度」に分かれています。一般に,専門資格というものは,活動する分野が限られているものです(例えば,医師は医療だけ,ソーシャルワーカーは福祉だけ,司法関係者は司法だけというように)。これに対し,公認心理師は5分野のオールマイティな知識が要求されるのです。
次には,基礎心理学(25%)が重視されています。また,心理アセスメント(8%)と心理的支援(6%)は,これまでの心理職が重視してきたものですが,合わせて14%にとどまり,意外に少ないという印象があります。
表1の右側は,それぞれの到達目標に要求される知識と技術をあらわします。国家試験の内容を加味してまとめてあります。
まず基礎心理学が重視されており,公認心理師にはサイエンスにもとづく知識や思考が求められます。次に心理アセスメントについては,測定にもとづくアセスメントに重点が置かれています。また,心理的支援については,国家試験の内容から見ると,これまで重視されてきた「受容にもとづく心理的支援」はもちろんですが,新たに「エビデンスにもとづく心理的支援」が重視されるようになっています。
法・制度・実務については,国家試験では,現場で実践を積まないと答えられないような細かい知識についての難しい問題が出されました。
公認心理師は心の専門家なのに,なぜ5分野の法・制度の知識が要求されるのでしょうか。第一には,多分野の専門家とチームを組んで仕事する能力が必要だからです。メンタルヘルスの専門家は,ひとりで仕事をするわけではなく,多職種連携で仕事することが定められています。多職種連携のチームにもとづく業務能力が必要なので,多分野の知識も要求されるのです。
第二に,公認心理師が5分野のオールマイティな知識を要求されるのは,多分野の専門家のコーディネーターとして活躍することが期待されているからです。このように「法・制度に強い公認心理師」が求められています。うまくいけば,メンタルヘルスを統括する行政官(公務員)としての就職先が開かれることになります。公認心理師の職種拡大という観点から,大きな可能性を秘めています。
以上のように,これまでの心理職が重視してきたことの他にも,公認心理師では多様な知識と技能が求められているのです。
Q 公認心理師はどんなカリキュラムやシラバスにもとづいて養成されますか?
A 国が定めた養成カリキュラムは,大項目が定められているだけであり,細かい項目は決められていません。カリキュラムにもとづいて授業を行うためには,教員が授業シラバスを作る必要があります。この指針となるように,日本心理学会は,2017年12月に,「公認心理師大学カリキュラム 標準シラバス」を作成し,ホームページで公開しました。
Q 公認心理師の養成大学はどのような課題や要望を持っていますか?
A 大学での公認心理師養成は2018年4月から本格的に始まりました。日本心理学会は,大学の学部・学科・コース等を対象として,「公認心理師養成についてのアンケート調査」を行い(回答数80校),ホームページで公開しました。
このアンケートの第1問は「公認心理師カリキュラムを実施するに当たって,不安や困難を感じていること」を尋ねました。最も強い困難とされたのは次の項目でした。
- ・国家試験を合格した卒業生の就職先が確保できるか
- ・大学の心理実習の実習先が確保できるか
- ・大学院の実習先が確保できるか
つまり,大学・大学院と現場での実習先の結びつきに懸念があることがわかりました。公認心理師の養成のためには,大学と現場の公認心理師の連携が大切です。こうした調査結果が後述の「公認心理師の会」創設のきっかけとなりました。
また,基礎心理学への懸念もありました。
- ・公認心理師カリキュラムにより基礎心理学教育のレベルが低下しないか
アンケートの第2問では「日本心理学会に望むこと」を尋ねました。最も要望が強かったのは,行政への働きかけでした。
- ・養成大学の要望をまとめて5年後の見直しで官庁と交渉してほしい
- ・公認心理師の病院での業務の診療報酬化を進めてほしい
次に強いのは大学間の情報交換への要望です。
- ・養成大学の組織化をすすめ,大学間の横の情報交換を進めてほしい
さらに,学問体系や基礎心理学の重視の要望も強いものがありました。
- ・国家試験出題基準(ブループリント)を実際の学問体系に合わせてほしい
- ・基礎的な心理学を重視するように働きかけてほしい
以上のように,養成校では,①行政への働きかけ,②大学間の情報交換,③学問体系や基礎心理学の重視といった強い要望を持っています。
Q 公認心理師養成大学教員連絡協議会はなぜ作られたのですか?
A 上で述べたように,養成大学はさまざまな要望を持っているので,これらを実現するために,日本心理学会は,2018年3月に,「公認心理師養成大学教員連絡協議会」(以下,公大協)を発足させました。
公大協は,「科学者−実践家モデル」を重視し,日本心理学会の毎年の大会でシンポジウムを開くなどして養成のありかたを議論し,行政への働きかけをおこなう活動をしています。これについては鈴木先生の特集記事をご覧ください。
Q 科学者−実践家モデルとは何ですか? なぜ公認心理師にとって必要ですか?
A 公認心理師になるには,前述のように,カリキュラムにおいても,国家試験においても,科学的な基礎心理学にもとづいて,その上に実践心理学の知識と技術を身につける必要があります。このように,科学と実践の両方を身につけるという方針は科学者−実践家モデルと呼ばれます。もともとはアメリカの大学院における実践心理学の教育理念として唱えられたものですが,今では世界標準の考え方になっています。具体的には,①心理学の基礎分野の知識を徹底的に習得する,②大学院において実践知識の習得のために多くの実習を体験する,③科学的な研究方法と,統計によるデータの評価方法を必須科目にすることなどを意味しています。公認心理師は,科学者としての客観的知識や探究心と,実践家としての技術や人間性の両方を兼ね備えた高度専門職業人をめざすので,科学者−実践家モデルの理念が必要となります。
Q 大学と現場の公認心理師との協力はどのように行われますか?
A 前述の養成大学のアンケート結果からも,養成大学と現場の公認心理師の密接な連携が求められていることがわかりました。そこで,公認心理師の資格を持つ公大協のメンバーが中心となって,2018年11月に「公認心理師の会」が創立されました。公認心理師のスキルアップとキャリアアップをめざす活動を行っています。公認心理師の会も「科学者−実践家モデル」を基本理念としており,公大協とは兄弟関係として,車の両輪として機能しています。2019年4月には一般社団法人となりました(図1)。公認心理師の方はぜひご入会ください。
Q 長期的には公認心理師にはどのような課題がありますか?
A 公認心理師制度の発展のために,いろいろな長期的な課題が考えられます。
- ・専門分野の研修制度(公認心理師が各専門分野の知識と技術を深く学ぶための研修制度)
- ・専門資格認定(医療公認心理師,教育公認心理師といった各専門分野の知識と技術を認定する専門資格制度)
- ・診療報酬化(病院における公認心理師の業務を保険診療とすることにより病院での公認心理師の雇用を増やす)
- ・就職先の確保(国民のメンタルヘルスを担当する多くの職種やポストに公認心理師が雇用されるように働きかける)
- ・行政職への拡大(前述の「法・制度に強い公認心理師」はメンタルヘルスをコーディネートする公務員としての就職先を増加させる)
- ・博士課程資格化(知識と技術をより深めるために,欧米のような博士課程の資格をめざす)
Q 公認心理師のモデルとなる制度はありますか?
A 世界のメンタルヘルスの専門家の間では,今世紀に入ってパラダイムシフトがおこり,価値観や方法論が劇的に変化しています。その最先端は,イギリス政府が2008年におこなった「心理療法アクセス改善」政策です。この政策では,うつ病や不安障害に悩む国民に対して,希望すれば無料で心理療法を提供しました。政府は多額の費用でセラピストを多数養成しました。これによって,2008〜2013年に,38万人が心理療法を受け,その46%が回復しました(図2『心理療法がひらく未来』より)。
心理療法アクセス改善政策は,外国の話ではありますが,本当に必要なのは日本ではないでしょうか。日本は,先進国の中でも自殺率が高いことで知られています。日本でもこの政策をモデルとして,公認心理師が中心となって活躍できる体制が実現してほしいものです。