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心理学ってなんだろう

録音した自分の声って自分の声とは思えませんが,なぜ?

録音した自分の声を再生して聞くと,とても自分の声とは思えないばかりか,自分の声って相手にはこんなふうに聞こえていたのか,変な声だなとショックを受けます。最初はテープレコーダーの故障か,性能が悪いか,録音の仕方が悪いのかなどと思ってしまいました。でも,ほかの人に聞くとどうも皆同じような経験をしているようです。自分の声が相手にはあんなふうに聞こえているのだと思い出すたびにいつも落ち着かない気になります。



A.筧 一彦

通常マイクロホンでとる声や話し相手が聞く声は,話し手の口(や鼻)から放射された音声です。ところが,話しているときに自分が聞いている声は,気導音といわれる口から放射された音が自分の耳に到来してくる音(自分の前方1.5mぐらい離れている聴き手の耳に達する音や,前方30cmぐらいにあるマイクロホンに達する音などとは少しずつ違います)だけではなく,骨導音といわれる音の合わさったものです。骨導音とは発声によって声道などからの振動が,骨を振動させ聴覚器官に振動を与えることによって起きるものです。


ところで,この骨導音声は気導音声に比較し,振動が聴覚器官に伝わる経路での高周波成分の損失が大きいために低周波成分が強調されたものになります。これが,自分が発声しているときに聞いている声と録音再生したときに聞く声とのいちばん大きな違いになっていると考えられます。


それでは,これだけが要因でしょうか? 聞く側,つまり聴覚系の側は,自分が発声しているときとそうでないときに全然差がないのでしょうか? 中耳(鼓膜から蝸牛に至るまで)には耳小骨といわれる非常に小さな骨が3個組み合わさった機構があり,これが鼓膜で受けた音の振動をテコの原理で能率よく内耳に伝えるようになっています。この耳小骨を支持している小さな筋肉がありますが,これは非常に大きな音がきたときに働いて,内耳への振動を伝わりにくくして耳を保護するようになっています。自分が発声しているときには,音源が聴覚器官に近いため大きな音刺激が到来するので,やはりこの筋肉が働きます。ところがこの筋肉の働きによって低周波成分の損失は増えますが,高周波成分にはあまり影響しません。このことは自分の声を気導音の特性に近づけるように働いているということになります。このほかの聴覚系側の要因,とくに上位の処理過程の影響などはわかっていません。


録音再生した声の低周波成分を適当に調整してやれば,自分が発声しているときに聞いている声と同じようにすることができるのでしょうか? マイクロホンと遅延回路を組み合わせて,自分の発声の終了後に遅延した声をヘッドホンから聞きつつ,挿入したフィルタの周波数特性を調整することで,1つの母音については,直前に発声した自分の声とかなり似た音にすることができます。しかし,母音が異なれば,当然特性が異なります。子音も含まれる連続発声については特性が時変的なので調整は困難です。



かけひ かずひこ
中京大学情報理工学部情報知能学科教授。
専門は,認知科学(聴知覚,音声コミュニケーション),認知神経心理。
主な著書は,『Phonological Structure and Language Processing』(分担執筆,Mouton de Gruyter)など。


心理学ワールド第34号掲載
(2006年7月15日刊行)