- HOME
- 心理学に興味のある方
- 心理学の歴史
- 心理学の法則ってどのぐらい確かなものですか?
心理学ってなんだろう
心理学の法則ってどのぐらい確かなものですか?
『これなら成功する恋愛の心理学』という本を読んでいたら,吊り橋効果というのがあると知りました。吊り橋のドキドキ感が恋愛感情に転化するそうで,試してみようと思い,意中の男性と吊り橋を渡ってきましたが,何も進展がありません。がっかりです。
A.森 直久
ダットンとアロン(1974)の実験のようですが,研究成果は引用の過程で内容が短く要約され,平易化されることが多く,ことに一般読者向けの本ではこの傾向が高いと思われます。応用を考えるなら,研究の詳しい内容を吟味して,研究成果の一般化可能性を検討してみる必要があります。いっしょに検討してみましょう。ダットンとアロンの実験の要旨は,以下の通りです― 揺れる吊り橋あるいは安全な橋で,女性インタビュアーが待っています。渡ってきた男性(18 ~ 35 歳)で,協力を承諾した人に,創造的表現に対する風景の印象の効果を調べているからとTAT 図版を見せ,浮かんだことを物語にしてもらいます。その後,もっと実験の説明をしたいからよかったら電話してねと,女性は協力者に氏名と電話番号が記されたメモを渡します。吊り橋条件の18 人中9 人,安全な橋条件の16 人中2 人が,後で電話をかけてきました。まず考えたいことは,法則の適用対象の範囲です。対象者の総体を母集団といいます。データを採られた人がここから無作為に抽出されていれば,母集団への一般化が統計的に保証されます。この実験の母集団ってなんでしょうね。男性一般でしょうか。協力者は特定年齢層の男性で,多分カナダ人かアメリカ人の吊り橋に来た観光客で,かつ協力依頼に応えた人でした。男性一般にはほど遠い偏りです。これでは無作為抽出になりませんから一般適用は無理です。また,どういうデータ(従属変数)で効果をみているかも気になります。この実験で測ったのは,電話をかけるという行動です。あなたが進展させたかった彼との仲は,そういう行動ですか。少なくとも彼に期待した行動が,実験の従属変数に反映されていたといえますか。そういえないなら,あなたと彼に実験結果を適用できる可能性は低いです。これは従属変数の妥当性の問題といわれます。実験効果の大きさへの注意も必要です。電話をかけてきたのは,吊り橋を渡った人の半数のみです。効果があったといっても安全な橋と比較した限りであって,実質的にはその程度です。彼氏はかけなかったほうに属するのかもしれません。あ,ちなみにこの実験の目的には「魅力的な女性が,強い恐怖を感じた男性にとって,より魅力的に映るかを確認する」とあります。出会う女性は魅力的だという前提なんですね。も,ものを投げないで下さいっ。ともあれ吊り橋実験の成果は,あなたと彼に適用できるものだったのかとても疑問です。今回吟味したことについては,橘(1986)に詳しく書かれています。心理学研究の適用可能性についてよく勉強して,彼との仲の進展に役立つ法則を見つけられますように。えっ,もう心理学には頼らない? それは賢明な判断です。
文献
Dutton, D. G. & Aron, A. P.(1974). Some evidence for heightened sexual attraction under conditions of high axiety. Journal of ersonality and Social Psychology, 30, 510-517.
橘敏明(1986). 『医学・教育学・心理学にみられる統計的検定の誤用と弊害』医療図書出版社
森 直久
札幌学院大学人文学部教授。
専門は認知心理学,社会心理学。
主な著書は,『心理学者,裁判と出会う:供述心理学のフィールド』(共著,北大路書房)など。
「心理学ワールド第51号掲載
(2010年10月15日刊行)」