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心理学ってなんだろう

なぜ悪いうわさは広まりやすいのでしょう?

ふだんから人の悪口(うわさ)をしないようにしています。しかし,みんなでおしゃべりをしていると,必ずといってよいほど,人のうわさ,しかも悪いうわさになってしまいます。自分の行動を振り返れば,悪いうわさばかりが広まりやすいということはよくわかるのですが,どうして私たちは悪いうわさばかりをしてしまうのでしょうか。



A.川上善郎

質問者のいうように,悪いうわさがひろまりやすいのは,私たちが悪いうわさをしてしまうからです。しかし,悪口はとても危険です。いつ悪口が本人に伝わってしまうかもしれないし,「悪口をする人」というレッテルが貼られてしまうかもしれません。


そこで悪口は慎重に開始されるのです。自分から直接的に悪口を開始することは少ないのです。悪口を言いたい人は,最初にターゲットの名前を出し「あの人最近どうかしら……」とだけ言うのです。それを聞いたあなたは,つい「どうかしらって,あいかわらずわがままよね。昨日もこんなことあったの……」と始めてしまうのです。あなたは別に悪口を言うつもりはなかったのですが,形式的には悪口の口火を切ることになります。もちろんあなたがターゲットについて好意的な意見を言えば,相手は「あっそうなの」と言って別の話題に移ります。しかし,多くの場合あなたは相手にあわせて口火を切ってしまうのです。


そして,ひとたび始まった悪口は,新しい事実を付け加えたり,誇張されたりして,より悪い方向に進展します。参加者として可能な反応(図)は「挑戦」を除いて悪口を発展させる方向にしかありません。場の雰囲気をこわしたくなければ,みんなに好まれる反応を取らざるをえないのです。このようなコミュニケーションのメカニズムは,挨拶をされたら自動的に挨拶を返すのと同じように私たちの文化に組み込まれたものなのです。


うわさをするというとよくないものと考えがちですが,悪口の社会的な働きを考えてみましょう。悪口はだれとでもできるわけではありません。悪口を交わすのは「仲間」です。ですから,悪口を交わすことで,人と仲良くなれるという働きが生まれます。また悪口は,自分たちの規範から少しはずれていることを批判します。「こうすべき」ことを「しない」人を批判しているのです。悪口の盛り上がりは,みんなで裁判をしているようなものともいえるし,自分たちの規範を強化したり改変したりしていく過程ともいえます。さらに,悪口を交わす中から,仲間がもっている規範や考え方が,はっきりとみえてきます。悪口を交わすことで,「みんな」がどのように考えているか学習することができるのです。このように「悪口」は,無意味なのではなくて,重要な社会的な機能を果たしているのです。


新聞やテレビのニュースを考えてみてください。ほとんどが「悪い」話題で占められています。それはニュースをとおして,社会をよい方向に変えていこうという意思のあらわれとも考えることができます。私たちの悪いうわさには似たようなところがあるのかもしれません。



文献

Eder, D.,& Enke, J. L.(1991). The structure of gossip: Opportunities and constraints on collec-
tive expression among adolescents. American Sociological Review, 56(4),494-508.


かわかみ よしろう
成城大学文芸学部教授。
専門は,社会心理学,情報行動論。
主な著書は,『おしゃべりで世界が変わる』『情報行動の社会心理学』(以上,北大路書房)など。


心理学ワールド第32号掲載
(2006年1月15日刊行)