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心理学ってなんだろう
どうして人間には食べ物の好き嫌いがあるのですか?
きょうだいであっても食べ物の好き嫌いは異なります。偏食の傾向が強い友だちをみていると,あれで健康を維持できるのかと心配になったりもします。どうして人間には食べ物の好き嫌いがあるのですか?
A.今田純雄
動物にも好き嫌いはあります。授業で,味覚嫌悪学習について学んだ人も多いことと思います。実験用のネズミに,そのネズミがこれまでに食べたことのない新奇な味のする食物を与え,その後に,嘔吐剤などを注射します。そのような経験をさせたネズミはその食物を二度と食べなくなります。つまり,ある食物を食べたところ気分が悪くなったので,その食物を嫌いになったということです。
ネガティビィティ・バイアスという現象が知られています。好ましい情報よりも好ましくない情報のほうがより大きなウェイトをもって処理されるというものです。食物の好き嫌いについてもいえることで,食物を嫌いにさせることは比較的容易ですが,逆に好きにさせることは簡単ではありません。どんなにラーメンを好きな人であっても,ラーメンを食べている最中にゴキブリの羽を発見したとするならば,とたんにラーメンを嫌いになるでしょう。
ヒトはネズミやゴキブリと同様な雑食性動物です。実に広範囲なものを食物として消化・吸収する能力をもっています。かといって手当たり次第に何を食べていいというものではありません。毒性の強い食物(?)を食べてしまうと大変なことになります。写真ははじめてチーズを目の前にしておびえているラットのようすです。2日間にわたって食物遮断の操作を受けており,空腹であることは間違いないのですが,チーズを怖がって食べようとはしていません。味覚嫌悪学習やネガティビィティ・バイアスにみられるように,嫌いになることを優先的に処理していくことが個体の生存にとっては重要なこととなります。つまり食物の好き嫌いは,雑食性動物である人間が毒性のある食物を摂取してしまう危険を防ぐために有している防衛機制であるといえるでしょう。
さて2004年10月に新潟県で大きな地震が起こりました。地震の直後に,授業中に「もし皆さんが被災して避難所にいるとすれば,何を食べたいと思うか」と質問し,食べたいものを自由に記載させました。なんと,半数を超える学生がご飯(おむすびを含む)と味噌汁(豚汁を含む)をあげました。米の家庭内消費は過去30年間で半減しています。小中学校の給食で味噌汁はめったにでてきません。現代の若者にとってなじみのあるメニューは,カレーやラーメンです。しかし,(想像上のものとはいえ)極度のストレス下で求められる食物がご飯と味噌汁であったということは実に興味深いことでした。
食物を好きになる仕組みには,個体レベルでの"身の安全"を越えるものがあります。心理学にとって,食物の好き嫌いなどは実に些末な現象かもしれません。しかし,日常のそのような現象の中にこそ重要な研究テーマが潜んでいるのではないでしょうか。
いまだ すみお
広島修道大学人文学部教授。
専門は,学習,動機づけ,感情。
主な著書は,『食べることの心理学』(編著,有斐閣,近刊)など。
心理学ワールド第28号掲載
(2005年1月15日刊行)