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心理学ってなんだろう

記憶術は本当に役立つのでしょうか?

近ごろ,よくテレビや雑誌などで記憶術を取り上げた番組や記事を目にします。記憶術は実際に役に立つのでしょうか? 記憶術が有効であることは心理学の研究で確かめられているのですか? 科学的な裏づけや根拠があるのですか? 記憶術はだれにも使えるのですか? 特別な訓練や指導を受ける必要はありますか? もしも記憶術が確かに有効であるのならば,どうして学校や家庭などで積極的に使い方を教えたりしないのですか?



A.清水寛之

今年6月に放映された『笑っていいとも・増刊号』というテレビ番組で,タレントのタモリが,視覚的に呈示された無関係な単語30個を次々に覚えていき,その直後に(1時間ほどの番組終了後にも)呈示された順序のとおりに(逆順でも)すべての単語を正しく再生していました。タモリは記憶術を使ったと説明しました。これを見て「記憶術ってすごいなぁ」と驚いた視聴者は少なくないと思います。彼が用いた記憶術は,場所法(定位法)と呼ばれ,自分のよく知っている場所(普段寝起きしている部屋など)や空間的系列(毎日の通勤や通学の道順など)の特定の部分に覚えるべき事物のイメージを1つずつくっつけていくというものです。


このほかにも記憶術には,語呂合わせを用いる方法や,単語の頭文字を適当に並べ換える方法,極端に奇抜なイメージを思い浮かべる方法などがあります。いずれの記憶術も,イメージなどの効果的な手がかりやすでにもっている知識を利用して,長い刺激系列を短縮したり,抽象的な言葉や無意味な刺激に具体的な意味を与えたり,関連性の乏しい刺激どうしを関係づけたりする働きをもっています。こうした記憶術に関連した記銘方略(広い意味での覚え方)が特定の記憶課題での成績を促進することを示す実験結果は数多く報告されています。その意味で,多くの記憶術の有効性は心理学的に確認されているといえそうです。さらに,記憶術を訓練することによってその有効性が高まることも知られています。


ただ,覚えるべき対象の性質や覚えようとする個人の特性などがどのようなものであるかによって,覚えるのに適した記憶術は自ずと異なります。たとえば,地図を覚えるのに語呂合わせは普通は使いませんし,英語を母国語とする人たちは円周率を覚えるのに語呂合わせを使えません。要するに,だれにとってもあらゆる記憶課題や刺激材料に対して常に有効な「万能の記憶術」というのは考えにくいのです。現在の学校教育の中では積極的に記憶術を教えることはしていません。おそらく,教材に対して深い理解や洞察を求めるという観点からは必ずしも記憶術の訓練や指導は適切であるとはいえないからでしょう。しかし,「泣くよウグイス平安京」のように,うまくつくられた言い回しや語呂合わせは口づてに広がっており,これからもなくならないように思います。現在,記憶障害の問題を抱える患者さんや高齢者の方々に対するリハビリテーションの一環として,いくつかの記憶術を利用する試みもなされています。



しみず ひろゆき
神戸学院大学人文学部人間心理学科教授
専門は, 認知心理学,発達心理学。


心理学ワールド第31号掲載
(2005年10月15日刊行)